オンラインゲームで男を落とせ 5



 午後七時を過ぎ。

 わたしたちは『コーキ−X』を探して、レベル30以上が入れるギルドを訪ね歩いた。


 きっと発見できないと思った。

 思いおこせば、わたしの人生って挫折の連続だから。


 という負け犬根性いっぱいのとき──


『戦国ギルド』で彼を発見したんだ。

 驚きのあまり、しゃっくりがはじまった。この場にいて不思議はないけど、実際にいるなんて思ってもいなかったから、そのしゃっくりは、しばらく続くことになった。


 マロンが隣の席から、わたしのヘッドフォンを叩いている。


「どうしたの?」

「か、彼がいる。ヒック」

「当然でしょ。ここでゲームしていると調べたんだから」

「で、でも、本当にいるわ……、ヒック」

「あのね。まず、その、負け犬根性としゃっくりを止めたほうがいい」

「じゃ、勝ち犬根性で話して、み、みようかなぁ、ヒグッ」


『コーキ−X』は戦国武将に扮して、テーブルについている。彼の選んだキャラクターはゲームの主要人物であり、基本は剣を武器とする戦士タイプだ。


「待って、あんたは黙っていて。わたしが誘うわ」

「よかった」

「先にファッションを変えるわよ」


 わたしたちは、いったんギルドを出て、ショップに向かい衣装を買いかえた。マロンは魔道士の黒装束から姫姿を選び、鎧をつけた。わたしは戦国武将の衣装をつけた獣人スタイルになる。


 着替えてから、再び『戦国ギルド』のドアを開けた。


 彼はまだそこにいた。

 いるのは当然なんだけど、つい目をこすった。もしかすると、長い長い恋愛負け犬人生の、これがターニングポイントになるかもと思った。いや、きっと、そうなんだ。


 マロン、頼む!


 ──こんにちは。


『コーキ−X』が振り返った。


 ──こんちわ。

 ──私は『ししょうMK』、黒魔道士です。あなたは戦士ですよね。強そう。

 ──いや、まだまだだよ。レベル40になったばかりだ。

 ──わたしたちは30になったばかりで。だから、教えてほしくて、声をかけたんですが。

 ──オレも、そんな詳しいわけじゃないが。知ってることなら、いいよ。


 うっわ、初会話。この画面の向こう側で、あの佐々波光宏ささなみみつひろがチャットしているのだ。


 あの人がいるのは、どんな部屋?

 パソコンを使っているの?

 それともゲーム機器?


 彼の声は低音で、何回か聞いたことがある。あの声がチャット文字になっている。


 心臓の音が聞こえそうなほどドキドキした。ドキドキしすぎて、しゃっくりが止まったことに気づかなかった。


 ──わたしたち、防御に徹していて、いっしょに戦ってくれる戦士をさがしてるのだけど。ガードだけで、このレベルにきたから。

 ──君は黒魔術師だね。そっちは、獣人の守護者か。なるほど、オレと組むのにいいチームかもな。


 オレと、オレと、オレと……。

 頭のなかで同じ文字がぐるぐる回転している。


 わたしも話したい。勇気を出して、チャットに加わってみたい。文字で会話するだけだから、こちらの動揺なんて伝わらないから。


 ──オレたちと、いっしょに戦闘しないか♡


 やったぁー。会話した。話せた。チャットした。

 あっ、♡の絵文字、もっとつけていい?


「モチィ〜! 最後に絵文字をつけるな!」


 マロンがリアルで怒っている。もう、なんでもいいから。ウッキウキで♡をもっと飛ばしたい。


「モチ! いかつい獣人が♡を飛ばしたら、相手は気持ち悪くて逃げるぞ」

「うそ……」

「いいから、キーボードに触れるな。1ミリも近づくな」


 ひ、ひどい、マロン。


 ──いいよ。どうせ、オレも新しい仲間を探していたから。

 ──わたしは、『シショウMK』、よろしく。

 ──変わったハンドルネームだ。

 ──四聖って、漢字で書くのよ。MKは、マジ怖いの略。


 この嘘つきマロン。なにが四聖よ。なにが、マジ怖いよ。師匠でしょうが。師匠マロン恋神でしょうが。

 リアル師匠をにらむと、うれしそうに片頬を引き上げて笑っている。


 ──そっちは?


 わ、わたしだ。わたしに声をかけている。


 ──彼は『モッチン−X』。ガードが得意よ。

 ──モッチン−Xか。名前の最後にXつけてるなんて、最初に思ったが、偶然の一致か、おもしろいな。よろしく。

 ──こっちこそ、よろしく。


 また話せた。彼と二回も話せた!

 ♡マークをつけたいけど、マロンがにらんでいるから、やめた。

 初会話記念日。二回目会話記念日。今日は何日だっけ? 時間もメモしなきゃ。


 ──あと、ひとり必要だけどな。戦士、魔術師、守備か。もうひとり戦闘能力の長けたタイプがいれば。

 ──オレを入れてくれないか。


『シショウMK』の隣に、いつの間にか『ミツバチK』が立っていた。昨日、声をかけてきた戦闘タイプの獣人だ。


 ──オレは戦闘系の獣人に特化してる。レベルは51。このチームじゃ、一番高いようだ。どうだ、ちょうど良い組み合わせだと思わないか。

 ──そうだな。試してみようか。

 

 こうして、佐々波光宏ささなみみつひろと、対戦ゲームの仲間になったのだ。


 ちょ、ちょっと叫んでいい?


 うおぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!


 ヘッドフォンを投げ捨て、両手を天に向けて雄叫びしていると、マロンがティッシュペーパーを丸めて口に突っ込んできた。

 ほんと、容赦のない女だ。


 ──戦国時代なら、桶狭間の戦いだ。これまでに戦ったことはあるか?

 ──わたしたちはないわ。

 ──オレは数回あるよ。おまえは? コーキ。

 ──それほどないが、桶狭間の地形がわりと難しいんだ。陣地の位置が隠れているから、そこを考えないといけないとは思っているよ。


 ふふふ、わたしが初心者だって侮っているな。隣にいるマロンのヘッドフォンを叩いて、ニッと笑った。


「こら、モチ。いいから、聞いとくだけ。ここは男たちに手柄を譲る場面」

「口出したい」

「黙れ!」

「はい」


『桶狭間の戦い』は陣取りゲームになっている。


 この戦いでは、青色を旗印にした今川側と、黄色を旗印にした織田側にわかれる。どちらで戦うかはコンピュータが決める。たとえば織田側になりたくても、それはできない仕様ではある。


 ゲーム自体は単純。

 相手陣地に攻め込み、制限時間内に八つある陣地の旗を味方色に多く染めたチームが勝つ。

 試合時間は五分。

 陣地は全部で八か所。


 大方の作戦としては、四か所の自陣を守りながら、敵の一か所を取るのが常套手段だと、コーキが説明した。倒れた後、よみがえる時間には十秒を要するから、ゲーム後半で味方が倒れると非常に不利だと、ミツバチが付け加える。

 一回でも敵全員を殺せば非常に有利で、ほぼ勝てる。


 ──作戦案は?

 ──相手を全員殺す自信はない。


 そう言ったのは、コーキだった。


 ──オレは、なくはないが。相手チームによるな。

 ──無謀な作戦はやめよう。地道に四か所の陣地を死守して、最後の三十秒に勝負をかける。

 ──わかった。最後の三十秒になったら、あんたたち防御のふたりは陣地を守ってくれ。オレたちは戦いに行く。


 こうして、桶狭間の戦いは幕を切った。


(つづく)

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