甘美なる囁き
──「紫音、段差があるから気を付けて。」
──「もう、これぐらい大丈夫ですよ〜」
──「紫音、今日は日差しが強いからパラソルの下に行こうか。」
──「はい! 風が心地良ですね!」
──「紫音、こちらに来てご覧、美しい花が咲いているよ。朝露に濡れた紫色が君みたいで可愛らしいね。」
──「そうですか? 私には魅力的なリアム様の瞳のようだと思いますよ。」
レムファー王国の嫌われ公爵リアムと、転生者の轟 紫音が婚約して1ヶ月が経った。
突然の二人の婚約に周りは大層驚いたが、仲睦まじい二人に誰も口を出すものは居ない。
ただ、金髪碧眼でトップになったばかりの若き国王と、
この国一番優秀な、腹黒ショタ魔法使い、
口は悪いが根は優しい緑髪片眼鏡の宰相、
大国とも渡り合える短髪筋肉剣士の4人を除いては。
「ねーえ。リアム公爵って、あんなに紳士的だったかしら。」
「知らないわよ。だって誰も彼に近付かないもの。」
「まるで硝子細工を扱うみたいね。」
「…………わたくしの婚約者は、あんな風には扱ってくれないわ……」
「………………えぇ、」
「そうですわね……」
「紫音様は、大事にされていらっしゃるのね……」
「「「「羨ましいわ…………」」」」
二人を眺める令嬢たちは溜息を漏らし囁きあう。
清廉潔白な乙女達。
彼女らに将来を決めた婚約者は居れど、目の前を通り過ぎる紫音のように大事にされたことなど無い。
婚約者の為にどれだけ美しく着飾ろうが、どれだけ相手の好みに合わせようが、『大事にされる』と言う事を堂々と見せつけられると、自分たちが本当に大事にされていない事など明ら様だ。
貴族ともなれば家同士の結婚は当たり前。
幼少の頃より既に婚約者がいる事もしばしばある。
結婚するまで性を我慢し相手に捧げても、一度弾けたものは元に戻らない。
結婚してから殆どの者は不倫をしてしまうのだ。
見た目がどれだけ美しかろうが、結局は人間だ。
色んなものを味わってみたいと思うのが
他所で子を作るなんてことは御法度だが、気持ち良くなれば美しくなる。
美しくなればそれでいいと思えるのがこの国の特徴だ。
一方、婚約者など居たことがないリアム。
公爵家で産まれ、公爵家で育ったリアムは、幼少の頃より嫌われていた。
人を殺す術を学び、巧みな話術で人を追い込むことを得意としてきたからだ。
この国の誰もが恐れ、誰もが嫌った。
彼がどれだけ優しかろうが、彼がどれだけ女性を丁寧に扱う人だろうが、レムファー王国の者には関係ない。
彼が『美しくない』からだ。
しかし婚約者が居なかったお陰で、国を出ればいくらでも女を抱けたことに関しては感謝すべきだろう。
二人が婚約してから1か月──、
貴族令嬢達の間で、リアムを見る目が変わりつつある。
それはどうやら貴族令息達の間でも同じらしい。
──「リアム様、独りの夜にちゃんと思い出せるよう耳元で囁いてほしいです」
──「はぁ……、そうやってまた変な事をするつもりだろう?」
──「リアム様、もっとくっついて良いですか?私の色んなとこ、触っても良いんですよ?」
──「私には手を重ねているだけで十分すぎるぐらいだから、ね?」
──「リアム様ぁ……、リアム様の瞳を見て声を聴いて触れていたら濡れてきちゃいましたよぉ……、どうしてくれるんですかぁ……」
──「……っお願いだから紫音、そんな瞳で見ないでおくれ……」
清く正しい男達。
彼らにも将来を誓った婚約者が居る。
けれど目の前を通り過ぎるリアムのように求められたことなど無い。
婚約者の為にどれだけ身体を靭やかに鍛えようが、どれだけスマートにエスコートしようが、『求められる』という事を堂々と見せつけられると、自分たちが本当に求められていないことは明白だ。
あんな風に一途に己を求められ、あんな風に触れられ、興奮し見つめられる気分とは一体どんな気分だろう。
「…………俺の婚約者は、あんな風な
「………………あぁ、」
「そうだな……」
「リアム公爵のことが、本当に好きなんだろうな……」
「「「「羨ましいな…………」」」」
何人たりとも邪魔できないふたり。
そんなふたりの間を邪魔する者が居た。
それは、金髪碧眼でトップになったばかりの若き国王と、
この国一番優秀な、腹黒ショタ魔法使い、
口は悪いが根は優しい緑髪片眼鏡の宰相、
大国とも渡り合える短髪筋肉剣士の4人だ。
レムファー王国が誇る『レム
リアムにわざと業務を押し付けたり、
時には偶然を装い廊下でぶつかり、
調べたい事があるからと部屋に呼んだり、
正々堂々と引き止めたりと、やり方は其々だが己の想いを紫音にぶつけた。
──「え?陛下ったら何を仰ってるんです?貴方婚約者居るじゃないですか。そもそも私浮気する人は嫌いです。」
──「んーーっと、すごく嬉しいんだけどね?私が君に手を出したら犯罪じゃないかな??うん、てか犯罪。ショタは二次元で十分だよ。あ、もちろんそう言ってくれるのは嬉しいからね?」
──「ううんと、表情を見てなければ全然意味伝わらないですね。ツンデレはとてもいいキャラだと思うのですが私自身ハッキリした性格なので表情で読み取るの面倒です。あとすみません、わたし貴方のこと好きではありません。」
──「ちょ、ちょっと声のボリューム落としてくれませんか!?そんな大声で言わなくても聞こえてます!そして暑苦しい!少し離れて下さい!あとガチムチは全然好みじゃないです!わたし筋肉まで愛せませんから!!あぁもうこれだから脳筋は……!!」
もちろん結果は玉砕だ。
金髪碧眼の若き国王に、理不尽に不自然に業務を押し付けられた際、リアムは気付いた。
紫音に何かするつもりだろうと言う事に。
それで婚約者である轟 紫音の気持ちが、誰かに向いたとしてもリアムはそれで良いと思っていた。
むしろそれが自然だ。
こんな自分なんかよりよっぽどお似合いだろう。
今はいっときの夢を見ているだけに過ぎない。
ただ自分が良くても、レム4のなかで唯一の婚約者である女性には迷惑は掛けられない。
彼女も一途に陛下の為にと我慢し、努力をしてきたのだ。
早急に伝達しなければと探すと、いつものメンバーで茶会を開いていた。
主催者は幾人もの猛者共を押し退けその場所を勝ち取った、レムファー王国現国王の正式な婚約者である金髪金眼の彼女。
そしてこの国一番の魔法使いにライバル心を燃やす、二番目に優秀な魔女っ娘に、
男爵家私生児で虐げられながらも、その頭脳で官僚まで登りつめた地味で恥ずかしがりやな女性、
幼き頃、小さな剣士に『おおきくなったらおれとけっこんしよう……!』とプロポーズされた伯爵家の長女達が神妙な面持ちで席についている。
「リアム公爵、どうしたのですか?」
「お邪魔して申し訳ない。ただ貴女に伝えておきたい情報がございまして。もしかしたら皆様にも関係があるかもしれません。」
「……何かしら。」
友であり教師である紫音の婚約者リアムが、自分達に関係があると茶会の邪魔をしてまで伝えに来たのだ。
おおよそ検討はついている。
女4人(内幼女1人)は互いに頷き覚悟を決めた。
「私が近付くことをお許し下さい。」
「えぇ、構わないわ。」
まずは陛下の婚約者である彼女に伝え、それから他の者に伝えるかは彼女に判断してもらおう。
そっと、薔薇の香り漂う金髪金眼の耳元に己の口を近付ける。
彼女は扇子でその口元を隠した。
己のような穢れた存在が近付くところを見せたくないのだろう。
そう思って手短に要点だけ伝えたが、彼女は固まったままだ。
すこし、背筋を震わせている。
あまりにも衝撃的な内容だったかと不安になり、彼女の顔を覗くと、とろんと金の瞳が蕩けていた。
まるで、愛を囁いたときの紫音のように。
「あの……、」
「っ! はっ、あ、……っとても貴重な情報だわ……!」
伯爵家の長女が声を掛けると、現実に引き戻されたかのように息をした。
耳や頬を紅色に染め上げながら、「皆様っ……! 今すぐ貴女達の想う人のところへいって頂戴!どうやら本気で動き出したみたいだわ……!」と彼女は言う。
リアムと目が合えばパッと目を逸らし、また頬を染める。
「り、りあむこうしゃく……!あっ、ありがとうございます、わたくしもっ、行かなければ……!」
声をひっくり返しながら言う国王の婚約者。
とてもじゃないがそんな姿は見たことがない。
淑女としていつも凛としている彼女。
立ち上がり自分も向かおうとするのだが、力が入らないと言わんばかりによろめいた。
もちろんリアムは受け止め「どうしたのですか、本当に大丈夫ですか?」と問うと「んん、はぁっ……!」なんて甘いと息を吐き腰をのけぞらせる。
反応がまるで紫音と同じだ。
このまま彼女の傍にいるのは危険な気がして、リアムはそっと椅子に座らせこの場を立ち去ったのだった。
それから──、
国王の婚約者から徐々に広まっていった『公爵の甘美なる囁き』を求めて、令嬢達がリアムを追い掛け困らせ紫音に嫉妬されるのは、また別のお話。
悪役公爵様はイケボです。 ぱっつんぱつお @patsu0
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