第二章『ニーズヘッドサーガ:歴史転生』オンライン

オンラインゲームで男を落とせ 1



 ハマると熱中してしまうオタク体質。プレイしてきたゲームも数えきれない。しかし、究極のモテ女マロンとゲームって。新鮮を通り越して、初心者になった気分で……。


 それは、たぶん、この豪華な設備のせいもある。


 部屋には大型パソコンが二台、設置されている。


 金がかかっていそうで、金持ちなんだろう。この美貌に金、ムカついても変じゃないけど、一周まわって恐れ入りましたって平伏したくなる。


 いやもうね、ちょっと待てという感じ。


 お代官様、どうぞお許しくだせぇって庶民気分で。あっしら、ドラマでいえば、その他大勢。農民Aってチラッと画面にクレジットされるレベル。ヒロインさまには、ただただ頭を下げるしかねぇ。


「なに、そこでペタンと床にすわったまま、フロアに顔をつけて動かないんだ」


 マロンが斜め上目線で言っている。一生かかっても、わたしの気持ちなんて理解できないだろうな。


「農民A、言葉を失っております」

「いつものことだけど、意味がわからない。理解できないわたしの方が愚かなのか? さあ、立ち上がって、キャラを作るわよ」


 オンラインゲームとして人気がある『ニーズヘッドサーガ:歴史転生』。


 まずは自分たちの分身、キャラクター作成をはじめてからゲームスタートだ。

 ここで魅力的なキャラを作っておけば、仲間を集めやすかったりするけど、マロンのモテ道が、こんなところで通じるのだろうか?


 一抹の不安は、あった。


「あなたのターゲット。佐々波光宏ささなみみつひろは、この世界で『騎士』として登録しているわ。彼がプレイするサーバーと一緒だから同じ場所にいるわよ。で、あなたは、いかつい獣人になって」

「わたし、獣人限定ですか」

「そうよ。衣装は好きなのを選んで」

「あ、あの」


 すべての男を虜にするマロンが、わたしの属するオタク世界にいると思うと、なんだか胸が熱かった。


「いやなの?」

「い、いえ、いえ、なんでもなりますけど。でも、師匠。ゲーム界にも詳しいなんて、驚きです」

「はじめてよ」

「え? ゲームをプレイしたことがないんですか」

「ないわ」

「一度も?」


 彼女は、しつこいという表情を浮かべ返事をしない。


「じゃあ、どうして……。キャラのこととか、わかるんですか?」

「ゲームに詳しいわけじゃないけど。男の好みを察知するアンテナはあるからよ。このゲームの動画を見たから、なんとなく雰囲気はわかったわ。ゲームを楽しむんじゃないの。このゲームでギャップ萌えを狙うのよ。そもそも大柄なあんたがかすむほど、いかつい獣人なら、実際に出会った時に可愛いと思えるでしょ」

「それがモテる作戦ですか」

「そう、初期段階のね。出会いまでに、おそらく五段階くらいの精密な策が必要よ」

「まったく話が見えないんですけど」

「見える必要はない。まずオンラインから付き合いをはじめて、現実を取り込む。最初からリアルで告白しても、玉砕ぎょくさいするだけだから」


 ま、わたしの過去を考えれば、それは正しい見解だとは思う。でも、ちょっと不本意で……。


ねてもいいですか?」

「時間の無駄」


 恋神マロン、恐るべし。


「ゲームキャラクターって多彩なのね」と、マロンが感心する。「獣人でも女性型とか、男性型とかがあるのね。これって、普通なの」

黎明期れいめいきのゲームなら、主役キャラはひとつだけでしたけど、今はプレイヤーの好みで、いろんなキャラを作れますから。モニターを見てください。獣人限定で女の子なら、ネコ耳をつけて、衣装は……」

「ちょっと、待って。女の子じゃなくて、男になりすますのよ」

「それが大事ですか?」

「大事よ。なにより大事なのは、現実のあなたよりゴツいことよ」


 意図がわからないが、言われた通りに獣人を選び、頭にトラ耳をつけ、ちょっと生意気そうな外見で筋肉質の強そうな男になった。


 恋愛相手の男性に会うのに、こんなキャラを選ばないと、わたしは思う。

 マロンの考えは深いのか浅いのか、まったく理解できない。なんだか、だまされている気分もする。


「うん、いいわ。わたしのパソコンにも同じようなタイプを作って」

「獣人ですか」

「ちがうわ。黒魔道士よ。こっちは女性よ」

「師匠。なんか自分だけ女って、ずるくないですか? もしかして、可愛い系で黒魔道士で?」

「いえ、怖い系黒魔道士よ」


 騎士、魔術士、エルフ、獣人など、ゲームで使えるプレイヤータイプは多く、攻略すべきステージも多い。ただ、イベントの添え物のようなステージで、それほどの魅力はない。


 このゲームの人気はオンラインでのイベント対戦と断定してよい。

 四人でグループを作り、相手チームに勝利するアクション陣取りシューティングゲームの場だ。


 対戦型アクションゲームではあるが、経験をかさねてランクがあがるほど戦略を必要とする知的ゲームでもある。


「キャラクターの名前を考えた?」

「自分の名前をひねって、モッチンにします」

「そう、じゃあ、あなたは、モッチン−Xよ」

「わざわざ、−Xをつける意味があるんですか?」

「にぶいわね。佐々波のハンドルネームが『コーキ−X』よ。だから、偶然を装って同じにすれば、それは、もう運命みたいに思えるでしょ。わたしの言葉を覚えている?」

はつくりあげるもの」

「わかっているじゃない」


 ドキドキしてきた。

 彼の顔が思い浮かぶ、あの人がそんなハンドルネームを使ってゲームしているなんて、予想外であり嬉しくもあった。


「それにしても、彼のハンドルネームを、どう調べたんですか?」

「わたしの興信所は優秀なハッカーを雇っているのよ。古代から情報を制するものが国を制してきたわ。わたしの言葉、はい!」

「恋愛こそが情報戦!」

「頭に叩き込んどきなさい」


 ハッカーに国って、マロンの世界は手に余る。


「師匠、聞いてもいいですか」

「聞かなくて、いいわ」

「でも」

「どうせ、わたしが何者なんて思っているんでしょう。そこが、関係あるの?」

「い、いえ。実質のところありません」


 わたしの呆れた依頼を受け入れたことは嬉しいが、協力してくれることに驚く自分もいる。


「あの、関係のないことなんですが。わたしから頼んで師匠になってもらって、こういうのも変ですけど。でも、興信所とか、いろいろすっごくお金がかかっていそうで。請求書があったら、どれくらいか教えてほしいです。わたし庶民で仕送りもあまりないし、カツカツの生活してるんで、ローンでもいいのかとか」

「そう」

「ど、どうしたら、あのいいでしょうか?」

「そうね、借金ね」

「わ、わかりました」


 マロンが楽しそうに、ふき出した。


「嘘よ。資金的なことを気にする必要はないわ」

「で、でも、どうして、ここまで」


 マロンは返事をしなかった。


「さあ、とりあえずゲームをするわよ。『コーキ−X』がチームを組んでくれるまでランクを上げるわよ。ちなみに彼のランクは36よ」

「おっと、まだまだね。初心者に毛がはえた段階じゃない」

「ゲームとなると、急に鼻息が荒くなったわね」


 ランク36ってのは、それほど高くはない。


『ニーズヘッドサーガ:歴史転生』の最高ランクはSランク。そこまで行くには、まず、99ランクまで登りつめなければならない。ランク99以上からは、Sランクという神の領域での戦いになる。


 わたしがヘッドフォンをつけると、隣でマロンも戦闘体制に入った。


 ゲームをスタートする。

 壮大な音楽が流れると、すぐ画面が切り替わり、ニーズヘッドの街が煌びやかに広がった。


『さあ、勇気ある戦士たちよ。準備はいいか。キャラは決まったか、衣装はキメてるか!』


 弦楽器が奏でる切ないような音楽とともにナレーターの声が流れる。この世界では通称ピエロと呼ばれるナレーター、ゲーム内へといざなうホストだ。


 この段階から、ワクワクする。


 ポ〜〜〜ンという音とともに、暗転。

 そして、『モッチン−X』は、中世風の街にいた。


(つづく)

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