謎の花を持ち込みました


 喜三郎と話したあと、水宗は鼻歌を歌いながら、庭の方に行った。


 また得体の知れないものを持ち込まないよう、琳ではなく、将生に言われているので、ごく普通の紫の花の鉢を運んできていた。


 愛らしい花なのだが、なんの花だかよくわからないと言われ、お客さんから預かったのだ。


 こういうものを、よく、この広い庭に置かさせてもらっている。


 琳に置いてもいいと言われているからだ。


 そのとき、

「水宗じゃないか」

と雑木林の方から声がした。


「ご隠居」


 見知った顔に、水宗はニコニコしながら、そちらに向かう。


 いつもご隠居に付き従っている細身の男も一緒だった。


 将生たちがその細身の男を見たら、


 なんという隙のない立ち方っ、と驚いたことだろうが。


 遭遇したのは、水宗だったので、なにも気づかなかった。


 水宗が人の良さそうな顔で、えへらと笑うと、


「そうか。

 この庭はお前がやったのか。


 どうりで上品な造りだと思った」

とご隠居が褒めてくれる。


「いやー、私が参加したのは、途中からなんですけどね。

 ここ、広いからやりがいがあるんですよ。


 いつか、この奥の方を迷宮みたいにしたいですね」

と水宗は、将生に、


「いや、遭難者の出る喫茶店にするな」

と言われそうなことを言う。


 だが、水宗のセンスを認め、可愛がっているご隠居は、そうか、そうかと微笑んでくれた。


「ここの店主の雨宮さんが、好きにやっていいと言ってくださるので。

 いろいろ実験的なこともやれて助かってるんですよ」


「あのお嬢さんかね?」

とご隠居は遠い店の方を見る。


 ちょうど琳は窓際に座っている女性と話しているところのようだった。


「はい。

 とてもいい方なんです」


 だろうな、とご隠居は頷いたあとで、


「雨宮さんか。

 名前まで美しい」

と琳の方を見ながら微笑む。


「またいらしてください。

 自由に変えていいと言われるお礼に、無償で庭の手入れや入れ替えをしているので。


 季節の折々に楽しんでいただけると思います」


「そうかね」

と頷いたご隠居に、


「まあ、この庭をいじるにあたり、いろいろと注意事項はあるようなんですけどね」

と言うと、ほう、と興味深げに身を乗り出す。


 現役のころと変わらぬ、底知れない鋭さのある目だった。


 だがまあ、水宗は、ぼんやりしているので、その視線で震え上がることもない。


「ここは、今、あんまり深くは掘り返さないでとか。

 あの辺には行かないでとか。


 いろいろあるんですけど。

 そこさえ守ってれば、あとは自由なんで」


「あの嬢ちゃんもなかなかごうが深そうだな」

とご隠居は笑っていた。





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