第24話 小説ふしぎ探訪(1) 剣を抜く

 気が向いたら書いてみる「外伝」のよさを活かした企画その1です。


 初回は「剣を抜く」描写について。




 まずは「剣を抜く」動作そのもののバリエーションです。

> 剣(の柄)に手をかけた。 (まだ抜いていません)。

> 剣を抜いた。

> 抜剣した。 (「剣を抜く」の漢語。「抜刀」の変化型)。

> 剣を引き抜いた。 (ちょっとした長物を抜くときはこちらのイメージに近い)。

> 剣を構えた。 (抜いた動作を省いてすでに構えている状態まで持っていく)。

> 剣を振りかぶった。 (振るう一種ですが、まだ攻撃はしていません。寸前です)。

> 剣を振るった。 (構えさえ省いてすでにひと振りしている状態)。

 ヒロイック・ファンタジーでは、剣で戦うのが当たり前なので、いちいち「剣を抜いた。」と書くと蛇足になる可能性が高い。

 とくに剣を抜く動作に必然性がなければ、「剣を構えた。」で抜く動作を省いたほうがよいでしょう。

 それでも多くなるようなら「剣を振るった。」で構えすら省略してしまうのも一手です。

 もちろん「抜いた」ことに強い意味があるのなら手を抜かずに「剣を抜いた。」と書くべきです。


 「剣に手をかけた。」に体の動作「斜に構えて」を足すと「斜に構えて剣に手をかけた。」となり助詞「に」が重複します。

 ただし「斜に構える」自体が「慣用句」なので、これ以外の表現をしようもありません。

 ですのでこの例では原文のままでもよいのです。

 変えたければ「斜に構えて剣へ手をかけた。」と「剣の方向」を使うのですが、収まりは悪いですよね。「手をかけた」自体が到達点を求めていますので「剣に」と到達点を示したほうが据わりがよいのです。




 次は「どこに剣を持っていたのか」のバリエーションです。

> 腰の剣を抜いた。

> 腰に差した剣を抜いた。

> 腰に帯びた剣を抜いた。

> 腰にいた剣を抜いた。

> 腰に吊るした剣を抜いた。

 普通の剣なら鞘にしまって腰に装備しているものですから、腰で身に着けていると仮定しています。都市部で剣を抜き身にして歩いていると憲兵や自警団に捕まるはずです。大剣のように大きくて、背負って持ち運んでいるのなら「背負っている剣を抜いた。」になります。


 こちらも剣のある場所がころころ変わるものでもないので、いちいち「腰の」と書くのは蛇足になりかねません。

 それこそ「剣を振るった。」だけの表現となる可能性が最も高いのです。




 今度は抜く速さのバリエーションです。

> 剣を悠然と抜いた。

> 剣をゆっくりと抜いた。

> 剣をおもむろに抜いた。

> 剣を素早く抜いた。

> 剣を一閃した。 (抜剣してひと振りしているので「剣を振るう」の高速バージョンです)。

 擬態語・擬音語で表すとポップでかるい表現になります。

> 剣をすらりと抜いた。 (ゆっくり抜いている印象がある)。

> 剣をシャッと抜いた。 (金属のものを素早く抜いている印象がある)。

 ちなみに「おもむろに」を「素早く」の語彙と勘違いしている方も多いのですが、実際はゆっくりと抜いています。

 漢字で書くと「おもむろに」つまり「徐々じょじょに」と同じ漢字なので、ゆっくりと抜いているとわかりますよね。

 難しい語を使うときは、漢字を確認しておくと間違いが少なくなります。




 剣には小剣、剣、長剣、大剣と長さや大きさに差があります。

 また刃が広い剣や尖った剣、形が違えば重さも異なります。

 その違いを意識して書いてみます。

> 長剣を抜いた。

> 刃の厚い剣を抜いた。

> 幅の広い剣を抜いた。

> 針のように尖った剣を抜いた。

> 鋼の重みを感じながら剣を抜いた。

 こう書いてみると、単に「剣」と書いていたものにイメージがプラスされますよね。

 形の違いに重さの違い。長さの違いもありますし、両手で持つか片手で操るかでも異なります。

 それを一緒くたに「剣」で表してしまうと、読み手はさまざまな形や重さや長さの剣を思い浮かべてしまうのです。

 しかし何度も「幅の広い剣」を繰り返すとくどくなります。

 読み手が「主人公の持っているのは幅の広い剣」と理解していれば、それ以降は単に「剣」と書くだけで「幅の広い剣」を連想してもらえるのです。

 だからどのような「剣」なのかを始めのうちにきちんと書いておく必要があります。

 戦争もので、全員が同じ仕様の剣を装備しているのであれば、単に「剣」としか分類できません。その世界ではその「剣」が一般的だから差を表現できないからです。その場合は「剣」とだけ書くしかありません。




 剣の抜き方にクセがある場合、それを書くとキャラクターが立ちます。

> 腰をひねって剣を抜き出した。 (日本刀の抜刀でよく見られます)。

> 斜め後ろに振り返ってから剣を抜いた。 (長物は距離を稼ぐためにこのような動作になります)。

> 前足を強く踏み込んで下からすくい上げるように剣を抜いた。 (いかにも勇者らしい見栄の切り方です)。

 ここで注意したいのが助詞「を」が重複することです。

 できるだけ助詞「を」を係り受けの動詞に近いところへ置いてください。

 次の語ですぐに解消してあれば、助詞の重複でもそれほど困りません。


 一例目は「腰をひねり、剣を抜き出した。」にすると「花が咲き、鳥が歌う」のような重文の係り受けになります。ですが原文が言いたいのは「腰をひねって抜き出した。」なにを?「剣を」なので、ここは原文のままがイメージに最も近いはずです。


 三例目も怪しいのですが「強く」は形容詞の連用形なので助詞「を」より内側でもそれほどわかりにくさはないと思います。

 というより、連用形の後ろに「前足を」を置くとかえって係り受けが悪くなるので、ここでは「前足を強く踏み込んで」のほうが正しい表現です。




 いかがだったでしょうか。

「剣を抜く」というただひとつの動作にここまでバリエーションをつけられます。

 組み合わせてもよいのですが、文を長くすると肝心の「抜剣」する時間が長くなってしまい、リズムが悪くなることが多いのです。

 いずれかにポイントを絞って「剣を抜く」とスピーディーに抜けるようになります。

 それこそ「剣を振るった。」で抜く動作そのものを省くと、さらに高速になるのです。



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