その七 矢 《前篇》 芥
駅を出て、歩道橋の階段を降りようとすると、ゴミが散乱していた。
ハンバーガーの包み紙、フレンチフライの箱、箱から飛び出したフレンチフライ――
ゴミを
やっぱり。
自転車の籠に、レジ袋に入ったゴミ。これで三度目だ。
帰りの買い物がてら、近所のコンビニに立ち寄り、店の前にあるごみ箱に、こっそりとレジ袋を捨てる。
ゴミを自転車の籠に捨てた「ヤカラ」への怒りと、ここでそのゴミをこそこそ処分する後ろめたさと――
いいよね。いつも買い物してるんだから、こんなときぐらい、捨てさせてもらっても。それに、もともとこれって、わたしのゴミじゃないし――
いささか欺瞞めいた言い訳を、ちまちまと自分に向けている小心。
堂々巡りのローテーション。
胸の中の渦にかき回され、鬱屈が発酵度を増していく。
とにかく、晩ごはんを買わなきゃ――そのままコンビニに入り、ツナマヨのおにぎりとイタリアンサラダ、そして、いつもは安いドラッグストアでしか買わない綿棒を手にレジに向かった。
店員の「ありがとうございました」の声に、口の中でもごもごと「ありがとうございました」を返し、さらに深々と頭を下げて店を後に。
家に帰って食事と入浴を済ませ、化粧水を塗り終ると、いくぶん気持ちが落ち着いてきた。
テレビをつけてみる。
どれもこれも、つまらなさそうなバラエティばかり。いくつかチャンネルを変えると、学者のような男性が話しているのが目に留まった。番組情報を見ると、珍しくも、古事記の解説をやっているらしい。
「
はっとした。
画面には、男性の神が矢を持ち、隣にいる女性の神とその矢を眺めている様子が、アニメのようなタッチの静止画像で映し出され、そこに、次の字幕が重なっていた。
『
「そうですね、『この矢にまがれ』と申しますのは、まあ、そうです、この矢で死んでしまえとでもいうほどの心持ちでして、『まがれ』というのは、
再びはっとして、バッグから新書版を取りだすと、さっき電車の中で読んでいた、しおりが挟んであるページを開いた。
やっぱり――
偶然とは言え、同じエピソードをやっている。
手にあるのは、古事記の原文と現代語との対訳本。
もともと、中学か高校あたりから、日本の古典文学や、古代史、神話などに関心があるのだが、最近買って、興味深く読んでいるのがこの本だった。
今、テレビで説明されているシーンは、先程、帰りの電車の中で読んだ場面と同じ。
つまり、こんなエピソード――
騒がしい地上を平定し、
そこで、二番目の遣いとして
それというのも、
本来、
ただ、そうした地上でのいきさつは、天上にはまったく伝わっていない。
そして、矢は、そのまま雉の体を突き抜け、天上の
「
そうして、
このエピソードは、非常に強い印象として胸に刻まれた。
「マガレ!」という、特徴的な言葉とともに。
<続く>
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