果たされなかった約束

澤田慎梧

果たされなかった約束

「今日はみんなで、『十年後の自分』への手紙を書いてもらいます」


 先生の指示のもと、クラスのみんなが思い思いの手紙を書き始めた。

 小学校卒業記念のタイムカプセルに入れる手紙を書くとあって、みんな「将来の夢」みたいなキラキラしたことを書いているようだ。少しイラつく。

 ――けれども、私の隣では、俊太しゅんたが泣きそうな顔で俯いて、真っ白な便箋に目を落としていた。


「どうしたの俊太? 書かないの?」

「……綾音あやねだって知ってるだろ、僕の病気のこと。十年後のことなんか……考えられないよ」


 俊太は私の幼馴染。小さな頃から仲良しだったけど、外で一緒に遊んだ記憶は殆どない。俊太が生まれ持った、心臓の病気のせいだ。

 お医者様からは、「大人になるまで生きていられるか分からない」とまで言われていた。つまり、それくらい悪い。


 そんな俊太に「十年後の自分」への手紙を書け、というのはあまりにも残酷だ。

 でも、明日をも知れぬ命だからと言って、未来に希望を持ってはいけないなんて法律はない。

 むしろ、そんな儚い命だからこそ、明るい未来を思い描く権利があるはずだ。


「……じゃあ、さ。俊太は私あての手紙を書いてよ。私は俊太に書くから」

「ええっ? なんでそうなるのさ」

「それで、十年後に二人で手紙を読むの。約束だからね! ほら、もう時間ないよ」


 急き立てるように、俊太を手紙に向かわせる。

 難病と戦うには、「生きたい」という強い意志も必要だ。いつかどこかのお医者様から、そう聞いたことがある。

 私だって、俊太には死んでほしくない。十年後も仲良くしていたい。


 私はこの約束で、俊太をこの世に縛り付けたかった――。


   ***


 ――十年後。

 予定通りタイムカプセルは掘り返され、綾音と俊太の手紙も取り出された。


 立派な青年に成長した俊太が綾音の手紙を開くと、そこにはこんなことが書かれていた。


『十年後の俊太へ。この手紙を一緒に読んでいることを切に願います。

 あの頃は言えなかったけど、私も、いわゆる不治の病に侵されています。もしかすると、俊太より先に死んでいるかもしれません。

 でも絶対に生き延びて、俊太と仲良く生きていきたいです。お互いに頑張ろう!

 あなたの親友、綾音より』


 零れ落ちる俊太の涙を拭ってくれるものは、誰もいなかった――。


(了)

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果たされなかった約束 澤田慎梧 @sumigoro

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