でも、おじいちゃんからの教えなので
「いや、私が言いたかったのはですね」
二杯目の珈琲を淹れてくれながら、琳が言う。
「犯人がもし、此処に来ているのなら」
まあ、来てない可能性が高いですけど、と付け加えたあとで、
「印象に残るほど、庭を見てる人は怪しくないですよね。
ってことは――」
と言いかけ、琳は黙る。
「どうした。
なにかあるのか?」
と将生が問うと、
「いえ、私、お客さんの秘密は暴かないことにしてるので」
とうつろな目で言い出す。
「此処を引き継ぐときのおじいちゃんからの教えです。
お客さんとは適度な距離を保てって」
……いや、場合によっては、保たなくていいんだが、と自分も、おそらく、佐久間も思っていた。
「そういう言い方するってことは、怪しいと思ってる奴が居るんだな?」
と問うと、琳は口ごもったあとで、
「まあ、印象に残っている方は居ます」
と言う。
突っ込んで訊こうとすると、琳は唐突に違う話を始めた。
「お客さんの事情には首をつっこむまいとは思ってるんですが。
気になっていることはいろいろとあるんですよ~。
常連のおじいちゃんおばあちゃんたちから、もれ聞こえてくる昔話によると、どうも、それぞれが、今、結婚している相手とは違う、同じメンバーの中の誰かと人と付き合っていたらしいとか。
いろんなロマンスがあったんだろうな、と人の歴史を感じて、ドキドキしながら、珈琲を出しています」
「いや、そうじゃなくて……」
と遮ろうとすると、
「あと、小柴さんの奥さんも気になってるんです。
話には聞くけど、一度も見たことがないんですよよ~」
まるで、刑事コロンボのうちのカミさんですよ、と言い出す。
「コロンボと奥さんが船に一緒に乗船する話があって、出て来ないとわかっているのに、ドキドキしたな」
と言うと、そうなんですよ、と琳は頷く。
すると、佐久間が横から、
「僕、コロンボ見たことも読んだこともないです」
と刑事のくせに言い出した。
いや、刑事なら、見てなきゃならないというのは偏見だが……。
小柴の妻。
奴の脳内にしか居ない妻なんじゃないだろうな、と思ったとき、琳が無言で、珈琲豆の瓶の蓋を開けたまま見つめているのに気がついた。
「……豆の風味が逃げるぞ」
と囁くと、あっ、そうですね、と慌てて蓋を閉めている。
琳はなにか気づいたことがあるようだ。
だが、不自然に下の方を見ている。
だから、気づいた。
おそらく、今、この店内に、琳が疑っている人物が居る――。
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