最終話 最悪の敵、モテ女のテク



 翌日、再びマロンの屋敷にいた。


「……準備は、ほぼほぼ整ったわ。あとは、あんたが作戦通りに動ければだけど。そもそもが想像の上をいってるから」


 いかにも退屈そうな態度で、マロンは少しイラついて見えた。


「師匠、何言ってるんですか。師匠だって、ゼミの助教と付き合ってるじゃないですか」

「もう別れたわ」

「え? もう。いつのまに」

「愛なんて探すだけ無駄なこと。さあ、佐々波を落とす戦略を伝えるわよ。いいこと、失敗は許さないわよ」


 マロンはわたしの質問を無視して立ち上がると、ソファの奥にあるドアを開けた。


「こちらの部屋に来て」


 隣室に入ると、そこは執務室のような部屋で中央にある重厚なデスクが目を引く。その背後に造り付けの長テーブルがあり、パソコン二台が設置してあった。インテリアは全体にモノクロで統一されており、窓もない部屋。自宅というよりオフィスみたいに他人行儀で冷たい。


 なんとなくマロンの脳内を垣間見る気分がした。この部屋は、無機質で重々しく、冷たく、醒めて、愛がない。


「あなたが夢中な佐々波光宏ささなみみつひろの趣味が、これよ」


 奥の長テーブルまで行き、パソコン前の椅子を示して、「すわって」と言われた。


「何ですか?」

「これから、オンラインの対戦アクションゲームをするのよ」

「対戦アクションゲーム?」

「そう、オンラインのね。ともかく、恋愛初心者なら、これしかないって、わたしの六感が告げているわ。いきなりリアルな本人に向かっても砕け散るだけだから。あの男はけっこう難易度が高いタイプなのよ。だから、ひと捻りの工夫が必要で。相手は、あなたと違って過去に彼女もいたから」

「彼女がいたんですか!」


 そんな……、彼女がいたなんて、なんだか汚された気分になる。


 こういう感情って、推しのアイドルに熱愛報道が出たときのファン心理と似ている。バカだとは思うけど、感情と理性は別物だ。


 気分が沈んだ。大学で見る限り、恋人などいないと思っていたから、余計にズキっと胸が痛んだ。


「そんなに悲嘆することはないわ。彼女は高校時代の同級生で、遠距離恋愛していたんだけど、相手が他の男に目移りして、別れたのよ」

「ひどい女ですね」

「そこが問題なの? この場合、そこじゃないでしょ。難題は彼女がほっそりとしたスタイルの良い可愛い系だってことよ」

「それが難題ですか?」


 マロンは、わたしを上から下まで見下ろして、首を振った。


「つまりね。可愛い系の子が好きだってこと、たぶん。美人系じゃない」

「わたしは、どっち系?」

「さて、別れて三ヶ月。その後は彼女がいない。律儀りちぎな子ね。まだ傷心を引きずってるのかも」

「質問していいですか?」

「どうぞ」

「わたし、美人系ですか、可愛い系ですか?」

「まだ、そこに停滞しているの。逆転の発想って言葉を知っている? 昔、流行したことがあるのよ。ふられて傷心を抱えている相手ってのは、落としやすいってこと。こういうのが逆転の発想」

「あの……、わたしって美人系」

「その問題にわたしが答える義務がどうしてあるの」


 そう言ってから、マロンは、いかにも楽しそうに吹き出した。


 この女が悪魔のような性悪だってことは、昔からよく知っていた。でも、この時のマロンの顔は、なんていうか天使みたいで。

 生涯、一度も罪を犯したことはありません!

 みたいな自然な素の表情で笑っている。


 なぜ、こんな無邪気な顔で笑えるのだろう。世の中の悪なんて、まるで知らない、生まれたての赤ちゃんみたいに無垢で。たぶん、男たちはこのギャップにだまされる。


「下鴨モチ。ねぇ、ときどき、無性にあんたが可愛いかもって思う瞬間があるわ」と、マロンは笑った。

「たとえば、大きな体を小さくして、そこで真剣に自分が可愛い系か美人系かって悩んでいるところとか。なんて、ユニークな女なの。過去にあんたみたいな人、出会ったことがない。率直で、顔に感情がすぐ現れるのに、妙にこじれているし」

「あ、じゃあ、可愛い系」

「微妙にイラついた。さあ、やるわよ」


 マロンがさっさとパソコンを立ち上げ操作すると、そこにゲーム画面があらわれた。


 オンラインRPGゲームで、対戦アクションゲームでもある『ニーズヘッドサーガ:歴史転生』だ。


「このゲーム、プレイしたことはないですけど、人気があるゲームだから、前からやりたいと思ってました」

「そう、それは好都合だわ。プレイしたことはないのね」

「アニオタを舐めないでください。ゲームオタでもあるんで知識はあります。広大なフィールドで仲間を集めてステージを攻略するんですよね。特に、オンラインで行われるアクション対戦が人気で。その手のゲームなら任せてください」


『ニーズヘッドサーガ:歴史転生』は、ゲーム仲間に人気がある。よく作り込まれた美しい映像が素晴らしいのだ。


 オンラインでチームが協力して魔物をやっつけたりするのだが。このゲームが人気があるのは、メインのRPGゲームではなく、盛大なイベントのほうだ。

 

 イベントでは、四人で仲間を組み、相手チームの四人と戦う。

 トーナメント形式の試合は興奮のあまり、思わず叫ぶほどの面白さだ。組んだ四人チームで戦略や役割分担をして戦うなど、他の似たゲームとの差別化をしている。


 チャット機能も充実しているし、その上、歴史上の風習や風俗などの時代設定がしっかり作りこまれている。


 日本を舞台にするなら、戦国時代が一番人気で、ついで平安時代や飛鳥時代も人気があるようだ。中国なら三国時代。欧米なら中世と、時代設定が豊富でフィールドは広い。


 実は無料期間があって、少しだけプレイしたことがある。マロンには内緒だけど。


「相手の趣味から攻める。これは相手を落とす王道のテクニック……」と、言ってマロンは悪い顔をした。

「このゲームを佐々波光宏ささなみみつひろは夜7時くらいからプレイしているのよ。彼のハンドル名『コーキ−X』。さあ、ミッションを始めるわよ。失敗は許さないからね。必ず、佐々波をモノにするのよ」

「ハッ、了解です、師匠!」

「合言葉は」

「恋愛こそが情報戦!」



(第一章完結:第二章につづく)

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