オンラインゲームで男を落とせ 2




『ニーズヘッドサーガ:歴史転生』。

 ゲームは第一階層から第十階層まであり、さまざまな世界が存在している。


 初心者は、第一階層にある中世風の街ニーズヘッドからゲームをはじめる。


「スタートボタンを押すけど、いいですか? 師匠」

「さっさと押して」

「じゃあ、同時に行きますよ。1、2、はい!」


 スタートと同時にオープニング映像がはじまり、勇壮な音楽が流れた。遠くニーズヘッド城を望む城下街の美しい映像。


 ピィー、ピィーーーーー。


 鋭い声をあげ鷹が世界を睥睨へいげいして飛んでいく。


「王さまのお通り、王さまのお通り」


 先導のかけ声が聞こえると、華やかな王家のパレードが通り過ぎた。


 と、一陣の風が吹き抜ける。


 いつのまにか、わたしは鷹に乗って、この世界全体を空から眺めている。すぐに画面は街なかへと切り変わった。


 石畳を走る馬車や、音楽を演奏する楽師たち。通りを行き交うさまざまな人種、人間族や、エルフや獣人。


 華やかな映像に気分が高まる。

 いよいよ本番だ。

 わくわくしながら、画面にあらわれたエンターボタンをクリックする。


 すると、自分の足で色とりどりの美しい花が飾られたニーズヘッドの街に立っていた。


『さあ、モッチン−X。あらたな出会いを求めて、冒険に向かおう!』


 陽気なピエロの声が聞こえ、わたしのキャラクターが指示を待っている。


「この美しい映像には圧倒されて……。ほんと、綺麗ですよね、師匠」

「ええ」

「ほら、あそこ、街路樹の先にあるショップ、武器屋ですよね。まず、行きましょうか。でも、アクセサリーとか、服も見たいし」

「ええ」

「うっわ、花びらが散る舗道って、もう最高! あ、空を見てください。青空に三つの白い月が浮かんでるのって、幻想的で感動しかない」

「ええ」

「……あれ、師匠、ハンドルネームは、『シショウMK』ですよね。どこにいます? はぐれました?」


 花に飾られた通りを行き交う人びとは、戦士から魔法使い、獣人やエルフまでさまざまだ。


 すれ違うとき、彼らの頭上に名前が自動的にあらわれる。もしかしたら、あの人がこの場にいて、すれ違うかもしれないと思うと、普段以上にワクワクする。心臓が高鳴り体も熱をおびる。


 でも、師匠はどこ?


「師匠。どこにいるんですか?」


 周囲にマロンがあやつる黒魔道士がいない。わたしはヘッドフォンを外して、隣を見た。マロンが額に皺をよせて怖い顔をしている。


 いつも醒めた表情のマロンが、珍しく真剣だった。


 何をそんなに引きつっているんだろうか。ゲームにバグでもあって、動けないのだろうか?


 体を斜めに伸ばして、マロンのパソコンをのぞいた。すると最初に登場した場所で、キャラクター『シショウMK』が止まったまま、体を揺らしている。


「師匠、何やっているんですか?」

「ねえ、前にはどう進むの」

「マウスの左右のボタンを同時に押して、前方に動かすんです」

「え? そうなの。……あわっ、前に動くわ。動いてるわよ」


『シショウMK』は真っ直ぐ歩いて壁にぶつかり、無駄に壁を押したまま、足だけ前後に動かしている。


「し、師匠!」

「な、なによ」

「まったく、ゲームしたことがないんですか?」

「ないわよ」

「マ、マジですか」


 男がいないところでは、常に疲れたような表情を浮かべ、世間を斜め横から見ているマロン。いつもは隠しているが、実は頭もかなり良く知識も豊富だ。そんな彼女に苦手があるなんて驚く。


「左に曲がるにはどうするの」

「マウスを左に回す。あ、そうじゃなく、それじゃあ、壁から離れられない。少し下げて、いや下げるってマウスですから。自分の体を下げても意味ないから……」

「こう?」

「貸してください。こうやって動くんです」

「なんだか目が回った」

「ほら、こうして歩いて、店に入ってお買い物もできるんです。ただ、最初は所持金が少ないですから。考えて買わないとすぐにお金がなくなります」

「この街ごと買取りなさい」

「そういう問題じゃないから」


 このゲームで、コインを集めたり経験値を上げるためには、メインステージを攻略する必要がある。

 最初のレベル10まではコンピュータとの対戦で、レベル10まで経験を積んでやっとオンラインで世界の人間とつながり、ともに戦えるイベントに参加できる。


 マロンは黒魔道士で、フード付きの黒装束を選んでいた。いかにも強そうだが、これが戦いの場ではポンコツすぎて、恐ろしく弱い。

 おそらく、わたしひとりなら一日没頭すればレベル10までアップできる。


 しかし、この足手まとい以外の何者でもないパートナーと一緒に、レベル30まで進むためには、この家に泊まり込んでも、一週間はかかりそうだった。


 わたしは攻撃型の武器を売って、かわりに防御系に特化した武器を購入した。


 バリアで敵の攻撃を防ぐ傘みたいな武器。傘を開くことで攻撃を避けてマロンを守れるし、銃として利用もできる。殺傷能力は低いのが難点ではあるが、マロンを守ってレベルを上げるためには、それしか方法がなかった。


 マロンは、黒魔道士のくせに、杖ではなく銃を選んだ。

 連続して弾がでるので、殺傷能力は高いが、レベル1のコンピュータ相手でさえ、あっという間に殺されている。


「あっ、あれ?」と、言いながら、画面から消えるマロンを何度見たことだろうか。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る