第10話

「あんた、どうしたの」

 あたしは返事に窮した。昼間起こった出来事を説明する気力は、今はない。かれんさんは菩薩様のような慈愛のこもった笑みを浮かべた。

「かわいそうに、フラれちゃったのね」

 あたしは黙ってうなづいた。

 生ビール二つとクリスマス特製セット持ってきて、と、かれんさんはバーテンにオーダーする。これは私のオゴリだから、と隣のスツールに腰をおろす。

「実は私もなのよ」

 男の背中を目で追いながら、かれんさんは荒い息をたてて毒づいた。

「あいつ、女と同棲していたのよ。告白する前にカマかけたら喋ること。にやけちゃってさ。やれ可愛い女だのどうだのって・・百年の恋も覚めたわ」

 生ビール二つ先に運ばれてくる。バーテンはかれんさんの気持ちには全然気づいていない様子だ、知らぬが仏というけれど。かれんさんの恋は成就するまで、これから先も辛く険しい道のりがあるだろう。

「あんた運がいいわ。今からショーが始まるから、ゆっくり見ていって」

 かれんさんはペロリと舌を出す。しゃれた盛り付けのクリスマスセットも運ばれ、あたしたちは横並びでジョッキを打ち鳴らして乾杯した。

「これから先、我々が犯すであろう全ての罪に乾杯」

 これは映画か本の受け売りだ。気に入っているから、あたしは飲み会の時よく使わせて頂く。マリと飲んだ時も乾杯して大はしゃぎしたっけ、どれもこれも切ない記憶だ。

「いいねえ、そのセリフ。まこと罪深いのね人間は」

「清廉潔白なんて神様か仏様だけでしょ、人間は汚れきった悲しみを背負って生きてるんです、どろどろになって」

 あたしは、中原中也の詩をもじった。

「じゃあ、私も・・世界中のバカ男に乾杯」

 かれんさんは顔をのけぞって絶叫し、生ビールを水のように一気に飲み干す。そのくせ「飲みすぎちゃダメよ、また前みたいに倒れても介抱してやらないから」と付け加え、客席のあいだをくぐって向こうに消えた。

 舞台の脇には二メートル以上ありそうな、電飾された豪華な白いクリスマスツリーがそびえたっている。様々なオーナーメントがぶらさがり、コンソールに置かれた大きな花瓶には極彩色のあふれんばかりの生花。かつての江崎の言葉が脳裏を交錯する。

 グリーンカーネーションが好きだなあ

 グリーンの花、それは現存しえない不自然な色。フツーとかけ離れた異質な世界。

 そして・・あたしはやっと合点した。

 おかまショーがはじまり、かれんさんと七人の仲間が小走りで舞台袖からあらわれる。

赤青黄色のカラフルな照明がまばゆい。

「皆様きまっぴー倶楽部に、ようこそお越しいただきありがとうございます、今宵はクリスマスイブ。現世を忘れて、たっぷりどっぷり楽しんでくださいませ~」

 愉快な滑稽な振り付けで奇妙に体をくねらせて踊る。かれんさんは、いつになくセクシャルだった。江崎を惚けたように見た柘植の顔を思い出す。

 奴は天使なんかじゃなかった・・堕天使か小悪魔め!

 江崎をとりこにした柘植が、あたしは憎たらしく悔しかった。苦しすぎる失恋、残念ながら未練があるみたいだ。

「ブラボー、最高だよ」

「メリークリスマス!」

 おひねりが飛び交い、酔客らの割れんばかりの拍手喝采のなかショーの幕は下りる。かれんさんと仲間は舞台の前に歩み出て、中世の騎士に似せた手つきで、うやうやしくお辞儀をした。

 フロアのざわめきにかぶさるように、クリスマスソングが流れはじめる。

 腕時計は午前零時。

 窓際で額の汗をふきながら、かれんさんが照れくさそうにウィンクする。その肩越しに宙吊りの半月が光っていた。

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ハーフムーン オダ 暁 @odaakatuki

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