第9話

 翌朝、望は朝の光を受けて目を覚ました。祖父の家の懐かしい香りで胸の内が浄化されるようだった。

 望は布団を畳むと、畳の床を裸足でペタペタと歩いて寧々の遺体が入っている袋の前まで行き、そこで正座をして手を合わせた。


「寧々、待っててね。すぐに私があなたを生き返らせるから。そしたらちゃんと話そ。あなたの弟のことも。」


 望は目を閉じてそう言った。


「あなたはヤサシイですね。他にネガイはないのデスか?」


真後ろからの声に望は心臓を握りられたような悪寒を覚えて振り向いた。


「Good morning、Ms.ノゾミ。ゴキゲンいかがデスカ〜?」


キャサリン先生は陽気にウィンクしながら言った。


「悪くなかった。さっきまでは。」


望はそう言うと立ち上がった。


「ねぇ、いつになったらその催事とやらは始まるのよ。連れていくなら早く連れて行けばいいじゃない。」


「Oh,Ms.ノゾミはせっかちですね〜。Are you OK?行ったら2度と帰れない可能性アリます。」


キャサリン先生明るい笑顔でそう尋ねる。


「覚悟なら、出来てる。」


望は答えた。


「Very good.だったら、ツレテ行ってもいいかもシレナイですね〜」


望は頷いた。


 祖父は外で草花の手入れをしていた。しっかり見張っておくと言っていたのだから本当は1秒たりともそばを離れて欲しくなかったのだが、そんな事は祖父には言えなかった。代わりに望は祖父に言う。


「おじいちゃん。私、もう行くね。寧々の事、お願い。」


 祖父は、そうかと私に言った。


「望、お前は幼い頃、夏になるとよくうちに遊びに来ていたな。」


「うん、覚えてる。近所のお祭りとか回って楽しかった。」


望は答えたが、祖父がなぜ急にそんな話を始めたのかは分からなかった。


「一緒に京都に行った時のことを覚えてるかい。」


望はよく覚えていた。父と母と、まだこの世にいた祖母と、それから祖父と一緒に京都を回った。まだ望が小学校3年生ぐらいの時のことだ。


「うん、覚えてるよ。」


「そうか。その時の思い出、大切にしなさい。そして、その時の事、よく思い出してみなさい。きっと望を助けてくれる。」


 望は祖父の意図を図りかねたが、祖父は真剣な表情で言っていた。だから望も、はい、と真っ直ぐに返事をした。京都に行った時の事。その事自体ははっきり覚えているが、大分昔のことなのでその細部までは記憶がない。何か、大切な事があったのだろうか。

 

 望がキャサリン先生の姿を探すと、彼女はすでにタクシーを呼んでいた。


「望、気をつけていってらっしゃい。」


祖父のその言葉に望は答える。


「はい。行ってきます。」


望は祖父に向かってそう言うと、キャサリン先生と共にタクシーに乗り込んだ。

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欲望の果実 上海公司 @kosi-syanghai

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