その十九 名
何でも路地を步いてゐた。
角を曲がる度に、四つ目垣や生垣や
花の多くは淡い紫や桃色であつたが、
風は無い。
塀の內側はどうやら
さうだ。あの時、
人目も
あの記憶が次第に鮮明に
脇に
白つぽい生地に
余は、帽を脫ぎ、今一度汗を拭ふと、帶に
「やあ、久振りだね。――水川君」
「
「――やゝ、
「
「時に君は、
二人
隣の男が、顏を橫に向け
「今君は何をしてゐるのかね?」
はて……?
さうだつた、自分は――
木蔭に
さうだ、名刺も
木蔭の
「
「さう〳〵…… 僕はね、
「さうかい。それは、好いね。――さうだ、學校でも君は文科だつたね。今度僕も雜誌を買つてみよう。君の書いたものを是非讀んでみたいね」
「――あゝ、さうかい。
「號? 例へばどんな?」
「
「ふうん、
「
「
あゝ、さう來たか――
「さうさ、大學には行かれなかつた。結句、學士樣には及びも附かずさ」
「まあ、
「ふゝん…… どうにか、かうにかさ。僕も口を
「まあ、あれ程の病氣をしても、今現在、身を立てゝゐるのが立派だよ…… 今はもう胸は
「あゝ、どうにかね……」
「僕はね―― 今、こんな事を遣つてゐてね……」と友人が名刺を出してきた。
差出された
「これあ、隨分大層だね」
「否、まあ、御蔭樣でね…… どうだね、
さう云ふと、友人は愉快さうに笑つた。
はて、さうだつたゞらうか? 余はこの人物と酒席を共にした事があつたのだらうか?
友人は帶から金鎖の
「ぢやあ、僕は
さう笑ひ乍ら
「では失敬。又今度――」
快活な友人の表情とは対照的に、車夫が蔑むやうな目附で
其去つて行く所を
木蔭には心持の好い風が吹き込み、汗を冷やし、少しく乾かして行くらしい。
樹上では、わし〳〵〳〵と
名刺には、野閒兼二郎とあつた――「野閒兼二郎」?
慥かにあの顏には見覺えがあつたやうだが、「野閒兼二郎」なる名は、
野閒兼二郎…… 野閒兼二郎……
さう考へてみると、果してあの
余には、何もかも全てが曖昧模糊として、輪郭が
慥かに
<了>
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