第三部 現代と平安編「怨霊との戦い」
第一章 現代編「法光と光宏」
あれから、12年後 1
ジジジジジ……ジジッ–––––
カリフォルニア州バークレー上空。
小窓から、道路と建物が整然と配置された都市が見えた。こうした幾何学的な区画割は芸術的でもあり、
平安時代の「条坊制」が基礎になった京の街づくりは、外敵からの防御を意味するなんてことを学んだ学生時代。
飛行機から見る整然とした街並みには感動したものだ。
でも、そう感じたのは若い頃の話で。
フン、わたしは誰がなんと言おうと素敵な大人になった。
女にとって、もう若くはないと自覚する年齢はいつからなのか。
たぶん、自分がまだ若いと鏡に相談する頃からだろう。もう、若くはないけど、でも、そんな自分が嫌いじゃない。マロンに教わった、『男に求めるんじゃなく、求められる生き方』を考えて人との付き合いが少し楽になった。いや、別の意味で大変になったのかもしれないけど。
今では公共の空間デザイナーとして、この業界で食べていける程度には売れている。一部の女性が嫌悪すべき自由な生活を楽しみ、男にモテようなんて思わなくなった。皮肉なことに、そうなってから逆に寄って来られることも多い。
どう、マロン。
あんたほどじゃないけど、わたしはモテ女にキャラ変したみたい。きっと、マロンは鼻で笑うだろうけど。
離婚した元夫、
『まったく、その自信はどこから来てるんだか』
『それはね、時間をさいて、親友がわたしに魔術をかけたからよ』
佐々波は大学院を卒業後、大手ゼネコン会社に就職して、わたしは有名設計事務所に就職した。
結婚後も仕事が忙しく会えない時間が多かった。一緒にいないことが普通になる頃には一緒にゲームすることもなくなった。
わたしたちの離婚は子どもがいない気軽さと、すれ違い夫婦という、あまりにありきたりな理由なのだが、それでも別れの時、彼が少し寂しそうに見えたことに、ほっとする。
『おまえの思い込みの激しさには驚くよ。そこは次の男に譲る』
『いや、男より専業主婦がほしい』
『ああ、僕たちに足りなかったもんな』
離婚届を役所に提出するとき、『専業主婦、専業主婦、専業主婦……、が欲しい』と連呼したら、受付事務の女性が目を丸くしていた。
ああ、だめだ。こういうことをしているから、光宏が離れたんだ。
彼は常にわたしに違和感を抱いていると言った。その理由はわかりすぎる。わたしがマロンじゃないからだ。
彼が恋した女はマロンが創造した女だ。
マロンは消えたとき、USBメモリを残した。そこには、なぜ消えたのかという理由などなく。ただ、佐々波とのデートでするスタイルとか、言ってはいけないNGワードとか、言うべき言葉とかが書いてあった。
結婚後、素の自分に戻ったわたし。それが悲劇というなら、悲劇なんだろう。
『そうね。わたしが変わったのかもしれない』
『いや、僕が悪い。きっと僕が悪いと思う』
彼は別れるときも乾いた笑顔を浮かべ、それから礼儀のように、悲しげな表情までつくった。お互いに怒鳴りあうわけでもなく、友人のように手を振って、住んでいたマンションを引き払った。
結婚して、ちょうど七年目のことだった
マリリン・モンローが出演した古い映画『七年目の浮気』と同じだ。
恋神マロンが好きな映画だった。マロンは映画通で、古い映画にも精通しており、ときどき奇妙な感想を述べた。
『マリリン・モンローって、知的なところもあったのよ。でもね、周囲がそれを許さないから、セクシーで愚かな女を演じて心を病んだ。彼女の肌って、骨がないみたいに柔らかくて、真っ白な雪のようで、とてもかわいい女性だったわ』と、まるで肌に触れたことがあるかのように言った。
『マリリン・モンローって誰よ?』
『知らないの? 映画を見なさい』
恋神マロン……。
彼女が去ってから十二年が過ぎた。今となっては本当にそんな女がいたことさえ、現実とは思えない。
あの日、何も言わずにいなくなったマロン。
わたしは途方にくれ、それから、あてもなく探しまわったが発見することはできなかった。
オンラインゲーム『ニーズヘッドサーガ:歴史転生』内に入り、いつものギルドにも行ってみた。『ミツバチK』だけが、わたしと同じように途方にくれていた。
──遅かったな。他の仲間も来ないんだ。
──『シショウMK』を探しているの。どこにもいなくて、見かけなかった?
──オレもだよ。彼女と、まったく連絡が取れないんだ。
──連絡を取り合っていたの。
──マロンとはな。
──本名を知っていたのね。
──ああ、知っている。俺たち、つきあってたんだよ。
驚いた。いつの間に彼と。まったく、こういうところは見境がない。まるで修行僧の熱心さで男たちを手玉に取る。
──知らなかったわ。
──マロンが秘密にというから、そうしていたがな。ゲームで仲間になる前に、声をかけられた。
──じゃあ、最初に声をかけてきたとき、もう知っていたの。
──いや、あの時は知らなかった。ただ、すぐ後で、いっしょに組みたい仲間がいるから参加してほしいと言われた。今は、まったく連絡が取れなくてさ。本気で探しているんだ。
──わたしもよ。家も引っ越して、もう誰も住んでいない。
彼女は大学も退学して、痕跡も残さず、ネットからも実生活からも消えてしまった。
(つづく)
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