最終話 恋に落とす方法
はやく屋敷に帰り、マロンと喜びのダンスしようと思った。どうせ、マロンは、いつもの気怠げな様子で、「やってられない」という顔をするだけだろうけど。
そんなこと知ったこっちゃない。
マロンの屋敷に向かう軽い坂道。もう今ではすっかり慣れ親しんだ坂をスキップしながら登った。
見慣れた街路樹は葉が散り、もうすぐにクリスマスだと教えている。
あ、ウソだ! 信じられない。
もしかして、クリスマスに彼氏がいる?
二十一年間で、彼氏のできたはじめてのクリスマスってこと。
あんまりびっくりして、立ち止まり、その場にしゃがんだ。
マロン、マロン、幸せすぎて歩くことができないよ。マロン、ちょっとだけ迎えに来て。
『マロン、やったわ。もうすぐ帰る』とラインしようとしたら、圏外になっていた。
ああもう、役立たずスマホ。
クリスマスはどうしよう。何を着ようか。
マロンなら教えてくれるだろう。
坂の先。
幸福に疲れていたけれど、最後を駆け足で登った。
今では見慣れた豪華な屋敷……。
塀伝いに大きなトラックが止まっているのが見える。コンテナが開いて、男たちが家具を持って出てきた。
どういうこと?
わたしは驚いて門前まで走った。
「何をしているんですか?」
手近にいた仕事着の男に聞いた。
「何をって、運搬作業ですよ」
「家の人は」
「ああ、もういませんよ。先に出て行きましたから」
「どこへ?」
「さあ」
「さあって、だって、この荷物を運ぶんでしょ」
「いや、これは、うちが買い取ったもので」
「買い取った?」
「そうです。忙しいですから」
わたしは唖然として屋敷を見た。中に入ると、家具に赤札とか黄札がついている。
「マロン!」
叫んでも業者しかいない。
わたしはラインを開いて連絡しようとしたが、トーク画面からアカウントが消えていた。
どうして、マロン!
ユニフォームを着た男たちが、手際よく荷物を運んでいく。
「すみません、道を開けてください」
「あ、あの、あの、このベッドも運ぶんですか」
マロンの部屋にあった大型のふかふかベッドが男たちによって、運びだされていく。
あの馴染んだ二台のパソコンも、ベランダにあった白いテーブルも椅子も、食事をしたテーブルも……。
この豪華な屋敷は、砂上の城だったのだろうか。
砂が崩れるように運ばれていく家具は、マロンがわたしから去ったという意味を痛いほど突きつけてくる。
マロンにとって、この日々は簡単に崩れていいものだったのだ。地団駄を踏みたいような喪失感を覚えるのは、わたしだけなのか。
マロン、恋神マロン……。
「おーい。こっちはあらかた片付いた。そっちは?」
「終わりだ」
「じゃ、閉めるか」
誰かが近づいてきた。
「すみません、お嬢さん。あなた、もしかして下鴨モチさんですか?」
「そうですが」
「こちらのUSBメモリを渡すように言われていたんです」
「なんですか? これは」
「さあ、うちは業者なんで。ただ、パスワードはいつものだそうです」
なにかのデータなのだろう。マロンはわたしに何も言わずに引っ越したのだ。このUSBメモリだけ残して。
「屋敷の鍵を閉めるんで、出てもらえませんか?」
底なし沼に落ちたような、酷い気分だった。
マロン!
どうしてそう、いつも自己中なの。あんたなんか、大っ嫌いだったのよ。マロン、もっと嫌うから、早く出てらっしゃい。
マロン、マロン……。
恋神マロン……。
どこへ消えたの。
(第三章完結:第三部第一章につづく)
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