ルーマニア国トランシルヴァニア 4




 人外のふたりは、薄い月明かりのなかで、自分たちがどう見えているかなんて、全く考えてないようだ。

 わたしよ、わたしは下鴨モチよ。

 こんなことに怯えていたら、マロンとは共に歩けない。


 大きく息を吸って、そして、吐いた。

 その息遣いがヴァンパイアの興味を引いたのか、こちらに見た目つきが鋭い。その上、片方の口もとを引きあげニッと笑うなんて、怖すぎる。


「マロン、あんたといると、平凡な日々が刺激的よね」


 マロンが不思議そうにわたしを見たが、何も言わなかった。代わりにヴァンパイアが口を開く。


「女よ。何を言いたいのかわからないぞ。マロン、お前もおかしな奴だな。このような女を連れ歩いて、何が楽しい。そうだ、女。ボランティアが好きだろう。好きそうな顔をしている。これは、褒めておるぞ」


 シュールだ。

 三十三年間生きてきて……、この時間が長いのか短いのか理解不能だが。日本から8702キロメートル離れたホテルの一室で、ヴァンパイアから『ボランティアが好きか』って聞かれほど、シュールな状況はない。


「女じゃない。下鴨モチという名前よ」

「わたしの質問への切り返しとして、それはいい方法じゃないぞ、女」

「下鴨モチ」

「よかろう、下鴨モチ。ボランティアは好きか?」

「ボランティアとは名ばかりの、自己承認に他人を巻き込む類の、そういうものは好きじゃないけど。ところで、日本語が上手ね。それとも、なにかの術を使っているのかしら」

「話を逸らしたな。日本語はアニメが好きだからだ。時間はたっぷりある。その時間を日本アニメでまぎらわしておる」


 目を細め、声だけで奴が笑った。実際には笑っていないし、こちらも楽しくはない。


「ボランティア女、なかなかにこじれているようだ。いや、わたしが言っているボランティアは自己承認のたぐいではない。厳密に言えば、自己承認かもしれんがな。ボランティアで、わたしに血をわけてみないか。わたしから感謝を受けることができるぞ」

「そっちの方が拗れてるでしょ」

「わたしは、そっちではない。名前は、キャレブ=デシャネル・ド・ブレフ1世、通俗的にはドラキュラ伯爵とも呼ばれている」


 黒マントを翻す姿は、まさにドラキュラ伯爵のコスプレみたいで。しかし、彼はパートタイムのヴァンパイアではない。正真正銘の本物。

 そして、わたしの言葉にちょっとだけ気分を害したようだ。

 マロンと同じで何年も生きているのだろうが、なんだか子どもぽい気もする。


 マロンがわたしの近くに寄った。


「キャレブ=デシャネル。冗談がすぎるぞ」

「おお、姫よ。わたしと戦うつもりか」

「ボランティアなら、わたしがしようか」


 はじめて、キャレブ=デシャネルの顔色が変わった。


「い、いや。やめておこう、以前に呪われた血で腹を下した。おまえの血は、いらん」

「遠慮するな」

「やめろ。おまえの血を飲んで、その後に、『姫……、姫…、わたしの思いを…』とか、妙なことを言う奴が現れて、その上、『姫はどこだ! どこに隠した』ってブチギレておった。お帰りいただくのに、だいぶ難儀した。おまえの血は、ぜったいにいらんぞ」


 マロンが、こすっからそうに笑った。わたしの前では絶対しない顔だ。なんだか、妬けた。


「遠慮するな、どうだ、どうだ。キャレブ=デシャネル」

「なあ、姫。バルコニーに出ないか。話したいことがある。今日は曇っていたが、今は雲が切れて月明かりが美しい」


 返事も待たずに、彼はガラス戸から出ると、戸を手で押さえている。マロンが後に続き、わたしも出ようとすると、鼻先で閉じられた。


 わたしは引き下がった。

 古い友人なのだろう。おそらく不死であるふたりにとって、長い歴史があるにちがいない。


 バルコニーで話す内容を聞くつもりはなかった。

 耳にイヤフォンをつけ、スマホで音楽を聴いたが、バルコニーのふたりが気になってしょうがない。

 チラチラとバルコニーを見てしまう。


 穏やかに話していたが、ふいに、ふたりが抱き合った。


「マロン!」


 次の瞬間、彼らの姿は消えていた。


(つづく)

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