シャイな人なのか、そうでないのか

「雨宮さんたちはピンクのゾウといえば、トラックだとわかっているから、なんとも思わないと思いますけど。


 普通の人間が、その話聞いたら、ピンクのゾウに乗って誰かウロウロしてると思うと思うんですよね」


 真守を窺いながら刹那は言う。


「じゃあ、あの方が、ビクッとされたの、それでなんですかね?」


 そう訊いた琳に、

「いやいや、ビクッとしただけって言うのもまたおかしいです」

と刹那は言った。


「だって、ピンクのゾウですよ?

 普通だったら、目の前でそんな話されたら、それなんですかっ? って訊き返すと思います。


 ずっと黙って食べてたとかなら、割って入りにくいとかあると思うんですけど。

 それまでも雨宮さんたちと会話してたんでしょう?


 僕なら知らんぷりしないで訊きますよ、ピンクのゾウがいるんですかとか」


 そんなどうかと思うワードを訊き返さないことがそもそもおかしいと刹那は言う。


「シャイな人なのかもしれませんけどね……」


 おばさんたちに呼び止められてなにやら話している真守を見ながら琳はそう言ってみた。


 だが、刹那の言う通りだ。


 あれはたぶん、ピンクのゾウがなんなのか知っていて、気になる素振りを見せたくない人の顔だった。


 そう琳が結論づけたとき、真守が戻ってきた。


「此処のお客さんたち、みなさん、ご親切ですね。

 『花田さんのパン屋さん』の食パン以外のオススメのパン、教えてくださいましたよ」

と笑顔だが、何処か浮かない表情をしている。


「あの……」

と琳が口を開こうとしたとき、


「あの」

と真守も口を開いた。


 あ、どうぞどうぞ、とお互い譲り合っていたとき、トラックが入ってくる音がした。


 ……あ、ピンクのゾウが来てしまった。


 玄関先の、おばあちゃんでもつまずかない段差でつまずきながら、水宗が入ってくる。


「いやいや、雨宮さん、みなさん、おはようございます。

 すみません。

 昨日はご迷惑おかけしちゃいまして」


「水宗さん、もう疑い晴れたんですか?」


「いや~、全然ですっ」


 全然なわりに、何故か機嫌がいい。


「あの~、なんかいいことありました?」


 絶賛犯人と疑われ中な人に訊くことではないなと思いながらも訊いてみた。


「いや~、実は社長のお嬢さん、高円寺皆帆こうえんじ みなほさんがわざわざ来てくれて。

 面倒ごとに巻き込んでしまってごめんなさいって謝ってくれたんですよ~」

とデレデレだ。


「……そうですか。

 よかったですね」


 よかったですね、人の良い方で、と琳は思っていた。


 どう考えても、とんだとばっちりを食らったのは皆帆の方だからだ。


 彼女は事件を起こしたわけではない。


 ちょっと目立つデザインを車にほどこしただけなのだから。


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