事件、その後――


「琳ちゃん、お買い物行ってきていいよー」


 夕方、常連のおばあちゃんしか居ない時間帯、そう言われた琳は、はーい、と言って、素直に買い物に出た。


 誰にも聞かれず、おばあちゃんたちだけで話したいことがあるときもあるだろう。


 そう思ったりもするからだ。


 いや……どんな店だ、と自分で思わないでもないのだが。


 いつか行った、ちょっと変わったもののあるスーパーに行って、買い物を済ま外に出ると、刹那が待っていた。


 その手には買い物袋がある。


「どうですか? 雨宮さん。

 アイスとか」


「また撲殺アイスですか?」

と苦笑いすると、


「そうです」

と言って、刹那は、あの硬いあずきのアイスバーを出してくる。


 自動販売機の横のベンチで並んで食べた。


 とは言っても、琳はなかなかアイスが噛めず、眺めている時間の方が長かったのだが。


 そんな琳を見ながら、刹那が言った。


「仕事決めてきました」


 琳はようやく溶けかけたアイスを取り落としそうになる。


「とりあえず、来週から駅前の会社に派遣で入ることになったんですけど。

 何ヶ月か様子を見て、そのまま行けそうなら、正社員にしてもらえるみたいですよ。


 前の会社に居たときもお世話になった社長さんなんで」


 ええっ? という顔で振り向くと、刹那は、

「肩透かしって顔ですね、雨宮さん」

と言って笑う。


 そのとき、初めて、ちゃんと彼が笑った顔を見た気がした。


「貴女は、このまま僕は此処を去ると思ってたんでしょう。

 復讐を諦め、そして、地元に帰ってやり直す


 ……フリをすると」


 琳は黙った。


「いや、実はこの間、龍哉くんに呼び止められましてね」


「え」


「なにかこう、いろいろと考えてしまったんですよね」

と刹那は笑う。


「僕はね、最初は、もっと簡単に行くと思ってたんですよ。


 やはり、僕は頭でっかちらしい。


 人間の感情ってものをよくわかっていなかったんです。

 自分の気持ちも――」


 そんな言い方を刹那はした。


「少し思わせぶりなことを店で言ったりやったりするだけで、こいつ、人を殺すんじゃないかと疑われると思っていたのに。


 なにか最初から店が怪しすぎて、僕はそれほど怪しくない感じだし。


 ――店主の雨宮さんと比べても」


 おーい……と思いながら、琳は柔らかくする、を行きすぎて、滴り始めたアイスを手に、刹那を見る。


「いつ間にやら、その美人店主に気のある男にされてるし。


 なんでなんですか。

 僕はただ毒草への興味を演出したかっただけなのに。


 貴女がそんなに綺麗だから、誤解を生んだんじゃないですか」

と何故か叱られる。


 ……すみません、と身を小さくしていたのだが、刹那はこちらを見て、少し笑ったようだった。


「すみません。

 龍哉くんに怒られますね。

 貴女を叱ったりすると」


 えっ? と琳は顔を上げた。


「……何度ももうやめようと思ったんです。

 僕は、貴女の店に長く通いすぎて。


 みんなと仲良くなりすぎました。


 このまま、此処に居たいと願ってしまったんです。


 でも、そのたび、あの、二宮金次郎が――」


 え?


 二宮金次郎が?


「二宮金次郎が、なにしてるんだ、やれって言ってる気がして」


 ……児童のお手本、二宮尊徳さんはそのようなことはおっしゃらないと思いますが、と思っている琳の横で、刹那は言う。


「途中で僕、転校しちゃったんですけど。


 七重さん、僕の登校班の……


 ……班長だったんですよね」


 刹那は途中で、言葉をつまらせた。


「龍哉くん言ってました。

 七重さんは、僕の初恋の人なんじゃないかって。


 なんでわかったんでしょうね?」

と刹那は苦笑している。


 おそらく龍哉は刹那の純粋な七重への想いを感じ取り、気づいたのだろう。


「何度も思い留まろうとしたのに。

 二宮金次郎を見るたび、思い出してた。


 憂いごとと言ったら、宿題と水泳の授業のことしかないような。


 明日は、なにして遊ぼうかとか、そんなことしか考えてないような……。


 そんな無邪気な七重さんの笑顔を何度も――」


「安達さん……」

と琳はそっと刹那の背に手を置いた。

 



「小柴さん……っ。

 小柴さんっ、来てくださいっ」


 琳たちが居るスーパー近くの商店の陰で、佐久間はヒソヒソと電話をしていた。


「来てくださいっ、小柴さんっ。

 今度こそ、殺人事件が起きますっ!」


 琳たちを見たり、自分の真下に居る将生を見たりしながら、佐久間は抑えた声で叫ぶ。


 同じように二人を遠目に眺めている将生は、

 安達刹那が指一本でも雨宮に触れたら、る!

という体勢で傘をつかんで、しゃがんでいた。






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