その卅 皈
怖イナガラモ
通リヤンセ
遊びながらいつも不思議に思っていたのです。
一体何が怖いのだろう?――と。
まあ、それでも昼間の明るい
夜中にふと目が覚めることがございます。
自分の他には
そんなときに、はっと思うのです。
ああ、あの歌―― あれは、一体何が
そうなるともういけません。そのことが気になって気になって、目が冴え冴えとなって、もう眠られないのです。
何の物音もしない夜中、耳の奧ばかりがしいんと鳴って、もはやとても眠られないのです。
頭の中では、歌が堂々巡りをします。
コヽハドコノ
学校に上りまして―― あれはもう尋常科を終えて女学校に
歌に出てくる「天神樣」とは「
ええ、いつだかは存じませんが、いつのまにやらにそう理解をしたわけでございましょうね。
天神様と申せばどなたも学問の神様と仰せでしょうけれども、中古の頃の事情などを少しひもときますと、菅公には別のお顔がおありですね。
学問の神様という、尊くも穏やかな
申し上げるのも
あるとき、そのことにはたと思いが至りましたの。
そういうふうに思い至りましてから、ああ、歌の中に「
学校に上りましてからは、さすがにもうそんな遊びはいたしませんでしたけれども、もっとずっと小さな子供の頃にさかのぼって思い出しますと、お友達や姉たちとうちそろって、仲よく遊んでおりましたのは、それこそ、天神様の
祠は幅の狭い石段を長々と
そこがちょっとした広場のようになっておりまして、子供たちの遊び場でございました。
コノ子ノ
二人が向かい合わせになって、頭よりも高く両手をさしかけて
ええ、歌を歌いながら。
そうして、おしまいになって「
ええ、ええ、そんな遊びでございました。
あれは、旧のお正月が過ぎて何日かしてからのことだったように存じます。
その年は雪もほとんど降らない珍しいお正月で、ことに風も吹かない小春日のずいぶん
そのとき、
いいえ、そのお方はよそのおうちのお姉さまでした。
そのおうちがどこだったのか――でございますか? さあ、そうでございますわね。ちょっと忘れてしまったようで、思い当たりませんの。
何でもその日はおかしなことに、何度遊んでも
そのたびに姉たちなどは喜んで大笑いをしていたのですが、
まだ小さくて学校にも上がっておりませんでしたので、おみそということにしていただいて、どんなに負けたところで、
それでもあまりにも負け続けるものですから――
そのうちにイト子姉さまがはっと何かに
「そういえば、あなたはこのお正月に、七つにおなりですね? 違いますか?」とお
たしかにその年は、とって七つのお正月を過ごしたのでした。
お姉さまは、急に真面目なお顔で、
「きっと呼ばれておいでなのですよ、あなたは―― 行かなくてはなりません。さあ、あそこを上ってお詣りをしていらっしゃい」と石段を指さしておっしゃいます。
すると、さっきまではあんなに笑っていた一番上の姉が、さっと青くこわばったような
姉もイト子姉さまも目をきろきろさせながら、しばらく
いずれにいたしましても、とうとう姉は
はい? ああ、そのときの問答の中身でございますか?
さて―― どうもあまり憶えてはおりません。
まだ小さかったものですから、大きな人たちのお話は難しかったのかも分かりませんね……
ただ、
ええ、すっきり明るく
どうしてもどうしても厭でなりません。イト子姉さまが、さあ、さあと催促なさるのを見上げてしきりに
「分りました。それでは一緒にまいりましょう」とやさしく手を引いて下さいました。一番上の姉はそれでも頬をこわばらせておりましたが、
お詣りの
ごく普通に、とくに変わったこともなくお詣りしたように思いますけれども――
イト子姉さまのご容子ですか? お隣で一緒に手を合せておいでだったと存じます。
いいえ、何も唱えたりはなすっていなかったように存じますが…… 黙って手を合せておいでだったのではないでしょうか――
ええ、そうですね、しばらくのあいだ――
いいえ、よく思い出されません。なにしろ、ずいぶん小さい頃で、ほんとうに大昔でございますから……
もともと、あのお宮にはあまりお詣りに行ったことはございませんの。
石段の下の広場ではよく遊んでおりましたけれども、それも学校に上るか上がらぬかの頃まででございましたから。
一つはっきりと憶えておりますのは、お詣りを済ませて石段を下りてまいりましたところ、皆の
何と申しましょうか、お互いの間にはっきりとした隔てが出来てしまったような……
あのときの、皆が遠巻きにこちらを見ていた、その目を
ええ、
なかなかに口で表すことは難しいように思われますけれども…… ほんとうに、何とも申しようもない目で、こちらをじっと…… 大きな姉さま方も、皆が黙ってしずかに
口に出してこそ申しませんでしたが、どんなに心細く、悲しく、情なかったことか……
さあ、それはなぜだか存じませんし、あまり考えないようにしておりました。考えてはならないゆゆしいことだと…… それに切なくなりますものね……
ええ、そのとき以来、皆の遊びに加わることも何やら
もう何十年も
そんなふうに思われますの。
歌の中に「
ええ、そうではなくって、往って皈る者に対して、
あのときのお友達も、
ええ、でもしかたございませんでしょう?
そうして、
まあ、今はこんなお婆さんになってしまいましたので、そんなに切なく思い出すこともございませんが、六人の
ええ、それはもう、誰も口にはいたしませんし、詮索など出来るものではございませんが、ごくごく当たり前のように、そういうものだと存じておりました。
今ではもうこの世に残っているのもひとり――
ええ、ええ、
そうそう、一つ不思議に思うことがございまして――
あれは一番上の姉の一周忌のことでございました。久しぶりに懐かしい方々とご一緒にお
そんなことはある筈も無いように存じましたが、どの姉に訊いても、また妹に訊いても、皆一様に何だか妙な顔を作って、知らないと申しておりました――
そのお
<了>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます