その女はお前の上司ではない


「はい、珈琲です」

と琳は頼んだ珈琲を出してくれながら、渋い顔をする。


「なんでもいいって言ったのに、普通の珈琲なんですね」


「俺はシンプルなものが好きなんだ。

 ゴテゴテいろいろ入った珈琲より、味がよくわかっていいだろう」


「あんまり、よくわかって欲しくないんですけどね~」

と言う琳に、だから、此処はなに屋だ……と思った。


「シンプルな方がよくわかると言えば、すごい深いところから汲み上げた水を使ってる喫茶店に行ったことあるんですよ~。


 ああいうのって、いいですよね」


 ココアが美味しかったです、という琳に、


 ……それ、水関係なくないか? と思った。


 ココアなら、牛乳と生クリームだろうが。


「此処も地下掘ってみようかなあ」

と呟く琳に、


「やめろ」

と言う。


「俺か佐久間が穴を掘らされているところしか思い浮かばないんだが……」


「やだなあ、業者の人に頼むに決まってるじゃないですかー」

と琳は笑う。


 まあ、庭も業者に丸投げらしいからな、と思いはしたが。


 何故か頭の中では、狭く深い穴の中に居るのは、自分と佐久間だった。


 ワイシャツを腕まくりして、泥まみれになりながら、木の桶で水をすくっては地上に連携プレーで持ち上げていた。


「……絶対やめろ」


 だからなんでですか……という顔で琳が見たとき、

「お疲れ様ですーっ」

とまるで職場に戻ってくるかのように佐久間がやってきた。

 



「科捜研が行った骨への紫外線照射により、白骨死体のぬしは、四~五年前に死亡していたことがわかりました」


 佐久間はカウンターに座り、手帳を見ながら、琳にそう報告していた。


 この女がお前の上司か、という勢いだった。


「……おい、佐久間。

 部外者にペラペラしゃべっていいのか」

と横に座る将生が言うと、


「だって、雨宮さん、第一発見者ですから。

 ご意見を伺わないと」

と言ってくる。


 いや、第一発見者はお前だ……と思っていると、佐久間は、


「僕は今、宝生さんにも報告してたんですよ」

と言い訳のように言い出した。


 いや、お前、今、完全に雨宮の方だけ向いてただろうがっ。


 二人が揉めている間、琳は小首を傾げ、林の方を見ていた。


 庭の柵も垣根も低いので、店内からでも、雑木林がよく見える。


 そんな琳を見ていた佐久間が言い出した。


「此処から死体が埋まっていた雑木林がよく見えますね。

 もしかして、犯人は此処から、いつも死体を見張っていたりして……。


 雨宮さんっ」


 はっとしたように佐久間が言う。


「頻繁に此処に通ってきている人間は居ませんかっ」


 琳が無言で自分を指差してきた。


「俺じゃないだろっ」

と将生は立ち上がる。


「っていうか、俺、佐久間より通ってるかっ?」


 そう怒鳴ってみたのだが、二人は、うんうん、と頷いている。


 まあ……、佐久間よりは定時に帰れることも多いから、通っているかもしれないが、と将生は浮かした腰を下ろした。


「だが、まあ、待て。

 俺が一番通っているとしてもだ。


 俺は林の方など見ていない」


「いっつも雨宮さんの方しか見てないですよね~」


 ぼそりと余計なことを言ってくる佐久間の足を踏んでやろうかと思ったのだが、佐久間は察知していたかのように、反対側に足を向けていた。








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