最終話 オンラインゲームで男を落とせ




 歴史上『桶狭間の戦い』は、今川義元いまがわよしもと駿府すんぷ城から京都に向かって攻めのぼり、織田勢は清洲城から出立して、これを迎え討つ。

 ほぼ無名だった織田信長を世に知らしめた戦いだ。


 有名な古参と、ぽっと出の新人の戦闘で、最終的に桶狭間おけはざまの地で激突する。


 この戦いを模したイベントゲームだ。桶狭間にある丸根砦と鷲巣砦を中心に、周囲に六っつの砦(陣地)が散らばっている。

 本陣はそれぞれ山の上。合計八ヶ所の陣地がある計算だ。


 地形を中心でぶった斬る形で川が流れ、川の東側と西側に陣地が配置されている。戦いのために渡れる橋は七か所になる。


 最初の出発地点は、左右にある山の頂上、そこが本陣となる。


 つまり最初の陣地は山にあり、その旗は味方の旗色だ。だから、あと最低、四か所の陣地を自分達の旗に変えて、五分間、それを死守すれば勝てる。


 最初に発言したのは、もっともレベルが高い『ミツバチK』。


 ──問題は三か所の自陣の旗色を変えてからだな。次の陣地を奪取することだが、作戦としては、どうする。守りに徹するか、攻めに徹するか。攻守でいくか。


 ──守りに特化している、ふたりを活用すれば、オレたちふたりが攻め、ふたりが陣地を死守するというのが常套手段なんだが。


 コーキとミツバチKが、ベテランらしく戦略を練っているところで、マロンが間に入った。


 ──織田信長って男はね、奇抜な才能に恵まれていたわ。普通に考える作戦を使わない。それでいて、なかなか女に優しい、いい男だったわよ。彼が考えるような策はどう?


 まるで、本当に信長に会ったことがあるように、マロンはチャットした。


 ──歴史に詳しいんだな

 ──まあね。

 ──その奇抜な作戦って?

 ──だって普通なら、本陣以外の三か所を取って、それから、敵陣地のどれか一つを取るって作戦でしょ。

 ──そうだ。

 ──意表をつくのよ。ラスト三十秒にかける作戦。それまでは、ひたすら陣地の守りに徹して、味方陣地を守っているふりをする。そして、ラスト三十秒。ひとりを相手側に潜ませる。たいてい、このゲームは奥の山側、つまり本陣の守りが手薄になるようね。距離的に一番遠いし、それよりも川に面した陣地を落とし合うのが合理的だと誰でも思うでしょ。だから、そこを狙うの。

 ──ああ、そうだ。しかし、潜ませるとすると、ひとり減るから、こっちも賭けだ。誰がいく。


「モチ、出番よ」と、隣の席から、マロンが声をかけてきた。

「わたし?」

「そう、ここで活躍しなきゃ。そもそも、このゲームをした本来の意味を忘れてないわよね。ゲームに勝つより、彼を落とすんでしょ。あんたが潜むのよ」


 わたしもチャットに加わった。


 ──オレが行く。

 ──獣人が? だが、その体じゃ、目立つ。黒魔道士のほうがいいんじゃないか。

 ──彼女、ほんと攻撃されると弱いんだ。オレがエルフの女にキャラ変するよ。


 わたしは、キャラを変更して、小さな羽のあるエルフになった。


 ──これなら、どうだ。

 ──おお、かわいいエルフになったな。これまで、防御レベルをアップしてきたのに、大丈夫か。そもそも、エルフは初期キャラ設定で防御力が弱い。

 ──今までの能力を受け継ぐから、エルフとしては防御力がある。それにスピードは最高だから、隠れて、すばやく旗色をかえた瞬間、エンディングにいけそうだ。

 ──わかった。ラスト三十秒に勝負にかけよう。敵陣地まで、三十秒で到達できるか?

 ──必ず、届いてみせる。

 ──よし、エルフはラスト三十秒で敵陣地まで隠れて移動。そして、ラスト三秒で旗に触れ、色を変える。

 ──じゃ、行くか!

 ──行こう。


 わたしたちは、『桶狭間の戦い』ステージに入った。

 相手チームが決まるまで、二十秒ほど待っていると、対戦チームが決まったようだ。


 ナレーターがおどけた声であおってくる。


「『桶狭間の戦い』。いよいよ参戦! 勝負はどっちだ。いざ、出陣!」


 ゲームがスタートした。太鼓の乱れ打ちが聞こえ、戦いの音楽が流れる。否が応でも心が浮き立ってくる。

 

 第一ゲーム、わたしたちはコンピュータによって織田軍になった。

 仲間たちと初陣だ。


 スタートすると同時に本陣に黄色い旗を立てる。橋を渡った敵チームが三人、攻撃してきた。


 応戦しながら、懸命に四つの旗を守る。


 わたしは、いつものように、マロンをガードしながら戦ったが、エルフは足が速い代わりに、防御力が弱い。自分を守るのが精一杯だった。


 戦いは一進一退。

 川を挟んで、陣地を取ったり取られたりを繰り返した。四分間半を、なんとか耐えた。


 問題のラスト三十秒。その時、ミツバチKがうまく隙をついて、相手陣地の旗を黄色に変え、相手ひとりを殺した。有利な展開に、わたしはこっそり戦列をはずれる。


 相手チームに見つからないように、そっと、敵本陣に忍び寄る。

 誰もいない。しかし、早すぎては相手側が気づき、戦士が応戦に来たら、エルフじゃ敵わない。


 ひや汗が腋のしたを流れていく。


 パソコンの時間を見る。

 ラスト十秒が長い。恐ろしいほど長い。


 五秒、四秒、三秒!


「今よ!」


 隣りからマロンが叫んだ。


 わたしは隠れていた崖っぷちから飛び出して。誰もいない陣地の旗をタッチして、黄色に変えた。


 二秒、一秒!


 エンディング!


 どう、勝ったの? 味方は残りの旗を守り切った?


 画面が暗転して、結果発表!


「五対三。織田チーム勝利!」


 やったぁ! ヘッドフォンを外して、マロンと一緒にガッツポーズをした。

 勝ったのだ。


 チャットに戻ると、残りのふたりも興奮していた。


 ──いい作戦だったな。

 ──ミツバチKがひとり倒してくれた隙に、こっそり行くことができた。

 ──おお、お互いにがんばった。次に行くか。

 ──行こう!

 ──作戦は? 対戦チームが変わるだろうから、バレるまでは、この作戦で奇襲しよう。


 ふたたび、わたしたちは桶狭間の戦場に立っていた。


(第二章完結:第三章につづく)

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