メイド長と近衛騎士

ナム

フラグを立てるのやめてください。

「セシリアは恋人とかいないの?」


この国の姫の言葉に、王宮に仕えているメイド長、セシリアは作業の手を取めた。


「いません。それがどうかしましたか?」


15歳になってもこの前まで花より団子!だった姫から、恋愛の話を振られるのは珍しい。セシリアが不思議そうに答えると、姫は複雑な表情を浮かべた。


「何故!?セシリアはこんなにも美人で可愛いのに!世の中の男達はどうなってるの?!」


持っていたクッションをぼふりぼふりと振り回す姫に、セシリアはお行儀が悪いですよ!と慌てて止める。


「姫様、私はこの通り姫様に仕えて毎日姫様に会えるこの仕事を誇りに思っております。恋人なんていりません。」


むしろ邪魔です!と言わんばかりのセシリアに、姫は更に複雑な表情になる。


「だって…この前メイド達が言ってたの。王宮仕えのメイドの醍醐味は玉の輿だ!って。イケメンの貴族に嫁ぐのが一番なんでしょ?」


噂や恋愛話が好きなメイド達のかなり偏った意見を姫は耳にしたようだ。確かにこの国の女性は16歳で結婚でき、王宮のメイドは20歳頃には殆どが寿退社していく。(相手は大抵同じ王宮勤めの執事や調理人、城を出入りする商人だったりだが、稀に貴族と結婚する者もいる。)世間一般でも25歳を過ぎれば行き遅れだと言われる。つまり、現在28歳のセシリアは立派な行き遅れだ。


「姫様、幸せは人それぞれです。私の幸せは、姫様と共にいられることです。」


曇り無き眼でセシリアは宣言する。姫にとっては嬉しいが、自分以外も周りを見てほしいとも思う。


「う~ん…あ!そうよ!リグレイスは?」

「ゲニム卿ですか?」


姫が名をあげたリグレイス・ゲニムとは、姫付きの騎士である。セシリアとも面識はあり、度々顔を合わす。


「独身だし、婚約者もいないはず!年齢もセシリアと同じくらいだし、普段頼りない感じするけど、あれでも姫付きの騎士だからお金は持ってるわ!」


「姫様、その言い方はゲニム卿に失礼ですよ。」


セシリアは苦笑いをしながら、リグレイスを思い浮かべてみる。彼はセシリア同様、姫に忠誠を誓う一人だ。噂で聞いたが、戦場では冷酷に敵兵を斬り捨てる「紅き瞳の悪魔」なんて呼ばれている。姫の言う「普段頼りない感じ」とは、姫の事を怖がらせない為か元からなのかはわからない。


「私は平民でゲニム卿とは身分も違いますから、ありえません。」


セシリアは平民生まれで、実家は貧乏ではないものの弟妹達もいて裕福とはいえなかった。彼女が15歳の時、王宮でメイドとして働くようになりそれから数年後、幼い姫様のお世話係を命じられた。仕事に真面目だった彼女は、今ではメイド長となった。


「そんなの関係ないじゃない?平民で貴族に嫁ぐのは良くあることだし。」

「姫様付きの騎士様ともあれば、特にそれ相応の伴侶とでなければいけません。」

「セシリアは真面目すぎるわ。リグレイスはそんな事気にする人じゃないと思う。」

「気にしていただかなければ困ります。姫様付きの騎士様がメイドなんかに手を出すなど、国の品位に関わります。」


そう、1時間前のセシリアは思っていた。



---



「申し訳ありません。仕事中ですので失礼いたします。」


セシリアは丁寧にお辞儀をし、足速にそこから離れようと歩き出す。王宮の廊下を歩いていると、見知らぬ男性に声をかけられる事がある。普通のメイドであれば色めき立つ場面だが、セシリアにとっては一言で表すと迷惑であった。男性はその態度に大抵怯むのだが、今回はしつこかった。


「待ってください!どうしても駄目ですか?僕にとってあなたは運命の人なんです!」


男性はセシリアの前に立ちふさがる。少しいらっとしながらも、セシリアは冷静に定番の断り文句を口にした。


「申し訳ありませんが、ずっとお慕いしている方がおりますので。」

「どなたですか?!」


男性は悔い気味にセシリアに詰め寄る。嘘ではない。だが、正直に「姫様です」と告げても相手は納得しないであろう。男性は誰なのか聞くまで梃子でも動かない様子だ。こうなったら、当たり障りのないかつ迷惑のかからない相手、それから嘘だと思われないような間柄の男性の名前を出してとっとと解放してもらおう。高速にセシリアの脳みそがフル回転し、男性を思い浮かべていく。


「(執事のダニーは奥さんがいる、厨房のシブランは親子以上に年が離れていて怪しまれるかもしれない、他に…)」


セシリアの知っている男性は少なすぎた。嘘が得意ではないセシリアには、架空の人物でその場を凌げば良いという考えも出てこない。ふと、姫様の言葉が蘇る。


[リグレイスは?独身だし、婚約者もいないはず!年齢もセシリアと同じくらいだし]


気は引けたが、他に良い相手も思いつかず、更にリグレイスなら、「姫付きの騎士で接点もあり、平民メイドの勝手な片思い」で信憑性もあるのでは?と好条件である事に気づく。


「…ゲニム卿です。」

「え?」

「…………え?」


セシリアの後ろから男性の声が聞こえ、慌てて振り返ると、そこにはたった今名を拝借した人物が立っていた。


「…ゲニム卿!」


セシリアに猛アタックしていた男は慌てて立ち去ったが、新たな問題が発生している。一縷の望みをかけ、セシリアはリグレイスに質問した。


「…いつからそこに?」

「ずっとお慕いしている方がーからですね。」

「――申し訳ございません!」


セシリアはみるみる青ざめる。こんな茶番に勝手に名前を使われる等、失礼にも程がある。慌てて事情を説明し、何度も頭を下げた。


「落ち着いてください、セシリアさん。なんとなく、そんなところだろうと察しはついていたので。別に名前を使われても困りませんよ。」

「ですが…」

「逆に良い事を思いつきました。」

「良い事…ですか?」

「実は私も少し困った事になっておりまして…」

「お困り事ですか?私でお役に立つなら、先程の件のお詫びも兼ねてご相談に乗りますが」

「本当ですか!助かります!」


がしっとセシリアの両手を掴み、リグレイスはにっこりと笑みを浮かべる。まるで捉えた獲物を逃がさないという圧のある笑みである。


「アズマール侯爵家のクレシャ様をご存じですか?」

「はい、姫様のお茶会に来られていたので何度かお見掛けした事はあります。」

「実は…クレシャ様が私を気に入ってしまわれたそうで、アズマール侯爵に縁談を持ち掛けられていまして…」

「そうなんですか?それはおめでとうございます!」

クレシャ様といえば、美人で控えめなご令嬢で、貴族の間でも噂になるくらい人気がある。姫様が「胸がデカければ良いというものではないわ!」と悔しそうにしていたのを覚えている。スタイルの方もとても良い方だ。


「私は妻を娶る気がないので、困っているんです。」

「…ゲニム卿、まさか恋愛対象は男性ですか…?」

「…何故そうなるんですか?」

「今までに、ゲニム卿について女性関係の噂を聞いたことがないからですね。一部のメイド達の間ではその説を推している子達がいますね。」


リグレイスが呆れた顔でため息をつく。騎士として女性関係には人一倍気を付けていたのだが、まさかそんな誤解が生まれるとは思ってもみなかったようだ。


「その説に関しては否定しておいてください。恋愛対象は女性です。」

「…なら何故結婚されないのですか?」

「私は騎士ですから、いつ死んでもおかしくありません。そんな身で誰かに帰りを待ってもらうのは避けるべきだと思っています。」

「ー…それは他の騎士にも言える事ではないですか。」

「まあ、他にも理由はあるのですが、話していて良い気分の話ではないので。」


聞かないでください。と含みのある笑みを向けられたセシリアは口を噤む。確かにただのメイドがあまり踏み込むべきではないのかもしれない。


「早い話、私には向いていないんです。なので縁談の話を持ち掛けられて困っているのです。そこでセシリアさん、貴女に協力していただきたいのです。」

「協力…とは?」



「私の婚約者になってほしいんです。」




顔は笑顔だが、断る事は許さない。そんな雰囲気を出しているこの男は、本当にあのゲニム卿だろうか…?

常日頃、殆ど姫様の事を考え働き続けていたセシリアは、この日初めてリグレイス・ゲニムという男について考えさせられる事になったのだった。







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