結局、なに屋だ


「はい、アイスのほうじ茶ラテです」


 琳が将生にそれを出したのは、怒涛の騒ぎのあと、三人が居なくなってからだった。


 中本、水宗、佐久間の三人だ。


「頼んだの覚えてたのか」

と将生は嫌味に言ってくるが、いやいや、今の騒動の中、出せなかったじゃないですか、と琳は思っていた。


「なんか中本さんの迫力がすごくて、なにも推理できませんでしたよ……」


「あれに勝たなくていい。

 っていうか、お前、推理しなくていい」


 お前は、なに屋だ、と将生に言われてしまった。


 いやまあ、そうなんですけどね~。

 でも、水宗さんが困っておられるではないですか。


 二宮金次郎像をうちの庭に打ち建てたり。


 謎の植物を大量に窓辺に並べて、お客様を驚かせたり。


 いつもお世話に……


 いや、私こそが困らされている気がしてきたな、と思ったとき、将生がほうじ茶ラテに口をつけた。


 いや、あなた、ほんとうに飲みたかったんですか? と思ってしまうような顔で、ちょびちょび飲んでいる。


 そんな将生を見ながら、

「あっ、そういえば」

と琳は手を叩いた。


「お客さんたちがとなり町で殺人事件があったって言ってましたね。

 確か、となり町で何度も男の人が殴られて……」


「その殺人事件なら知っている。

 殴られたんだったか?」


 そうだ。

 この人、生きている被害者のことはわからないけど、死んでいる被害者のことはわかるんだったな、と思う琳に将生が言ってきた。


「俺は担当してないが、確か絞殺だったぞ」


「そうなんですか。

 では、お客さんたちの聞き違いですかね?」

と琳は首を傾げたが、将生は、


「事件がふたつあったのかもしれないぞ」

と言う。


「絞殺された事件と、殴られたけど、死んでない事件と。

 あいつら肝心なことは言わずに大騒ぎしてるから」


 そう中本たちを罵ったあとで、

「ネットニュースとかなら出てるんじゃないか?」

と言ってきた。


「あっ、そうですね」

と琳は言ったが、特には動かなかった。


 将生もスマホを出しもしない。


 二人とも、ぼうっとしていた。


「なんで見ないんですか、宝生さん」


「仕事離れてまで、生々しい事件の記事を読みたくないからだ。

 そんなもの読むくらいなら、このほうじ茶ラテを見つめていた方がホッとする」


「やっぱり嫌いなんじゃないですか? ほうじ茶ラテ」


 そう言ってみたが、

「お前はなんで見ないんだ」

と将生に即座に言い返される。


「ミステリー小説ならともかく、リアルな事件の生々しい記事読むの、嫌じゃないですか」


 どっちもどっちだった。


 だが、そうやって言い合っていても仕方がないので、結局、琳がスマホで調べた。


「あ、絞殺事件の方、ありました。


 となり町の総合体育館裏で男性が絞殺されてます。


 身長170㎝。

 年齢は20~50代くらい。


 ……なんですか、この幅の広さは」


「いまどき見ただけで年がわかるか。

 それ、たぶん、見つかってすぐの記事だろう?」


 そのうち詳しくなるさ、と将生は言う。


「これだけしか書いてないものなんですね」


 琳はその短い記事を見ながら、そう呟いたが、


「それ以上詳しかったら、そいつが犯人だろうよ」

と言われてしまう。


 そりゃそうだな、と思いながら、琳は水宗が車をとめていたという、となり町の事件の犯行現場を思い浮かべてみた。


「……となり町の総合体育館。

 相当大きいですよね。


 じゃあ、総合体育館裏ってかなりの範囲では?」


 周囲をぐるりと緑に囲まれた総合体育館の中にはレストランなどもあり、建物自体がかなり大きい。


「この方が殺された地点と水宗さんが車を止めた地点って、近いんですかね?」


「さあな。

 同じ総合体育館裏ではあるんだろうが」


 将生もその広さが気にかかっている風ではあった。


 琳は更にスマホでチェックして言う。


「殴打事件の方は出てないですね、まだ」


「毎日、山のように事件があるんだ。

 たいした事件じゃなきゃ、すぐには出ないさ」


 琳はずらりと並ぶ記事をスクロールして眺めてみた。


「こんなにたくさん、毎日、事件って起こってるんですね」


「だから、俺たちが日々、てんてこまいになるんだろ」


 二人は目を合わせ、ん? という顔をする。


 将生が立ち上がり、カウンターにほとんど飲んでいないほうじ茶ラテの代金を置いた。


「そうだ。

 こんなことしてる場合じゃない。

 戻らないとっ」


 お、お疲れ様です、と琳は将生を見送った。


 入れ違いに刹那が現れる。

 出ていく将生を振り返り見ていた。


「宝生さん、ずいぶん急いでますね」


「仕事忙しいみたいで。

 怒られないんですかね? 今日、二回もうちに来ましたけど。


 事件について調べてたとか言っても駄目なんですかね?」


「……刑事じゃないんで、駄目なんじゃないですかね?

 ところで、なにか進展ありました?」


 さっき将生が座っていた隣のスツールに座りながら、刹那はそう訊いてくる。


「うーん。

 事件が増えた、という意味では進展ありましたね」


「……むしろ、後退してってる感じですね。

 カレーいいですか?」


 ああ、はいはい、と琳はこの店の看板メニューになりつつあるカレーを用意する。


 お前はなに屋だという将生のセリフを思い出しながら。


 ……探偵ではないのは確かだが。


 最近、珈琲屋でもなくなりつつあるようだ、と思いながら、福神漬けの入った小瓶の蓋を開けた。


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