素晴らしい庭なんだが……
意外と気の利く子どもたちは、
「泥だらけになっちゃったんで、店の中汚したらいけないから、外でいい」
と言い出し、トケイソウの棚の下のテーブル席を陣取った。
「はいはい。
じゃあ、オレンジ二つ、グレープ三つに、サイダーとアイスコーヒーね。
クッキーもあるから持ってきてあげるね」
と笑いながら、琳は店の中に入る。
……最後のは龍哉だな、と確かめもせずに将生は思った。
店の入り口にあるハーブの細い鉢が倒れていて、琳はしゃがんでそれを起こしていた。
「すごい庭だよな」
と将生は振り返る。
緑
今風のさりげない感じに花やハーブが植えられ、木々の梢が涼やかに揺れている。
そして、そんな草花の香りをたっぷり含んだ風が、店内まで吹き込んでいる。
この店は、何処もかしこも心地いい。
そうだ。
俺がこの店に来たくなるのは、この庭のせいもあるな。
風変わりで美しい、この店の女店主のせいでは決してない、と自分に言い訳しながら、将生は庭を眺めた。
ハンモックでも吊るしたら、気持ちよく昼寝が出来そうな木陰だな、と将生は白いフェンス近くの二本の木を見た。
そういえば、あまり見たことがない木だ、と思い、訊いてみる。
「あの木、なんの木なんだ?」
だが、琳は将生が指差す木を見たあとで、
「さあ、知りません」
と言う。
その口調に、将生は、なんとなく嫌な予感がしながらも、
「……今、お前が起こしたハーブはなんだ?」
とさっきの鉢を見ながら訊いてみた。
「さあ」
「お前が植えたんだよな?」
「うちの庭、業者の方に丸投げなんです」
おい……と思ったが、琳は、
「だって、餅は餅屋って言うじゃないですか」
と言って笑っている。
更に嫌な予感がしたので、将生は煉瓦で囲まれたスペースを指差し、訊いてみた。
全部知らない、なら、まだマシなんだが……。
「雨宮。
お前の斜め前にある、その紫の花、なんだか知ってるか?」
「トリカブトですよね」
笑顔で愛おしそうにその花を見ながら琳は答える。
「そっちの淡い藤色の可愛らしい花は?」
「イヌサフランじゃないですか」
知ってて当然でしょう、という口ぶりだった。
「お前……、見事に毒草しか知らないな」
このミステリーマニアめ、と呆れながら将生は言ったが、琳は、
「でも、毒となるものは、漢方として使われたりもしますしね」
と言う。
「宝生さんなら、よくご存知でしょう?
昔、トリカブトは麻酔にも使われてたじゃないですか」
世界で初めて全身麻酔で手術をした華岡青洲が使ったのが、トリカブトとチョウセンアサガオだ。
「毒と思うか、使いようによっては役に立つ美しい花だと思うかはその人次第ですよ」
と言って、琳は笑っている。
……まるでお前のことみたいだな、と将生は思った。
ヤバイ奴だと思うか。
話すと面白い美しい女性だと思うかは、その人間次第だ。
ちなみに、前者が俺で、後者が佐久間だ、と思いながら、将生は先に行ってしまった琳の後を追うように店に入った。
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