恋に落とす方法 3



 大学からまっすぐ屋敷に戻り、部屋の前でぐずぐずしていると、声が聞こえた。


「今日はゲームをしないの?」

「す、するわ」

「そうよね。すっかり仲間だものね」


 マロンは怒ってない。わたしは嬉しくなって部屋に足を踏み入れると、いきなり枕が飛んできた。ぬいぐるみや、クッションがその後を追ってくる。


「マ、マロン」

「ありえない。ありえないわよ」

「怒っているの?」

「呆れてるの。本当に、想像以上だわ。いったいいくつよ、小学生か」

「でも、すぐ後ろに彼がいて」


 マロンは息を切らして、「単純な方法だったのよ」と言った。


「これは、本当に単純な作戦だったのよ。ゼミでお互いの存在を知って、その上で、ゲーム仲間と知らせるだけ。相手は驚いて好感を持つに決まっている。そのために、何日もゲームをして信頼関係を築いたんだから」

「たぶん、きっと、今日のことは覚えてないわ。ふ、普通のことよ」

「入口をふさいでいた見知らぬ女が、いきなり後ろ向きのまま血相かえて走り抜けて消えた。それのどこが普通のことよ。ユーチューブの動画サイトに投稿できるレベルよ」


 そう言って、拳を握ったマロンが殴りかかってくると思った瞬間、フロアにしゃがみ込み、いきなり吹き出した。


「よ、世の中を……、いろいろ見て、おもしろいことなんて…世界にはないと、ないと……、モチ、モチ、あんたって。想定外すぎて」


 ひとしきり涙を流しながら笑っているなんて、マロンって、やっぱ失礼じゃない?


「そこまで、笑わなくても。わたしだって、全力で」

「そう、全力で……、笑いすぎて苦しい。全力で逃げたのよね」


 マロンが立ち上がった。


「さあ、リカバーに行くわよ」

「ど、どうやって」

「もうすぐ、午後七時よ。今日はゲームできるって言っていたわよね。作戦変更よ。ギルドで待とう」

「う、うん」


 わたしたちはゲームサイトに入ると、『コーキ−X』はすでにいて、いつものテーブルで待っている。


「場所を変わって」と、モチが言った。「わたしがモッチンになって行くわ」

「え?」


 マロンは、わたしのパソコン前にすわった。


「適当にわたしのを操っていて」

「う、うん」


 今日のコーキは、いつもの武将スタイルではなかった。マロンがわたしになって話しかけた。


 ──早いね。

 ──いや、そっちも早いじゃないか。さ、今日はどうする。

 ──わたし、今日はチームを組めないんだ、ごめん。昨日は大丈夫だって言ったけどさ。

 ──用があるんか。そりゃ、残念だな。今日は別ギルドを攻略しようかと、昨日、ミツバチKと話していたんだよ。奴のレベルが上がったから、俺たちと組めるのも、あと一回ぐらいだろう。ミツバチKは、すぐにレベル70になって最終ギルドの権利を持つだろうから。

 ──あの、リアルに用はないんだけど。

 ──どうした。いったい。

 ──あのさ、オレ、ずっと男のふりしてたけどさ。ごめんな、実は女なんだ。

 ──ああ、やっぱりな。

 ──え? どうして、わかってたの?

 ──話し方が、ときどき男にしては奇妙だし、戦い方がな。もしかしてって思っていたよ。


 わたしは驚いてマロンを見たが、彼女の顔は平静だった。まったく驚いてもいない。それなのに、いかにも驚いたという態度で、チャットしている。


 ──そうか、バレちゃったか。怒ってない?

 ──笑笑。ネットなんて、そんなもんだろう。ところで、何があったんだ。

 ──うん、今日ね。わたし、大学で前から行きたかったゼミに参加することにしたんだ。

 ──お前も大学生だったんか、僕もだよ。

 ──わああ、ほんと? じゃあ、相談にのってくれる?

 ──いいよ。仲間だしな。僕にわかることならだけどな。


 マロンの顔は驚くほど冷静だった。なにも感じてないかのように、キーボードを叩いている。いっそ怖いくらいだ。


 ──わたしね、実は、そのゼミに好きな人がいるの。

 ──それは困った。恋愛相談かあ。そういうの、あんまりわからないんだよ。

 ──うん、ごめん。


 しばらく、時間が過ぎた。マロンの手はキーボードの上で静止している。なにも動かない。


 ──おい、大丈夫か。


 それでも答えない。

 ゲームから去ったわけではないのは、『モッチン−X』がギルド内の椅子にすわっているから、向こうはわかるだろう。

 コーキ−Xが立ちあがって、モッチン−Xの背後に来た。


 ──何があったかわからないが、ここは現実世界じゃない。お互い、リアルな顔も知らないんだから、気にせず、話しな。

 ──あの、あのね。今日、恥ずかしくて、とっても言えないような事をしてしまったの。


 マロンの言葉にコーキ−Xは答えず、ただ背後で待っている。

 ゲーム上では参加する人たちが増え、ざわざわしてた雰囲気だが、わたしたちのチャットはグループ限定なので、会話内容が、その他の人に見えるわけではない。


 ──どうしたんだい。話しにくいなら、やめてもいいぞ。俺たちは仲間だ。

 ──恥ずかしいんだけど、ゼミにはじめて行ってね。中に入れなかった。

 ──へえ、なぜだ。相手の男がいたのかい。

 ──いなかった。

 ──まさか、それで落ち込んでるんかい。ゲームの戦闘時とちがって、意外にナイーブなんだね。

 ──後で、彼が来たんだけど。後ろにいて、あんまりびっくりして逃げちゃったんだ。きっと、バカな女だと思われたよね。


 しばらく、彼は何も答えなかった。


 ──ごめん。いや、まさか、それだけで落ち込んでるのか?

 ──うん。

 ──なんか、かわいいな。ゲームじゃ、大胆なのに。実はさ、僕も今日は不思議なことがあった。

 ──なに?

 ──ゼミに行ったとき、知らない女性が入口を塞いでたんだ。だから声をかけたら。いきなり、ダッシュして後ろ向きに走って、消えたんだよ。

 ──ど、どんな人、だった?

 ──えっとな。あんまり見てないから。瞬間だったしで。背が高くてスタイルがよかった。

 ──そういう時って、男の人って、どう思うの?

 ──ああ、なんだよ、いったい。いつものモッチンじゃなくて、調子が狂うぞ。いや、そうか、女性って半信半疑だったから。こっちこそ、悪いこと言ってなかったか?


 彼は、ゲーム内で椅子に戻ると腰を下ろした。


『#椅子にすわる』という、コマンドを押したのだろう。その後は、コンピュータがかってにすることだが、コーキは足を組んだ。それが、かっこいい。


 一方、マロンが演じるモッチンは画面上で立ち上がった。

 マロンがキーボードを叩く。


 ──その女性って、どんな服を着てたの?


(つづく)

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