確かにその雑木林は危険です

 

 琳が喜三郎の姿を遠くに見たとき、ご隠居、ともう一人の老人に呼ばれている、恰幅の良い老人がスプーンを手に笑顔で言った。


「うむ、なるほどっ。

 看板メニューなことだけはあるっ。


 美味いな、嬢ちゃんっ。

 この福神漬けっ」


 ……それはさっき、スーパーで買ってきた奴です。


「ご隠居」


 そっちを褒めては、とたしなめるような口調で、ボディガードっぽい人が言う。


「カレーも美味しいですよね」

「……お気遣いいただき」


 でもあの、カレーも缶を開けて煮ただけなんですが……。


 琳は褒められて恥ずかしく、

「それ、買ってきたやつなんです」

と白状したが。


 無愛想に見えて、意外に気を使うボディガードな老人に、


「いえいえ。

 あなたの選ぶ目が確かだということです」

とまた褒められる。


 嬉しいが。

 褒められ慣れていない琳は、将生に罵られたり、龍哉たつやの人を人とも思わない……


 いや、言い過ぎか。


 年上を年上とも思わない目で見下されたくなった。


「うん。

 辛さで味がわからなくなったところに、この飲みやすい珈琲はいい」

とご隠居が、また褒めてくれる。


 味、薄かったですかね……。


 日々、味が違うんですよね。

 私の珈琲、と思ったとき、喜三郎が扉を開けて入ってきた。


「あ、喜三郎さん」

と琳が呼びかけると、楽しく話していた店内に緊張が走る。


 なんだろうな、と思ったとき、

「喜三郎さん、この間言ってらっしゃった庭の木なんですけどー」

とちょうど来たらしい水宗に話しかけられ、喜三郎は店の外に戻る。


 ご隠居たちは立ち上がり、

「ちょっと庭を見せてもらってもいいかね?」

と言い出した。


「ええ、どうぞ」

と琳は微笑む。


 掃き出し窓のところから老人二人は庭に出た。


「広いな。

 雑木林につながっているのかね。


 迷い込んだら出られなさそうだ」


 まあ、いろんなことが起こりそうな雑木林ですよね。


 骨が出てきたり。


「でも、いい手入れがしてありますね」

とボディガードが言うので、


「あ、それは、今、外にいらっしゃる造園業者さんが……」

と答えながら、琳は思っていた。


 珈琲はいまいち。


 メニューはレトルト。


 庭は造園業者が。


 私はこの店でなにをやっているのだろうかな。


 私がここにいる意味はっ!?

と思ったとき、ご隠居が振り返り、万札を琳に握らせた。


「このまま庭をぐるっと見て、歩いて帰るよ。

 釣りはいらん」


「あ、いえ、そういうわけには……」

と言ったが、ご隠居は熱いシワだらけの手で、ぐっと握らせる。


「わしは、こういう押し問答はすかんのだ。

 この店が気に入った。


 とっておきなさい」


「……では、おつりは今度ということで」

「だから――」


 また、いらしてください、と琳が微笑むと、


「……つりは、ほんとにいらんが。

 また来よう」

とご隠居たちも微笑んだ。






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