常連さんが増えました


 日曜日、今日はカラオケがなくて、暇だから、とか言いながら、琳の祖父、次郎吉が店に来ていた。


 あれが琳のじいさんか、と思いながら、将生はカウンターから、その男を見る。


 よく見れば、顔は琳と似ている気もするが。


 全体的に、外国の絵本に出てくるおじいさんのような、ふんわりとした風貌で、受ける印象は琳とは全然違っていた。


「おー、せっちゃんじゃないかー」


 次郎吉は、窓際の席に居た刹那の肩をパンパンと叩き、

「大きくなったな。

 お前の父さんかと思ったよ。


 そっくりじゃないか」

と言って笑っている。


「……時は流れてるんですよ、おじいちゃん」

と言う琳は側を通りながら、苦笑いしていた。


 刹那が固まっていたからだ。


 どうも刹那は父親が苦手なようだった。


 側に来た琳が口許にやったトレーの陰から、こそっと言ってくる。


「安達さんのお父さん、政治家の安達賢吾らしいです」


「そういうのに反発して、大学生にもなって、似合わないヤンキー風の格好してたのか?」


 さあ? と小首を傾げながら、琳はカウンターに入っていく。


 眩しい庭園にもう二宮金次郎は居ない。


 あのあと、琳が、

「金次郎さんを撤去しようと思います」

と言い出したからだ。


「犯罪を誘発するので」

と言う琳に、


 いや、まずは、毒草から撤去しろ、と思っていたのだが。


 琳は、

「これは金次郎さんによる殺人未遂事件ですよ!」

と主張する。


「金次郎さんを見たら、みんな童心にかえるらしいので。


 安達さんもそうなって、犯罪を思いとどまってくれるかなあ、と思って置いていたんですが。


 まさか、金次郎さんのせいで、計画を実行しようとしていたとは……」


「そうだな。

 まあ、どうでもいいが、また新たな犯罪を呼び込みそうなものが納入されないうちに、今の造園業者とは手を切れ」

と言ってみたのだが、琳は相変わらず、人の話を聞いてはいなかった。

 



 そして、安達刹那だが――。


 刹那は当初の予定通り、「いつか」「忘れた頃に」里中を殺すと言っている。


「いつか殺しますよ。


 でも……


 そのいつかは来ないのかもしれないと、今はちょっと思っています」


 そう言って、笑っていた。


 


「結局、里中は安達刹那を訴えなかったんだな。

 あそこまででも充分犯罪だったが」


 カウンターで将生がそう言うと、琳は笑い、

「だからやっぱり、そう悪い人でもなく、いい人でもないってことなんでしょうね。

 まあ、人間って、みんな、そんなものだと思いますけど」

と言っている。


「そのうち、安達さんにも、素敵な出会いでもあれば、吹っ切れるのかもしれないですね」

と言いながら、琳は珈琲の缶を開けている。


 雨宮以外で。

 雨宮以外でお願いします、神様、と将生が祈ったとき、


「琳さん、アイスコーヒーふたつ」

と言いながら、龍哉がやってきた。


 今日も父親と二人だ。


 龍哉の父親だけのことはあり、なかなかのイケメンである龍哉父が笑って言う。


「また女性陣は買い物ですよ。

 終わりゃしないから、避難してきました」


 すると、刹那の近くの席に群がっていたおばあちゃんたちと話していた次郎吉が、チラと龍哉と龍哉父を見、更に将生の方を見て言った。


「琳、イケメンぞろいで、いい店だのう」


「え? イケメン?


 龍哉くんですか?

 安達さんですか?


 龍哉くんのパパですか?

 小柴さんですか?」


 みんなの目が将生を見る。


 琳がつられて、こちらを見た。


「あー、宝生さん~」

と苦笑いしている。


 カウンターの近くに座っていた小柴が本を手にしてたまま、ぼそりと呟く。


「今のは……もしや、琳さんの心の中のイケメンランキングだったんですかね」


 最後に出てきた小柴はちょっと不満そうだったが。


 いや、俺なんて、そもそも出てきてもないんだが……と将生が思ったとき、次郎吉が、小柴の肩を叩いて言った。


「おお、新田さん。


 いや、小柴さんか、今は。

 元気かね。


 奥さんの名前になったのか。

 奥さんは元気かね」


 ええっ?

 奥さんっ!?


 奥さんはお元気ですかっ?

と思わず、琳と二人で、小柴を見てしまう。


 小柴は笑っていた。

 



 あれから、この『猫町3番地』の常連が増えた。


「聞いてくださいよ、安達さん。

 あれ、絶対、犯罪だと思うんですよー」


「そうですかねー?

 僕ならそういうやり方しませんけどね~」

と話す琳と刹那を見ながら、将生は、違うか、と思う。


 犯罪予備軍が増えた……。


 警察関係者が此処に居るというのに、お構いなしだな、と思う将生の前で、琳がいつものように、淹れるたび味の違う珈琲を淹れている。


 猫町3番地は今日も平和だ。


 と思ったとき、入り口のドアを跳ね開ける音がした。


「雨宮さんっ、宝生さんっ。

 この間、学校の裏山から出てきた人の骨なんですけどーっ」

と叫びながら、佐久間が飛び込んでくる。


 ……今日も平和だ。


  たぶん……きっと……。




                         『限りなく怪しい客』完










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