オンラインゲームで男を落とせ 3



 ゲームレベルが30を超えると、新ステージが開放される。わたしたちは、すったもんだの末、ついにレベル30を超えた。

『中級ギルド』に所属することができるのだ。


 その先で待っているのは、佐々波光宏。


 ここに来るまでの苦労は、本来なら必要なかったかもしれない。初心者マロンはビギナー言葉を連発し、わたしの祖母みたいだった。


「そこ、銃で撃って!」と、指示しても、「え、どこよ。どれで、な、なにを、どこを、あれ、わたし、死んでる?」と、初期段階のコンピュータ対戦で、すぐにアウトになりゲーム画面から退場した。


「マロン〜〜!!」

「大丈夫、やれるわ、きっと、やれる」

「いや、無理。なんか手を考えよう」


 仕方なく獣人『モッチン−X』を防御型に育てあげ、マロンを守ることに徹した。


 マロンが操作する『シショウMK』の守りに徹することで、生き延びさせる。広い戦場を、ずっと『シショウMK』をおんぶして戦ったようなものだ。


 ひたすら守って守って守り抜いた。そんな調子だから、なかなか勝てない。


「マロン、この回、必ず勝って、レベルを上げるわよ」

「わかってるわ。わかっているから、気を散らさないで」

「そこ撃つ!」

「あ、撃った。て、てき、敵が消えた」

「マロン」

「モチ、な、なに」

「見てよ、みて、モニターに、数字が」

「え?」

「レベルよ。レベルが上がった」


 ふたり同時にレベル30に達していた。思わずパソコン前で飛びあがり、ヘッドフォンをはずして、マロンと強く抱きあっていた。


「マロン! わたしたち、やったわよ」

「やったわ。やりきったわ! あんたのお陰よ。長かった」




 殺風景だったモノクロの部屋は、いつの間にか菓子や飲み物にあふれ、最終的には寝袋まで調達して、居心地のいい部屋になった。隣室に、ふかふかの大型ベッドがあるにもかかわらず、日夜、寝袋で仮眠をとりながらゲームしたのだ。


 なんだろう、この臨戦態勢感。


 どこかで、なにか大切なことを間違えている気がする。

 冷静に考えればゲームにすぎないし。佐々波とつき合う、そして、モテたいという本来の目的さえも忘れていそうで。


 でも、そんなことはどうでも良かった。


 ふたりで助け合いながら戦う。

 そこには、もっとも深く、もっとも強烈な快感と満足があったと思う。この喜びを知らないとしたら、人生の幸せや喜びを半分は損している。


「わたしが足を引っ張らなければ……。二日で可能だったでしょ」

「なに言ってるのよ、マロン」


 いつの間にか、師匠ではなくマロンと呼び捨てにしていた。


「ともかく、レベル30。いよいよ、ターゲットに会えるわよ」

「そ、そうだったわ」

「あんた、初心を忘れないでよ。これだから、恋愛初心者は」

「ハンッ! 何言ってんのよ、ゲーム初心者が」


 しばらく、「恋愛初心者」「ゲーム初心者」と、子どもみたいな言い合いをして吹き出し……、ふっと冷静になった。

 わたしはちょっと照れた。マロンも横を向いて唇をすぼめている。

 それから、少し醒めた気分でパソコンに戻った。


「これからが、本番の戦いになるわね。佐々波を見つけることが、まず大事よ」

「それ、なにげに大変かも。なにせこのゾーンはプレイしている人がもっとも多いから」


『ニーズヘッドサーガ:歴史転生』のボリュームゾーンが、この30〜60の経験値が集う中級レベルだ。もっとも多くの人が同時にプレイしている。とくに夜の時間帯は多い。


「ターゲットは、すでにレベル40を超えてるようよ」

「マロン……。彼、わたしたちと組んでくれるかな?」

「そこは、ぜったいに組まなきゃ。その前にこのギルド内から、彼を探しだすわよ」

「中級レベルだから、行ける街がふえてる。これは厄介かも」

「行ける街が多いなんて、ゲーム開発者は無能なの。いったい何を考えてるのよ。バカじゃないの」

「いえ、普通は行ける場所がふえるって喜ぶとこだから。それから、対戦相手も強くなるから」

「どうも、わたしにケンカを売りたいようね。このゲーム会社を買収して、痛い目にあわせようか」


 どんだけ金持ちなんですかって言葉を呑んだ。


 レベル6まで階層を昇ると、所属できるギルドが多くなる。


『中世ギルド』『南北戦争ギルド』『薔薇戦争ギルド』から、『三国志ギルド』もあり、日本なら『戦国時代ギルド』『平安ギルド』などが増え、歴史に沿った六つのギルドに、さらに所属できるようになる。


 30に到達したばかりなら、比較的、初心者がプレイする『中世ギルド』が良いが、そこに彼がいるとは限らない。


 わたしたちは『初心者用:中世ギルド』ではなく、『中級者用:中世ギルド』になった扉を開いた。


 室内が広く、城館を模したようなインテリアだ。


 周囲をキョロキョロ見渡していると。チャットが入った。


 ──なあ、あんたら、ここははじめてかい?


 わたしと同じ獣人の男だった。頭部の名前は『ミツバチK』。わたしの設定は男性なので、男言葉で話すように気をつけた。


 ──オレのことか? そう、はじめてだ。ちょっと様子を見てるところ。もうひとり、パートナーの『シショウMK』だ。

 ──どうだ、あんたら僕とパーティを組んで冒険に行かないか?

 ──悪いな。すべてのギルドの様子を見てからって思っているんだが。そうだ。あのな、ちょっと聞きたいんだが……。


 そう言ったとき、リアルで頭部を叩かれた。となりのパソコンにすわるマロンがにらんでいる。


「イタッ!」

「こら」

「なに? マロン」

「早々に『コーキ−X』を知らないかって聞こうとしたでしょう」

「なんで、わかったん」

「あんたはアホか。いつも、脳と口が直結だから、うまく行かないのよ。『コーキ−X』を探してるなんて、ギルド界隈で噂になったら変でしょ。恋は運命の出会いよ。意図的に操作しているように見えてはダメ。自然の上にも自然よ。心しなさい」

「でも、そもそも意図的じゃないですか」

「いまさら理由を教える気にもならないわね。わたしの言葉は!」

はつくりあげるもの」


 マロンはため息をもらした。


「それが恋愛の極意よ」

「でも。女は見抜いてるから。師匠のあざとさ」

「バカね、男は見たくないものは見ないのよ。だから相手の見たいものを見せるの」

「な、なるほど、勉強になります」

「なってないわね」


 わたしはゲーム画面に戻った。


 ──あのさ、見てる? それでどうなんだよ。

 ──俺たちは他のギルドも見学に行くから。またな。

 ──そうか。どっかのギルドにいるから、パーティ組むときは声をかけてくれ。

 ──了解だ!


 首筋に息がかかり、はっとして振り返った。マロンの顔が左肩にあった。


(つづく)

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