散華のカフカ

五章 魔剣

　統合政府第三首都郊外、黒いスーツに身を包んだ少女がある建物の最上階にて静かに作業を行なっていた。

　カタカタと言う何かを打つ音が夜中に響くがそれに気づくモノは誰もおらずただ孤独にひたすらに作業を進める。

　先程、幼馴染と喋った時は確かな高揚を感じていたがそれはほんの一瞬のこと、彼女は彼らが建物に入るまでひたすらに端末を打ち続けた。

　すると、何かを打つ音からデバイスが鳴る音へと変わり、彼女はそれをすぐさま手に取った。「スカディ、侵入に成功した。君もそこから侵入を試みてくれ」

　電話の主はそう短く伝えるとデバイスからはすぐさま音は聞こえなくなっていた。

　「相変わらず無愛想な人よね。」そうぼやくと後ろから何者かの視線を感じ取り後ろを向くとそこには意思を持たない傀儡が立っていた。

　その傀儡からは何かを捉えることは出来ず、少女はすぐさま腰に差していた剣を抜いた。

　「初戦は武器人形ってとこね。」

　そう独り言を言うと剣を構え、傀儡に向かって走り寄る。

　傀儡はそれに反応し体に纏う武器をただ淡々と開放した。

「擬似生命開放(オープン)、機関銃(ガトリング)」

　銃弾は少女を目掛けて無慈悲に、無常に放たれる。機械故の正確無比、しかし、少女にはその正確すぎる弾道がハッキリと見えていた。

　鍛え抜かれたその体は月明かりに照らされながらしなやかに暗闇を舞う。

　速く仲間達と合流しなければならないと思う一方、初めての戦闘で気分が高揚しており自分の限界を試したくなっていた。だが、どちらを優先するかすぐに決まり、彼女は一瞬にして傀儡の懐に入り込み、名残惜しげに武器に力を込めた。

　「生命開放(オープン)、狂剣(ローラン)」

　スカディの抑えきれんばかりの闘いへと本能に共鳴するかの如く、剣は大きくなっており、傀儡の上半身と下半身を一撃で横真っ二つに切り裂いた。

　(初戦にしては上出来では？)

　心の中で自画自賛をしながら彼女は目の前にある扉を突き破った。

　しかし、そこには先程と同じく、いや、それ以上の数の大量の傀儡が彼女に視線を寄せていた。

　無機物な視線にスカディは嫌気をさしたのか大きくため息を吐き「私こんな無機物な奴らの相手ばっか嫌なんだけど。」そう呟くと再び剣を構える。　

　そこに一体の傀儡が彼女に対して声をかけた。　

　「埋葬屋かね？それともペトゥロの差金かい？」

　傀儡から放たれる不安定な声に彼女の警戒心は更に高まり、声のする傀儡の首を切り裂いた。しかし、再び他の傀儡から声がし、

「そう気を荒げないでくれたまえ。私は君が何もしないので有ればこいつらを動かそうとはしない。質問に答えてくれればそれでいいんだ。」

と言うと全ての傀儡が両手を上げた。

　彼女は少し迷いながらも剣を下ろし、口を開いた。「なら、あんたの方から答えなさい。あんたこそ一体何者なの？」

　「まさか、質問した方から質問されるなんて思いもしなかったよ。そうだな、仮に私が君に私の正体を教えたら君は私に君が何者かを教えてくれるかい？」

　「あんたの答え次第ね。」

「私は妹背山、しがない人形師さ。」そう言うと無機質に傀儡が頭を下げた。

　それを見たスカディは語彙を強めて「あら、人形師様が一体全体こんな所で何をしてらっしゃますの？」と皮肉りながら丁寧に質問した。

「私はただ矢我さんのお手伝いをすれば私が手に入れたい物が手に入ると効きまして、それで彼の話に乗っただけですよ。しかし、まぁ、それはたった今叶いそうです。」

　「あらそうなの。それじゃあ、退きなさい。私、今急いでるからこの傀儡を壊しながら進むのは面倒だし、お互いに損はしないでしょ？」そう言うとドアに向かって走り出そうとした。

　しかし、そのセリフを聞いた途端、妹背山が介していた傀儡がケラケラと不気味に笑い出した。他の傀儡もまた一つ、また一つと笑い声を上げ始め、不気味なオーケストラはフロア中に響き渡った。一笑いが済んだのか笑い声が止むと再び傀儡が口を開いた。

　「君は勘違いしているよ。私の手に入れたい物はね、君のことだよ。」

　傀儡越しからでも分かる気味の悪さに嫌気をさした彼女は「はぁ？意味が分かんないんですけど。私が欲しいってベタな告白ね。でも、生憎ね。傀儡を通してしか喋れない男なんてお断りよ。」

　と言うと剣を再び強く握りしめ傀儡に怒りをぶつける様に叫ぶ。

「生命開放(オープン)、魔槍(アストルフォ)」

　スカディの怒りに呼応して、剣は砂鉄の様な物質でその身を覆い、槍の形を形成する。

　傀儡達も一斉に声を上げて

「擬似生命開放(オープン)、

　機関銃(ガトリング)」

「擬似生命開放(オープン)、

　散弾銃(ショットガン)」

　壁や、天井、それらに凶弾は無慈悲に穴を開け、小さな少女の体にも同じ様な形の穴を作ろうと飛んでいく。

　しかし、彼女は本来高貴なる騎士が持つべきその巨大な槍を引き締まった小さな身体で軽々と振り回した。

　黒き魔槍は変幻自在のその身を使い、凶弾全てを壁へといなす。

　再び槍は彼女が扱いやすい様に形を変え、傀儡をまた一つとまた一つと切り裂き、貫き、蹴散らしていった。

　傀儡は彼女の猛攻に瞬く間に打ちのめされ、先程まで声を発していた物と数機しか残らなくなった。

　しかし、妹背山はそんな事を気にせず声を放つ。

「まさか、これほどとは。はははは、はぁ、ますます、ますます君が欲しい。」

　「あんた今自分の立場分かってる？まぁ、いいわ、一思いに壊してあげる。あんたの悪趣味もここまでよ。」

　そう言うとスカディは黒い槍で残った数機の傀儡にとどめをさそうとした。

　瞬間、彼女のいた地面を拳で抉り抜き、もぞもぞと人の形をした兵器が姿を現した。

　力を入れる足場がなく、彼女は仕方なく槍の形を変え、その兵器に捕まるのをなんとか防いだ。

　そのモノに魂はなく、地面を抉り抜いた拳には傷一つついていない。

　しかし、こちらを眺める虚の目は彼女に助けを求める様であった。

　「まさかこれ生きた人間を使っているの？」

　彼女はその傀儡と呼ぶにはあまりにも人に近しい兵器に戸惑った。

　それを見て妹背山は嬉しそうに語る。

「ああ、そうだよ！これは僕の生命武器で生み出した傑作の一つさ！しかし、人間というのは間違っているな。君も私も同じ吸血鬼だろ？

　まぁ、そこはどうだっていいか。

　本題に入ろう！私はね身体をきみを使って彼の様な兵器を作りたい！きみは僕が求めた最高の素体だ！だからね！もし、君が私にその身を差し出すと言うのであれば私は残った君の仲間達に全てのドアを開けてあげよう！」

　傀儡の掠れた声がフロア全体に大きく広がる。

　「もし仮に、私があなたに私の体をあげたらどうするの？」

　「もしかして、興味を持ってくれたのかい？ならよかった。まずは君の体の中にある魂を僕の生命武器で抜き取って君を空っぽにする。そこからさらに君の体の骨の一本一本を」

　グシャリ

　彼が介して喋っていた傀儡は黒い魔槍が一突きで沈黙させた。

　スカディは気分が悪かった。興味本位で聞いた自分に嫌気をさし、それ以上に妹背山という怪物に怒りを覚えた。

　「良いわ。冥土の土産に名前を教えて上げる。私はスカディ、埋葬屋序列第八席であり、あんたに安らかな死を与える者よ。」

　そして、彼女は妹背山の魂無き虚なる兵器と対峙する。