六章 均衡

「あれあれ?さっきまで元気よかったのにもう元気なくなっちゃった?」

黒いスーツを着た男は倒れている男の背中に乗りながら楽しげに話かけていた。

 「なんだよー、君。彼に雇われた用心棒って自分で言っていたから楽しみにしてたのに残念だな〜。こうもあっさりだと僕もやりがいが無いというか。はぁ、もっと強い奴とやりたいなー!」

 背中を尻に敷かれた男、ウーノ・ヴァンデッタは今になって後悔した。

 自分はそこそこ腕の立つ方だと思い、最初は彼のことを舐めており、少し幼さが残る顔つきでガタイが良い位の男だとしか思っていなかった。

 しかし、一瞬にして見せつけられる武の結晶。

 無邪気の中にある確固たる強さ。

 ウーノは彼と数発拳を交えただけで、ひしひしとそれを感じとり、男との実力の差に打ちのめされていた。

 (もしかしたら。)その様な気を全く起こさせないまでに叩きのめされた彼はいかにしてこの場を乗り切るかだけを考える。

 その時、彼らのいたフロアにフードを被った人間が一人何処からか現れた。

 白い礼服の様なモノに身を包んでおり、どことなく儚さを感じる雰囲気すらあった。

 すると、ウーノは一瞬にして自分の背中が軽くなるのを感じ、すぐに体を起こし周りを見渡す。

 先程まで乗っかっていた男はそこに現れた人間の首元に棒の様なモノを近づけていた。

 「やぁ!初めまして、僕は那須川!埋葬屋ってのをやってるんだけど、単刀直入にいうね!君強いね?」

 那須川と名乗った男はニコニコしながら首元の棒を握る力を強める。

 互いに動かず、ピリピリと空気が張り詰めて行く。

 「会って早々コレとは。だから、地下住みの吸血鬼は嫌いなんだ。全くもって品が無い。」

 成長期特有の低くもなく高くもない声でフードの男は那須川を罵った。

 しかし、彼はそれをものともせず「君だってそうだろう?生命武器を使えるのは「審判」による進化が適用されなかった元人間だけなんだ。それなら君だって吸血鬼だろ?しかも、身に纏う生命武器を使ってるなんて。同化(ユナイト)までしてるじゃないか!同化(ユナイト)してる奴なんて僕の知り合いじゃ三人しかいないのに。君はその年でそこまで研鑽を積んだんだね!ひょっとして、君さ、ペトゥロの子供とかかい?」一度、首元から武器を下ろし彼はフードの男の出方を伺うことにした。

 フードの男はそれを聞き高笑いを始めた。

 子供の様なあどけない笑い声はその場にいる人間に不気味さを感じさせた。

 その隙にウーノは自分の身に迫る危険を感じるとすぐさま逃げ出していた。

 自分の生命武器を使えばこの場から逃げ切ることが出来る、そう踏んで自分の身に迫る危険から足を全力で動かした。

 それを見たフードの男は笑うのを止め、彼の命を弄ぶ為に力を込めて叫んだ。

 「生命開放(オープン)、火炎(ケナズ)」

 ウーノの体が一気に燃え上がる。

 呻き声をあげる余地すら与えず、地獄の業火は淡々と燃やし続けた。

 灰すら残らなくなった後、彼は口を開いた。

 「自分の獲物が他人に奪われるのはどんな気分だ?悔しいか?

 それとさっきお前、俺がペトゥロ様の息子かと聞いたな。

 冗談はそれぐらいにしとけよ。

 俺の様な穢れた獣が彼の愛を受けていることすらが許されがたい。

 俺はただの背信者だ。

 かの神の邪魔をする者を一人残らず消し去る処刑人だ。」

 殺気立つ彼を気にせず那須川は

 「意外と自己評価低いね、君。」と一言添えた。

 「黙れ!少なくともお前ら地下住みの吸血鬼とは違う!あんた達とは違う!」

 何が気に触れたか分からない。

 しかし、この男の言動は一々自分の気持ちを逆撫でしてくる。

 フードの男は那須川に向けて憎しみを込めて叫んだ。

 「生命開放(オープン)、凍結(イサイス)」

 那須川は何かを言おうとした時には、体は一瞬にして動かなくなっていた。

 命の灯火を灯させぬ残酷までのその温度は身に受けたを凍りつき尽くす。

 ピクリともしなくなった那須川を眺めながら

 「さっきまでの余裕はどうした?埋葬屋、お前らはペトゥロ様の愛を受けながらもそれを拒否した大罪人、万死極刑に値する。お前がどれくらいの者かは知らない。だが、ここにいるお前の仲間と浅倉稔はこのティフォンが全て殺し尽くす。」

 それを最後に氷像に背を向けると次の目的地へと足を運ぼうとした瞬間、

 バキバキと何かが砕ける音がした。

 背後からその音を聞いたティフォンは驚きを隠せず、すぐさま後ろの氷像に目を向けた。

 「いいね、君!やっぱり思った通り、いや、思った以上に強い!」

 氷像は既になく、黒いスーツを湿らせた男が再び自分の目の前に立っている。

 これまで全ての人間を一撃で屠って来たティフォンにとって那須川の生存は彼のプライドに大きな傷痕を残した。

 怒りに身を任せ、獣が如き怒号を放ち、彼は那須川の懐に走り込んだ。

次こそは確実に殺すその気持ちだけを武器に込める。

 「生命開放(オープン)、嵐刃(ハガル)」

 拳に嵐が宿り、那須川の体を目掛け、いや、心臓を目掛けて無慈悲に飛んでいく。

 那須川はその凶拳を笑いながら、両腕で受け止めようとした。

 「馬鹿が!ミンチになれ!」

 地面を抉るほどの風を纏った拳を受け止め那須川のスーツは散り散りになった。

 ティフォンは勝利を確信したが拳から伝わる熱を感じると違和感を覚えた。

 風が止み、姿を表した体には一切の傷はついておらず、逆にティフォンの拳を掴み体に向かって拳が放たれた。

 彼もまた那須川の生存による驚きと恐怖により、体の反応が遅れ、受け身を取ることを出来ず、腹部に拳が突き刺さった。

 激痛。

 本来であればありえないはずの痛み。

 同化(ユナイト)している生命武器は使用者の身体能力を底上げし、その体に傷をつけるのは同じ生命武器であっても難しく、通常の兵器如きでは不可能の筈であった。

 しかし、それを無理矢理貫く武の結晶。

 「おお!良かった、良かった〜。しっかりと効いてるようだね。ジュダと死合った時は拳が入っても全然効いてなかったし、スペクターは元より拳が入んないし、同化(ユナイト)した状態の相手には俺の拳じゃダメージが入んないかと思ったよ。でも、これで安心だ!君に効いたって事はジュダにも効いてたって事だ!でも、痩せ我慢でもしてたのかな?あのジジイの肉体は全盛じゃないんだけど、練り込まれたオーラは全盛以上のものだしなー。」

 「功夫か。」

 ティフォンは痛みを抑える様に立ち上がり、弱々しく声を放った。

 「正確答案!(チュンチェイダイ!)」

 那須川は対照的に元気に声を上げる。

 しかし、ティフォンは同化(ユナイト)している分体の修復が早く再び構えを取った。

 「生命武器を使われないのは癪に触る。今すぐ開放して俺と戦え。」

 彼の殺気に那須川はウキウキしながら

「うーん、まだダメなんだよねー。ああ、君に問題があるわけじゃなくてね。僕の武器はさ、とってもピーキーと言うかめんどくさいんだよね。」と言うとストレッチを始めた。

 ストレッチをする那須川をティフォンはイラつきながらもこの男に実力で勝ちたいと言う気持ちが高まっており、彼は口を開いた。

 「本来なら一方的に殺ってもいい。だが、お前には敬意を表してやる。全力を出せ!でなければ、俺はここから動かん。」

 「君と死合えないのは勿体無いなぁー。ああ、そうかなら僕の武器の開放を教えればいいのか!」

 ティフォンは何を言っているのか分からなかった。

 「訳が分からない。何故、お前の開放を教えてもらわければならないんだ。まさか、お前、能力を教えても勝てるからと言う自信か?舐めやがって、やはり今すぐ殺してやる。」

 先程よりもはるかに殺気立つ彼を宥める様に那須川は「違う、違う!僕の開放は互いに情報の量が同じじゃないと使えないんだ!君は僕に幾つか開放を見せたよね?だから、僕は君よりも知っている情報が多いし、僕のが有利になってしまったいるんだ。だから、今から僕の開放を説明するね!」と言うとストレッチをやめて少し間を挟んで語り出した。

 ティフォンは今からでも殺してやろうかと思ったが二度も自分の開放を破られているのを思い出し、こいつだけは実力で叩き潰したいそう決心し拳を抑えて話を聞いた。

 「囚人のジレンマって知ってるかい?

 簡単に言うとだね、お互い協力する方が協力しないよりもよい結果になることが分かっていても、協力しない者の方が利益を得る状況では互いに協力しなくなるって言うものなんだけど、ようは僕の開放は行動が勝手に2つに分け、互いに損をしないコマンドで殴り合うと最大の火力になって殴れるって事なんだ。

 この開放中は相手が攻撃する瞬間に一瞬だけ互いに2つのコマンド選択する時間が入る。

因みに、 ここはどんなものでも干渉出来ないから安心して。

コマンドは「打」と「避」で別れてて、どっちかを選ぶと強制的に選択した方を無意識に行う。

 後は簡単、存分に殴り合うだけさ!」

 ティフォンは話を聞いて全くピンと来ていなかった。

「つまり、俺はお前を殺すのを躊躇せずに常に強いコマンドやらを選べばいいのか?」

 「お、大分飲み込みがいいね!

 後は開放すれば死合い開始って、

 あれ?まだ足りないの?うーんだったら。

 これなら良いかな!

 埋葬屋序列三位、李 那須川!

 君と存分に死合う者だ!」そう言うと彼は不気味に笑いながら待ち望んでいた死合いに身を投じる為のゴングを鳴らす。

 「生命開放(オープン)、均衡(ピンハン)」

 互いの首に鎖が巻かれ、彼らはその瞬間、武器に囚われた囚人になる。

 しかし、ティフォンにとってはそのような事はどうでもよかった。

 (一撃で屠る。)

 そう思い体を動かした瞬間、彼の世界は停止し、目の前に2枚のカードが現れた。

 (これがやつが言っていた。コマンドと言う奴か。迷う事などない、素早く終わらせてすぐに次の標的を屠るまで。)

 彼は迷わず「打」を選択する。

 すると、先程止まったのが嘘のように体は動いており、今までの恨みを武器に込め叫んだ。

 「生命開放(オープン)、絶火炎(スルト)」

 ティフォンの拳はウーノを燃やした時以上に彼の怒りと共鳴し合う様に猛ており、それを那須川の体に打ち当てた。

 肉が焼ける様な香りはいつもなら嫌悪するものだが自分に恥をかかせた相手のものとなるとそれすらも気分を高揚させる。

 しかし、那須川は笑っていた。

 自分の肉が焼けると言う痛みよりも、ここまでの相手と巡り会え、戦う、愉悦が勝っており、彼は鋭い蹴りをティフォンに飛ばす。

 瞬間、ティフォンは無意識に蹴りを避けようとした。しかし、体が全く動かなくなり、彼は蹴りをモロに受けた。

 二度目の激痛。

 そして、何より一度目の数倍の痛みが体をよぎる。

 幼いその身には余りにも酷と言うべき内部に対しての痛み。

 「あ…がぁ。」

 呼吸が上手く出来ず、酸素が足りないのをしっかりと感じる。

 生命武器は彼の傷を癒そうとするがそれを上回るほどの痛みが体中を駆け巡る。

 一方の那須川も焼け焦げた腕から常人の身では耐え切れないほどの痛みが襲いかかって来たが彼はそれすらも戦いのスパイスの一つとして全力で噛み締めていた。

 「良い!実に良い!

 你看起來好美!(ニーカイチーハオメイ!)

 一撃で腕を使えなくさせられるなんてびっくりだよ!君の炎、僕に対しての怒りと鍛え抜かれた拳が合わさってとてつもない威力だった!

 さぁ、次だ!次、行ってみよう!」

 彼は燃え落ちそうな腕を前にし再び構えた。

 ティフォンは未だに体に痛みが駆け巡るが、なんとしてもこの男だけは自分の手で屠るという執念とも捉えれる意思で体を立て直す。

 そして、彼らは再び殴り合う。

 片方は焦げ落ちそうな腕を振るいながらも己の愉悦を満たし、もう片方は異常なまでの執念により体の限界を超え拳を振るう。

 二人の囚人はどちらかに限界が来るまで殴るのを止まない。

 しかし、互いに限界を越え続ける。

 そこには奇妙な友情が生まれるほどに互いが互いを高め合う。

 そして、百発ほど拳を交えた頃にティフォンが声を上げた。

 「次で最後だ。

 俺の今持てる全てを絞り出す。

 お前を殺すのは殴り合う間にどうでも良くなった。

 今はただ自分の全てを持ってお前に挑みたい。」

 ティフォンは何故か笑っていた。

 体中が痛みで呻き声を上げていたが、今まで一番頭が冴えていた。

 「ああ、本当に君はいい好敵手(ライバル)だ!

 僕も今持てる最大の奥義で君を倒したい、いや、打ち負かしたい!」

 那須川もまた永遠にこの戦いの愉悦に浸っていたいと思っていた。

 しかし、楽しい時間は一瞬にして過ぎ去って行く。

 互いに同じタイミングで構えを取り、同じタイミングで走り出した。

 彼らの目の前に現れる二つのコマンド。

 しかし、その動作は今まで一番早く行われた。

 選択したのは互いに「打」。

 避ける事など友に対する侮辱に値する。

 一撃を持って友を屠る。

 「生命開放(オープン)、絶嵐拳(オーディン)」

 「覇号鉄鋼山」

 嵐は那須川の焦げた右腕を切り落とした。

 しかし、那須川は止まらない。

 片腕を犠牲にし、自分の体を丸め、ティフォンの体に目掛けて体当たりをした。

 衝撃。

 ズゴンという人の体からは鳴り得ない音と共にティフォンの体は壁にめり込んでいた。

 「クソが。」

 それがティフォンが最後に放った言葉であった。

 那須川は腕が無くなった部位を筋肉で止血すると、めり込んだティフォンを床に下ろし、彼に向かい、頭を下げた。

 「謝謝。」

 声は大きく響いた。彼に対しての敬意を含めた言葉は無意識に彼の音量を上げていた。

 そして、彼は最高の愉悦を与えてくれた友に最大の感謝を込めながらフロアを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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