そこは魔窟の入り口


 朝、猫町三番地は一日でもっとも心地よい時間を迎える。


 爽やかな風が、店主が手入れしたのではないが、手入れのいい庭木の間や、


 店主が掃除したのではないが、綺麗に掃除された店の入り口を吹き抜けていき、朝日が風にそよぐ木々のてっぺんを輝かせる。


 その美しさに、つい、小村真守こむら まもるは足を止め、ぼんやりその店を眺めていた。


 此処、モーニングとかやってんのかな、

と思ったとき、中から、こんな人、本当にこの世にいるんだ? と思うような美しい女性がストライプのカフェエプロン姿で現れた。


 本当にこの世にいるんだ? と思ってしまったのは、彼女が、子どもの頃読んだ漫画やミステリー小説に出て来そうな、黒髪ロングヘアで顔が小さく、八頭身以上ありそうなスタイルの、知的な美女だったからだ。


 実在するんだな、こういう人。


 だがまあ、普通の喫茶店のお姉さんなんだろう。


 現実には、喫茶店の美女が突然、謎を解きはじめたりするはずもない。


 自分の妄想を真守は笑った。


 ……小学校の図書館で借りた古びた分厚いミステリーを手に汗握って読んでたころ。


 僕は確かに、その世界の中では探偵だったのに――。


 そんなことを考えていたとき、その美しい女性がこちらに気づき、微笑みかけてきた。


「開けましょうか?」


 ……えっ? なにを? と思ったが、どうも店のことのようだった。


 この店は、まだ開店前らしい。


 あ、いえ、と断るとと、彼女は微笑み、

「ウォーキングですか?」

と訊いてくる。


 ウォーキング……。


 そういえば、そんな風にも見える服装だと真守は気がついた。


 明るいイエローのパーカーに黒のパンツにウォーキングシューズ。


「いえ……」

と言いかけ、


「いえ、ジョギングを」

と言ってごまかす。


 そうなんですか、と彼女が微笑んだとき、

「あらー、琳ちゃん、もう来てたのー?

 ちょうどよかったわ。

 もう店、開ける?」

と言いながら、後ろから、どやどや、ヨガマットを持ったおばさんたちが現れた。


「今、山でさー。

 朝日を見ながらの早朝ヨガっての、やってきたのよー」


 自分たち若い世代より、絶対、年配の人が元気だな……と思いながら、なんとなく眺めていると、そのおばさんたちが話しかけてきた。


「あら、お客さん?」


「いえ、ウォーキング……じゃなかった、ジョギングで通りかかって。

 ……綺麗な庭だなと思って、立ち止まって見てただけで」


 そんな曖昧な返事を最後まで聞かずにおぱさんたちはしゃべり出す。


「そうなのー。

 美味しいのよ、此処の喜三郎きさぶろうさんのアイスコーヒー」


 誰だ、喜三郎さん。

 店主か? と思ったが、どうやら客の一人のようだった。


「喜三郎さん、まだ来てないですよ」

とあの美女が苦笑いする。


「琳ちゃん、アイスコーヒー四つね~」

と言いながら、おばさんたちはさっさと店に入っていってしまった。


 喜三郎さんのアイスコーヒーじゃなくていいんですか……と思いながら、なんとなく自分も店に入ってしまう。


 この店が、なんでもかんでも事件にしようとし、誰でもかれでも犯人にしようとする人たちが、うようよ居る場所だとも知らずに――。




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