三人妻ありて(その3)

帰宅するとすぐに、安兵衛は巣鴨の源五郎に礼状を送った。

というのも、源五郎が紹介してくれた女が、

「すでに、巣鴨の旦那さまにたっぷりいただいておりますので・・・」

と、ケチな安兵衛にしては目いっぱい用意した金子を、いっかな受け取ろうとしなかったからだ。

源五郎が言っていたように、安兵衛はさっそく古女房のお貞に、早々に床をのべさせ、あの根岸の女がやってくれた性技をそのまま再現させた。

お貞は懸命にやってくれたが、根が生真面目で色気がまるでないので、安兵衛のモノはそよとも動かない。

ならばと、翌夜はお静にもやらせてみたが、こちらもお貞より若いだけが取り柄の、山出しの不器用な女で、まぐわうまでにならなかった。

安兵衛は頭を抱えてしまった。

根岸の女とは、あれほど激しく燃えたのに、二人の女房相手ではどうにもならない。


あわてた安兵衛は、商売を放り出して、巣鴨の別宅に源五郎をたずねた。

「そうかい。お前さんが腎虚じゃないと分かっただけでよいではないか」

源五郎は、晴れやかに笑った。

「それはそうですが、相変わらず大事な女房といたされないとなると・・・」

安兵衛が口を尖らすと、

「まあなんだねえ、木石を相手にやれと言っても、やれるもんじゃねえ。『やりてえ!』と思う相方といたすのが一番だろうよ」

源五郎は太平楽を決め込んだ。

「なんですかい。うちの女房たちが木石ということで・・・」

気色ばんだ安兵衛は、そこまで言って、ことばを呑み込んだ。

源五郎に一理ある、と思ったからだ。

「まあ、しばらくあの女と遊んでみてはどうだい」

そう言われた安兵衛の脳裏には、あの夜のめくるめく秘め事がまざまざとよみがえって来た。

『それでは、大事に思う二人の妻を裏切ることになる』

あの女との快楽に溺れたいという欲望と、二人の妻への思いとの狭間で安兵衛のこころは揺れ動いた。


詰まるところ、安兵衛は、前と同じ夕暮れ時に源五郎の言い値の金子を持って根岸へ出かけることになった。

お香という名の若い女は、前と同じように安兵衛を情感たっぷりにもてなした。

二度目の情事でやや勝手を知った安兵衛は、お香にまるごと身も心もあずけ、骨の髄まで快楽の淵に沈んだ。

・・・前と同じように精も根も尽き果て、しばらくお香の胸に顔を埋めていた安兵衛だが、何を思ったか、がばと跳ね起き、

「お香さん。お願いだ。俺の嫁になってくれ!」

と両手を突き、畳に額を擦りつけた。

若いのに肝の据わったお香は、艶然と微笑み、首を振った。

「それこそ、お姫さまのような暮らしをさせると約束する」

安兵衛は必死になって搔き口説いた。

微笑んだままのお香は、やはり首を振り、

「お客さまのお帰りですよ」

と、何事もなかったように、隣室に控える若い下女に声をかけた。

「どうしてダメなんで。歳が離れすぎているからかね?・・・親がいるなら引き取っていっしょに暮してもいい」

安兵衛は、なおも喰い下がる。

「安兵衛さまには、奥さまがおられるとお聞きします。それもお二人も。・・・このお香を三人目の妻としてお迎えになるおつもりでしょうか?」

お香は涼やかな声で答えた。

「ああ、嫁になってくれるのかい。そいつはありがてえ。・・・なんなら二人の妻と離縁してもいい」

喜色満面の安兵衛は、思わず知らずに、こんな不埒なことを口にした。

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