余計な一言を引き出してしまった……


 小柴は嬉しそうに本を手に帰っていった。


 ハーブとカンテラに囲まれた庭の小道を歩いていく彼を見ながら、将生は琳に訊いた。


「引っ越したって、じいさん、何処に行ったんだ?」


「更に静けさを求めて山の中にログハウス作って引っ越していきました」


 そう言う琳に佐久間が、

「此処も閑静な住宅地じゃないですか」

と言う。


「でも、昔に比べて開けてきたというか。

 家も密集してきましたしね。


 私はそういうのも好きですけど」

と小柴が返していったらしい本をめくりながら、琳は笑う。


 ……そんなに睨んだ覚えはないんだがな。


 自分に向かい、美人の嫁がいるから琳に気はない、と言い訳していった小柴を思い出しながら、将生は思う。


 だが、ちょっと羨ましいな、と思ってしまったのは確かだ。


 このカウンターを越えて、向こう側に行ける小柴が――。


 琳はいつの間にか本をめくる手を止めていた。

 庭の方を見ながら、呟き始める。


「思うんですけど。

 ずっと見てる人は怪しくないですよね」


 え? と将生は彼女の横顔を見た。

 こういう顔をしているときは悪くないんだよな、と思いながら。


「いえ、さっき、小柴さんの話を聞いて思ったんです。

 印象に残るほど、庭を見てる人は怪しくないなって」


 というわけで、とりあえず、小柴さんは犯人ではないです、と言う琳に、


「そこだけわかってもな……」

と将生は呟く。


 お前は全人類の、今回の事件の犯人である可能性をひとつずつ潰していくつもりか、と思っていると、


「では、此処に頻繁に来ているけど、林の方を見ない人が犯人かもしれないですね」

と佐久間が言い出した。


「そんな奴、たくさん居るだろうが。

 昼間のじいさんも頻繁に此処で見るが、林の方なんか見てないぞ」


「待ってください。

 何故、みんな、この店の中だけで犯人を探そうとするんですか」

と言う琳に、


「いえ、一応、現場近くの人間と死体の発見者は疑ってみるものなので」

と第一発見者の佐久間が言う。


 現場の近くの人間ねえ、と呟いた将生は、

「じゃあ、雨宮。

 お前が犯人だな」

と言ってみた。


「お前は自分が埋めた死体を見張るために、此処の店主になったんだ」


 なにか面倒臭くなってきたので、言ってみただけだったのだが、琳は、

「いや~、惜しいですね~。

 でも、違います」

と言う。


 ……なにが惜しい?


 謎多き女あるじの、なにか嫌な予感のするセリフに将生は黙り、佐久間は聞かぬフリをした。









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