此処に居るよ……
その頃、真守は困っていた。
いきなり水宗が現れたからだ。
いや、もともとは彼のことを探して、此処まで来たのだが。
まだ、なにをどう話すべきか、迷っていた。
そう、自分がこの店の前で足を止めたのは、そもそも、彼の乗るピンクのゾウ……
いや、ピンクのゾウじゃなかったな。
洗脳されるところだった……と思う真守の頭の中では、玉乗りをする愛らしいピンクのゾウに水宗が乗っていた。
いやいや……。
実は以前、あのピンクのトラックが此処にとまっていたのを見たことがあったので、この店を眺めていたのだ。
彼はすぐに自分に気づくだろう。
真守は、そう思っていたのだが、水宗はなにも気づかず、座ってアイスコーヒーを飲んでいる。
女店主、雨宮琳が心配そうに言った。
「それにしても、水宗さん。
次々事件に巻き込まれるなんて」
そこで、いつの間にか店に現れていた安達刹那という男が、
「この店と関わってるからじゃないんですか?
雨宮さんが事件を呼んできますからね」
と笑って言う。
「いやあのー、私は此処に居るだけなんで。
いつも事件の方からやってくるんですけどね。
……安達さんが歩いてこの店に入ってきたみたいに」
言い訳がましく、琳はそんなことを言っていた。
安達さんが歩いてこの店に入ってきたみたいに、か。
真守は、細身で綺麗な顔をした刹那という男を眺めながら、
この男もなにか犯罪に関係あるのだろうかと思っていた。
そのうち、四人は事件について話し出した。
「結局、水宗さんがそのグレーのパーカーの人に話しかけられたことがはじまりなんですよね~。
何処にいるんですかね? そのパーカーの人」
……いや、此処に居るんだが、と思いながら、真守は食べ終わった皿を見ながら、アイスコーヒーを飲んでいた。
意外と気づかないものなんだな。
チラ、と真守は水宗を見た。
水宗はパーカーのフードをかぶっただけの自分と対面しているはずなのに、まったく気づく様子はない。
顔はあまり見えなかったとしても、わからないものだろうかな、普通。
ほら、背格好とか。
声とか。
いや、この男が来てから、自分、しゃべってないか。
なんか声を出してみようか……。
迷っている間にも、みんな、事件に関して、ああだ、こうだと話している。
あとで正体がバレて、隠れて偵察に来てたとか思われるのは嫌だな。
でも、自分から、僕がそのパーカーの男です、と名乗るのもな。
今更感があって、タイミングがつかめないし。
真守は悩んで、パーカーのフードをかぶってみた。
自然に水宗に気づいてもらおうと思ったのだ。
だが、水宗はこちらを見もしない。
みんなが水宗のことを心配していろいろ事件について考察しているのに、彼は何故か、トラックにあの派手なデザインをした女性のことばかり語っている。
なんという緊張感のなさ。
いや、あんた、疑われてるんじゃないんですか。
大丈夫ですか、とこちらが思ってしまう。
水宗はひとしきりしゃべり、アイスコーヒーに手を伸ばしたついでに、こちらを見た。
わっ、と叫ぶ。
ようやく気づいたようだ。
ちょっとホッとしながら、真守は、そう思ったが、水宗は心配そうに訊いてきた。
「どうしました? 寒いんですか?
雨宮さん、クーラー強いみたいですよ」
といらぬ心配をはじめる。
いきなり店内でフードをかぶったからだろう。
だが、そこで、水宗以外の全員が笑い出した。
「水宗さん、たぶん、その方があなたに、あんたのせいだっておっしゃった方ですよ」
と琳が言う。
どうやら、水宗以外はわかっていたようだ。
水宗は、ええっ? と叫んで、身を引いたが、すぐにマジマジ自分を見つめ、言ってきた。
「……そうだったんですか。
いや、すみません。
気づかなくて」
いや、あんたが謝るところではない……と思う真守を上から下まで見て、水宗は言った。
「グレーのパーカーの人は気になって、道歩いてないかなと探したりしてたんですけどね。
パーカーだな、と思ったんですけど。
グレーじゃなかったんで」
「……僕、毎日、グレーのパーカー着てません」
そんな水宗とのやりとりに、琳が、ははは、と笑っていた。
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