第25話 小説ふしぎ探訪(2) なぜ書き出しで設定を述べては駄目なのか

 小説を書き慣れていない方に多いのが「書き出しで設定を述べずにはいられない」病です。


 しかし『「小説の書き方」コラム』では「書き出しで設定は書くな」「書き出しは主人公を動かせ」と説いています。


 なぜ「設定を書いては駄目」なのか。


 例文をいくつか載せてみます。




世界観設定全開な書き出し


> プレシア大陸の南東部に山脈に囲まれた土地があった。そこにレイティス王国が興り、“中洲”と呼ばれる肥沃な大地で急速に人口が増大した。ときのレイティス国王は、従来都市を構えなかった南西地区への移民を敢行。しかし開発は移民任せとしたため市民が造反し、ボッサム帝国が樹立された。

> 以後百二十年にわたって年二回の戦争を絶やしたことがなかった。


 さて、ここまで設定をつらつらと書いてきましたが、これを読んで物語に惹き込まれたでしょうか。


 惹き込まれませんよね。

 当たり前です。

 読み手が感情移入するべき主人公が、いつになっても出てこないのですから。


 冒頭から世界観の設定を書き連ねるのは、このように読み手を惹き込めないのです。


 では、主人公の設定を書けばよいのだろう。

 どんな主人公なのか設定を書き出せば、読み手は惹き込まれるはず。

 そう思う方も多いのですが、例文を読んでみてください。




主人公設定全開な書き出し


> 赤毛の青年は今年二十五歳になる。前戦で将軍が大量に死に、新たな将軍として名前を挙げられた。そして協議の末、彼とその幼馴染とが次の将軍に決まった。

> 幼い頃、承認だった両親が他界し、彼は孤児となった。王都といえど柄の良くない裏町でスリをして暮らしていた。あるときひとりの男性が酔いつぶれているところに出くわしてその財布をすろうとしたところ、あくどいことで有名な連中に見つかって有り金を巻き上げられ、さらに短剣で命を落とす寸前に追い込まれる。そこを救ったのが軍務長官である。しかし行き場のない少年を放ってもおけず、軍務長官は彼を養子に迎え入れる。そのとき義兄弟となったのが、今回の昇進でともに将軍となる幼馴染である。


 さて、主人公の設定を書いてきましたが、この書き出しで惹き込まれたでしょうか。


 主人公の生い立ちはわかったのですが、いまいち惹き込まれなかったはずです。


 読み手が欲しているのは主人公の設定ではなく、主人公の行動そのもの。

 主人公設定は「世界観設定よりはまし」というレベルでしかありません。




主人公の状況説明な書き出し


> ミゲルは講堂の控え室に幼馴染みのガリウスとともに待機している。秋らしい穏やかな陽射しが入り、室内を照らしていた。

> 室内には観葉植物が飾ってあり、机は器具で据え付けられていた。昇格できない者たちが最大の凶器で暴れるのを防ぐためだ。これは宰相殿下が取り決めたことであり、その判断は正しかったといえる。実際に大怪我をする士官が減ったからだ。


 こちらは主人公周りの状況説明を書いてみましたが、これもいまいち惹き込まれませんよね。


 では、どこまで説明すれば読み手は惹き込まれるのだろうか。


 その考え方とは真逆が真実です。




主人公の動作を押し出した書き出し


>「ミゲルよ、レイティス国王ランドルの名において、そなたを将軍に任命する」

> ミゲルは逡巡した。士官であれば将軍への昇格は誰もが望むところである。国王も大きな期待をかけていた。しかし彼は素直に喜べないのだ。

> 将軍とは戦場で多くの命に責任を持たなければならない。味方の生存とともに敵の死滅を求めなければならないのだから。

> 彼は人の死を極端に嫌っている。そんな自分が多くの命を委ねられる将軍は務まるのだろうか。その思いが強くて、将軍職に逡巡するのである。


 今回はどうでしょうか。

 少し惹き込まれたと思います。

 しかしまだなにかが足りないと思いませんでしたか?


 せっかく主人公が出ているのに、彼に入り込めない。

 それは「神の視点」だからです。


 「神の視点」ではたとえ主人公でも、心の中が読み放題で書かれたものが物語のすべてになってしまいます。

 書いたものはすべて現実で、書かれなかったものは隠されているだけです。


 ここでは「国王も大きな期待をかけていた。」で国王の心の中に入っています。これを抜けば「三人称一元視点」という、書き方は「三人称視点」なんだけど、主人公の心の中のみ読めるものになるのです。


 誰の心の中も読めない「三人称視点」が完璧に書けるのは、「一人称視点」をマスターしてから。

 というのが文壇の見解です。


 では一人称視点に改めてみます。




主人公の心に入り込んだ書き出し


>「ミゲルよ、レイティス国王ランドルの名において、そなたを将軍に任命する」

> その言葉に逡巡した。士官であれば将軍への昇格は誰もが望むところだが、素直に喜べない。

> 将軍とは戦場で多くの命に責任を持たなければならない。味方の生存とともに敵の死滅を求めなければならないのだから。

> 人の死なんて大嫌いだ。それなのに多くの命が委ねられる将軍職など務まるのだろうか。


 例文が下手くそなのはご勘弁いただきたいところです。

 プロではないので、しょせんこの程度。


 ですが、先ほどの「神の視点」よりは自然に読めたはずです。

 人によっては主人公のミゲルに惹き込まれたでしょう。


 主人公に入り込み、主人公の目でしか物が見えず、主人公の心の中しか読めない世界。

 これが「一人称視点」です。


 そして多くの読み手が求めている小説も「一人称視点」なのです。


 なぜでしょうか。


 小説とは「主人公と一心同体になって、物語を追体験する文芸」だからです。


 つまり読み手を主人公に惹き込めなければ、小説としては程度が浅いと言えます。


 だからこその「主人公を動かせ」なのです。

 つねに主人公を動かす書き出しを意識していれば「つかみはOK」。あとはどれだけ物語が面白いのか勝負に持ち込めます。


 「小説賞・新人賞」でも、退屈な書き出しの評価が高いことはありません。

 物語は一文目から動き出し、ラストまで一気に流されるくらいの激流に身を任せたい。

 それが目の肥えた選考さんが応募小説に求めるものなのです。


 できれば「ノンストップ活劇」を目指しましょう。



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