第40話 決意のための下準備

「あれ? ここは雑貨屋さんでは……」

「違う違う! ここは酒場だよ。あっははは! 雑貨屋は隣」


 恰幅のいいおばさんに豪快に笑われた。


 事のいきさつはこんな感じ。

私は冒険者として何も出来ないのではないかと考えたのが発端。戦闘はもちろん無理だし採取、採集系の依頼だってこなした事がない。


 ダルーンの実については偶然だから別件ね。


 運動神経は悪くないと思うけど、それだけの私が果たして『冒険』なんて出来るのか?


 冒険者には旅がつきもの。村を飛び出た時は野宿もしたけど旅という訳ではなかったから、とにかく最低限の荷物で急いで都を目指した。まぁ、つまり、私には『サバイバル経験』なるものがないんじゃないかって話ね。


 ハンソンさんに話すとヨーダさんの弟子として教えを受けていたと思われていたらしく、全くそういう経験がない事に多少驚かれはしたものの、もう使わなくなった『サバイバル事典』を私にくれた。


 ならば王都を出て近くの町まで行ってみようと計画し、雑貨屋の場所を聞いて必要品を購入しようとやってきた訳。気分転換に旅に出ようかとは考えていたからちょうど良かったわ。


 目的地周辺の建物は外観がとても似ており迷ったが、私は雑貨屋というならきっと静かな場所だろうと思い込み、喧騒が聞こえる建物の横の静かな建物へと足を踏み入れた。




「なんで酒場が雑貨屋より静かなのよ」


 確かにこの酒場は異様だ。席は見た限り満席に近い。普通の酒場ならこれで静かな訳がないと思うのだけど……


 ? もうひとつ気がついた。 

 どのテーブルも二人だけで向かいあって座り、お互い下を向いて会話なんてしていない。けどそばに立ってそれを無言で見つめている人達までいる。あ、更に酒場だというのに誰もお酒なんて飲んでないじゃない!


「不思議そうに見てるけど、雑貨屋だと思って入ってきたから表の看板見なかったんだろう?」


 恰幅のいいおばさんは丁寧に説明を始めてくれた。


「あんたと同じように雑貨屋と間違えて入ってくる人はいるんだよ。そっくり同じ様な外観の建物が並んでるからねここは」

「はい」

「まぁそれにも理由があってね。この辺りの土地は全部王国の大将軍だった方のものなんだよ」


 あそこにいる人だけどねと教えてくれる。体格のいいおじいさんが他の人と同じように下を向いて黙りこんでいるのが見えた。


「引退してあの方は私達が暮らしやすいように色々な建物を建ててくれた。業者がいうには同じ規格の建物を並べて建設するなら費用もおさえられるっていうんで」

「同じような建物ばかりになってるんですね?」


 私は納得して笑う。


「それで皆さんは何をされてるんですか?」

「知らないのかい? リ・将棋っていうボードゲームさ。元々は異国発祥のものみたいで、こちらでも遊べるように手を加えられてから王国全土に大流行したんだけど……まぁ女の子だし、戦争みたいなゲームには興味ないか。看板読んでもわからないかもね」


 おばさんはがははとまたもや豪快に笑う。女傑がいるならおばさんのような人をいうのだろうか。


「で、だ。このゲームにはまった大将軍様が同好の士を集めて遊べるようにしたのがこの酒場……だったんだけど、今では酒場なのか単なる集会所なのかよくわからなくなっちまったよ。みんな朝から晩まで盤上とにらめっこさ」

「確かに……」


 あ、よく見れば年配の人達ばかりではなく、女性や子供もいた。


「興味があったらいつでもおいで。どうせ暇人達がいつでもたむろってるからさ」

「商売なのにそれでいいんですか?」

「いいのいいの。どうせ商売度外視だしね」


 おばさんはウインクしてこれも何かの縁だと一冊の本をくれる。それには『リ・将棋、早分かりルールと基本戦術』と書いてあった。


 おばさんには悪いけど読まなさそう。

私はお礼を言って


「あー、負けた! 今回はいい線いけてるとおもったんだが……」

「がはは! ここでこの手がまずかったのよ」

「ああ、そこかぁ!」


 なんだか楽しそうな雰囲気を背に酒場から出て看板を見る。看板にはリ・将棋大会開催中と書いてあった。


「なるほどね」


 私はそのまま雑貨屋に向かう。そして理解。

 どうやら私が雑貨屋と酒場を間違える原因となった喧騒を発していたのは、雑貨屋の人と揉めている最中のハナキンだったようだ。

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