第34話 ジーク
「旅の者だが水を一杯分けて貰えないか?」
ギルドマスター、ハンソンから情報を得た『収集家』の少年は対象の男が一人になった時無造作に近づき背後から声をかけた。
「水ですか? はいはいお安いご用です……」
男は振り向きながら答えるが、人物を確認するより先に少年からの言葉が続いた。
「それと是非貰いたいものもある」
「? それはなんでございましょ……お前は!」
男は少年の顔を確認し硬直する。
「貴様の命。理由は分かるな?」
「ち、ちぃ!」
男は距離を取ろうと動く。が、それよりも速く。男の右腕が切り落とされて地面に転がった。
『収集家』の少年は男に話しかけるまでは武器など持っていなかったが現在はどこから取り出したのか淡い光を放つ剣を右手に構えている。左手には小型のシールドバックラーのような防具を装備していた。
「以前俺が倒した盗賊の親玉に付き従っていたならず者……自称腹心だったか? 取り逃がしたと思ってはいたが、貴様に『株分け』していたとはな。追跡が無駄にならず良かったよ」
収集家は淡々と話すが全身から放つ殺気が男の逃亡を許さない。
「ぐぐ……まさか街中でこんな時間から斬りかかられるとは……油断した」
「ほう。腕を飛ばされてその程度の反応か。もう元の人間の人格は残ってないと見える。まぁ、本性はどっちも似たようなものか」
収集家は距離を詰める。形勢不利な男はニヤリと笑った。
「なんの為にここで善人の振りをしていたと思う? のこのここんな時間にきやがって。ここで俺が騒いで人を呼べば貴様は善良な市民に手をかけようとする殺人鬼だ」
「聖剣カラドボルグ」
「……は?」
「この剣の名前だ。魔物の邪気を払いその真実の姿を晒させる」
「誰がそんな剣の蘊蓄を聞きたがったか」
「以前『貴様』を倒した武器は妖刀村正。切れ味と使いやすさは気に入っていて特定の魔物にキラー効果を持つがお前達に対してではない。まぁ、それ故に株分けされて今の貴様がいる訳なんだが」
男は話が噛み合わない事に苛立ちを見せる。
「もういい。貴様は殺人者として同じ人間に追われ、石を投げられながら生きていけ!」
男は息を深く吸い込み
「た、助けてくれぇ! この男に殺される!」
と叫ぶ! そしてそれを聞きつけた周囲の人々が駆け付けてくる。
「今のはあの人の声じゃないか?」
「なんだなんだ」
「どうしたおい!」
「ひっ!? 人殺し!?」
(くくく、終わりだ、ハンターめ!)
……男は勝利を確信した。だがやがて違和感に気付く。
駆け付けてきた者達の視線。それは……
「お、おいぃ! なんでみんな私を見てるんですか! この男が殺人鬼ですよおぉぉ!?」
「ば、化け物……」
誰かの呟きが聞こえた。
「は? 化け物? それはその武器を持った男でしょうがぁ! 善良な市民を殺そうとする!」
男は斬られたはずの『右手』で収集家を指差す。
「まだ偽善者を演じるか? 大したものだな。せっかくカラドボルグの説明までしてやったというのに」
「は、はれ?」
男は自分から『生えている』右手を見る。それは『肉』ではなく『樹木』のような物で形作られていた。
「その窓に映る自分の姿を見てみるんだな」
男は冷や汗をかきながら恐る恐る窓を見る。
「げっひゃあ!」
ガラスには『人』と『樹木』が混ざりあったような化け物が映っていた。
「あ、あの人は魔物だったのか?」
「信じてたのに……」
少年から凄まじい殺気が男に……いや、既に魔物と融合してしまった『男だった者』に放たれる。
「これで俺は街中に現れた魔物を退治する冒険者様という訳だ」
「く、くそがぁ!」
その瞬間、男の身体はみじん切りにされて地面に散らばる。周囲からは歓声があがった。
「……説明した時に気付くべきだったな」
少年は男を完全に消滅させるためカラドボルグを『魔物』の『核』にあてがう。
「フ……フフフ……」
魔物は笑っていた。
ゴキリ。
「……」
核を破壊され魔物は完全に消滅した。収集家の少年は武器をアイテムボックスへ収納し、人のいない場所へと離れる。
(妙だ……今までの『箱』どもは最後の時ともなれば罵詈雑言か怨嗟の声、どちらかを俺に浴びせてきた。それが今回は笑いながら消滅だと? 潔さとはとても思えん)
「ヴァルキュリエ」
《イエス、マイロード》
「ロンギヌスだ。ひょっとすると本命はすでに別に産み出されているのかもしれない」
《核の取り込みは成功しました。追尾機能の精度を上げる事も可能です》
少年の右手には槍が出現していた。ヴァルキュリエと呼ばれた存在こそが収集家『ジーク』のアイテムボックスであり、その特性はまさに収集家の名に相応しい。
聖剣・魔剣はいうに及ばず、妖刀であっても、果ては槍でも弓でも『特殊な力の付与された武器』ならなんでも収納が可能。
「行ってこいロンギヌス」
ジークは右手の槍を空高く投げた。槍は一直線に空へと吸い込まれていくが、これはジークの筋力ではなく槍に宿る力によるものだ。
「よし、追うぞ」
《イエス、マイロード》
ジークは人混みを避け、街の中を駆け出した。
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