ディナーは楽しくしなくては

青井琥珀

何を食べる?

 食の好みと言うのは実に奥深い。例えば私はブロッコリーが好きでたまらないのだが、私の交際相手は嫌いだと言う。そうかと思えば、今度は彼女がホタテが好きだと言えば、私がそれを嫌う。

 ブロッコリーやホタテは有毒だろうか? 当然そんな事はない。しかしながらもし私がホタテを口にすれば、あんぐりと口を大きく開けて吐き出すだろう。万が一飲み込めば胃がひっくり返る様に吐き出す事請け合いなし。


 まったく不思議だ。


「食の好みはDNAによって刻まれるのだろうか?」


 とあるディナーにて、メニューをペラペラとめくり悩みながら、私はふと提起した。


「どうかしらね。私には双子の妹がいるけれど、あの子はブロッコリー好きだったわ」

「一卵性双生児だったっけ?」

「そうよ。でも性格も趣向も随分違うのよね」

「ふーん」


 ある有名な哲学者は食欲を低俗な欲求と見做したそうだ。睡眠欲や性欲のように食欲が本能的で、自由意志に反すると思ったからだろう。

 しかし本当にそうだろうか?

 食欲は個人差が色濃く出る。例えば皿の盛り付け方や味付け、調理方法から食べ方など、人によって好みは大きく変わる。そこに自由意志が加わっていないとすれば、それこそ無理がある話だ。

 現に私は彼女との大切な時間を、こうして食事を通じて共有している。これは私の意思の選択の結果だ。

 食事の雰囲気はそれだけで日常を彩るものだ。


「好みと言えばさ、私思うのだけど」

「何?」

「その人の育ちで変わるんじゃないかって。例えば粉ミルクで育った人は、大人になってからバニラが好きになるんじゃない? ほら、粉ミルクってバニラ入ってるし」

「つまり小さい頃に食べた物が好みになるって事?」

「そんな感じ」

「一理あると思う。でも、好みが変わる事もあるよね。僕は昔アボカドが苦手だったけど、今は大好物なんだ」

「あー、私もそれあるなー。私の場合はトマトだった」


 となると、好みは幼少期によって定まる訳ではないのだろう。少なくともファクターとしては小さいと思われる。


「じゃあさ、何で決まるのかな」

「僕は経験で決まると思うな。思えば僕の会社の同期がアボカド好きだったんだよ。彼の美味しそうに頬張る姿を見て、僕も好きになったんだと思う」

「あーなるほどね。わかっちゃうな。誰かが美味しそうに食べてるの見ると、それが美味しそうに見えるんだよね」

「見えるだけじゃなくて、美味しく感じるようになるんじゃない?」

「うーん、なるほどね。例えばコーヒーがそんな感じよね。小さい頃はコーヒーって苦くて不味かったんだけど、コーヒーを飲む大人をカッコいいだなんて思ってたもん」


 そう言って彼女はメニュー上のコーヒーを指さした。


「……私、今夜は眠る気ないからコーヒーを飲むわ」


と、こちらの目を見ていたずらげに微笑む


「ああ、そうかい」


 まったく、気が散ってしまう。


 私は照れ隠しをするように、一度咳払いを挟んでから続ける。


「今までの話を聞いていると、好みっていうのは周りの人間からの影響を受けやすいって感じがするね」

「そうかしら? あなたと付き合ってもう一年になるけど、私、全然ブロッコリー好きにならないわよ?」

「うーん、たしかにおかしい」

「好みって理解しづらいのね」

「まったくだ」

「……悩んでいるなら私と同じのにしましょ? ほら、このビーフシチュー美味しそうよ」

「うん、それがいい」


 食の好みの根源とはなんなのか、それを知るのは存外難しい。

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ディナーは楽しくしなくては 青井琥珀 @SUR_A_K

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