三人妻ありて(その5)

日陰を選ぶようにして城東へもどった浮多郎は、池の端の茶屋に行ってみた。

ここは、お好とお香が一時期交互に看板娘をつとめていた店だ。

茶屋の前に立つと、灼熱の日差しを団扇で避けていた、それこそ歌麿の浮世絵から抜け出たような麗人が、立てかけた葭簀の裏の床几に案内し、

「やはり冷茶でよろしゅうござんすか?」

と、おちょぼ口から真珠のような歯を覗かせて笑いかけた。

「とびっきり冷たいのをいただこうか。今日はいつになく暑いねえ」

つられて浮多郎も微笑んだ。

「ところで遊べるのかい?」

冷茶を呑み干した浮多郎が、カマをかけると、

「えっ」

と娘は、はにかんだ。

「あっ、いやっ。からかって悪かった。女将さんはいるかね」

懐の素十手をチラと見せると、浮多郎はすぐに店の帳場に通された。

「この店に、お好とお香という二枚の看板娘がいたそうじゃねえか」

小柄だが横に大きな女将は、金魚のような目を泳がせてしばらく考えていたが、

「ええ、いましたとも。かれこれ三年ほど前でしょうかね」

「二人とも妾に引かれたとか?」

「ええ、よくご存じで。お好は巣鴨のご隠居に、お香は本所のお大尽に」

「どんな娘でした?」

「お好の方は明るくって気立てが良かったけど・・・」

女将は言い淀んだ。

「お香は、暗くて性悪だとでも?」

「ええ、とびっきりの器量良しですが、何を考えているか分からないところがあって、・・・しかも手癖が悪かった」

「手癖ねえ」

「証拠はないんですが、どうも客の懐からお金をくすねていたようで」

「この店は、二階で遊べるのかい」

「えっ、ええ。何ならこのわたくしがお相手を・・・」

女将は腫れぼったい目で流し目をくれたので、浮多郎は早々に引き上げた。


次は、本所の材木商のカド屋だ。

お上の許しを得て日光杉を切り出した木材を使い、主に神社仏閣を造営する商売で当てた当主がとてつもない色好みで、あちこちに瀟洒な妾宅を作り、複数の妾を囲っていた。

その中のいちばんのお気に入りがお香だ、と茶屋の女将が言っていた。

カド屋の跡継ぎの、見かけで堅物と分かる長男は、

「ああ、お香ね。あのあばずれの名前なんぞ、聞きたくもないね」

と、にべもなかった。

還暦を過ぎても、女狂いの止まない当主の朔太郎は、江戸市中に出回っている媚薬を服用してまで情事にいそしんでいた。

この南蛮由来の媚薬を呑むと、目が真っ赤になるという。

瑪瑙のように真っ赤な目で、お香に挑んだ朔太郎は、見事に腹の上で死んだ。

兄貴とかいう男と通夜に乗り込んだお香は、世話になった礼を言うどころか、朔太郎が残した証文をかざして、妾宅はもらい受けるとほざいた。

「なに、兄貴なもんですか。あれはお香のヒモでさ」

跡継ぎは、お香を蛇蝎のごとく嫌っていた。

つまるところ、どの妾にも家をそのままあげる、との証文をばらまいた豪気な朔太郎のおかげで、根岸の家は、めでたくお香のものになった。

浮多郎にはそんな話はどうでもよかった。

「その兄貴だか、ヒモだかはどんな奴で?」

跡継ぎは、よほど悔しかったのか、地元の岡っ引きを使って、このヤクザの素性を洗っていた。


裏の井戸で行水を浴びてさっぱりした浮多郎は、お新の淹れてくれた冷茶を呑んで一息入れてから、政五郎に聞き込みで仕入れたネタを話した。

「二人妻の安兵衛は、ぞっこんのようだが、このお香という女、どうにも喰えないあばずれのようだな」

「ええ、ヒモの蝮の甚六という奴が、どうにも気になります」

「安兵衛に、お香の悪い噂話を教えてやるか。・・・いや、待てよ。惚れた女の悪い話を真に受ける男はいるまいて」

などと見得を切る政五郎に、

「あら、それは女も同じよ」

浮多郎に団扇で風を送るお新は、混ぜ返した。

政五郎・浮多郎の親子は話し合い、蝮の甚六の悪行をもっと暴いてから、安兵衛にそのことを教えることにした。

が、事件は向こうからやって来た。

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