最悪の敵、モテ女のテク 7




 数日後、マロンから自宅に来るようにとメッセージが届いた。


 送られた住所を見て、わたしは少し考えるべきだったのだ。いつものように、何も考えずに行動して後悔したけど。そんな経験は過去に腐るほどある。


 わたしは自分の定番スタイルで向かった。

 フード付きの白いパーカーに汚れたジーンズをはいた。色的にも形的にも、なんとも地味な装いで、スキップしながらマロンの家に到着した。


 こ、こ、これは……、ど、どうしたら、どうしたらいい!


『メーデー、メーデー、メーデー!』


 陽毬ひまりにラインした。


『陽毬、ただいま絶賛停滞中。何事であれ、スルーってことで。メーデー、既読無視』

『おい』


 役に立たない。眼の前には攻略すべき大邸宅があるのに、ひとりじゃ無理だ。


 もらった住所を確認したがまちがいない。アパートに戻って礼装に着替えてくるべきだろうか。


 これが自宅だなんて、いったい親は何者なんだ。


 場所は都内でも一等地のひとつ白金で、周囲は大きな屋敷ばかり、その中でも目立つ瀟酒しょうしゃな洋館だ。


 表札がないからマロンの自宅と確信できない。

 木製の門扉もんぴ前で、呼び鈴を押すのをためらっていると、ゲートが自動的に開いた。すぐに車寄せの先にある洋館から、長身の男がこちらに向かってくる。


 え?

 呼び鈴、まだ押してないから。心臓が飛び出しそうだから。あ、ちょっと、ちょっと、待て!


 品の良い初老の男性が、わたしを見ると丁寧に腰を曲げ、にこやかにほほ笑んだ。


「下鴨モチさまでございますね」


 マロンの、ち、父親? 心臓の音が耳まで届いてドックドックという音が聞こえる。卒倒しそうだ。

 ど、どうしよう。

 ええい、モチ、ここは度胸だ。


「お父さま。あの、下鴨モチです。師匠、じゃない、恋神マロンさんに、お世話になっています」

「今日、いらっしゃると聞いております。どうぞ、お入りください。姫さまがお待ちです」


 姫さま?

 いや、もう深く考えないでおこう。セレブ界では、父親が娘をと呼ぶのが常識だ。間違いない。


 男について、重厚な木製の玄関ドアから室内に入ると、吹き抜けの広いロビーがあった。左面には天井に届く高い窓が連なり、そこに緞帳どんちょうのような赤いカーテンがかかっている。

 右側には螺旋状の階段があった。そこから声が響いた。


「来たの?」


 初老の男が、その声に応える。


「下鴨モチさまがいらっしゃいました」

「そう、二階に上がって」

「どうぞ、階段をお上がりください」

「は、はい。お父さま」


 わたしの父じゃないけど、どう呼んでいいかわからない。マロンの対応からすると、たぶん、父親じゃないよね。たぶん、使用人よね。

 執事? いや、まさか。


 脳ミソがぐるぐるして、緊張のあまり、わたしは右足と右手を同時に出して、軍隊行進のような足取りで階段をあがった。


「下鴨モチ。あんたの行動って、本当に予測不可能ね」

「あ、あの、お父さまに失礼はなかったでしょうか?」

「お父さま、出迎えた男のこと?」


 わたしはコクコクと首を振った。


「バカね、父じゃないわよ」

「で、ですよね。執事とか」


 フンっと、マロンはいつものように鼻で笑った。


「本当に飽きないわ、下鴨モチ。わたしを笑わせてくれるって、貴重な才能よ」

「真面目に言ってるんです」

「あの男はね。わたしの昔の男で、気が回るから雇ったのよ」

「へ?」


 あまりに素っ頓狂すっとんきょうな表情をしたのだろう。マロンは、顔をゆがめると、次に楽しそうに笑いだした。


「昔の男と言ったのよ」


 昔の男?

 どう見ても、六十代を過ぎている。ということは四十歳くらいは年上だと思う。マロンの守備範囲の広さは宇宙人レベルか。


 幼いマロンを蹂躙する紳士とか、もしかして、この屋敷は彼のもので、すごい資産家で、マロンに溺れて養っているとか?


 だんだん中二病をこじらせていく自分に嫌気がさして、手を振って妄想を追い払った。


「さあ、そんなことより課題があるでしょ」

「ハッ! もう何も考えません、師匠。わたしの想像範囲を超えた世界にいるようです。妄想をも超えています」

「あなたの思っている以上に超えてるのは、確かよ」


 マロンは足もとまで届く真っ赤な絹の部屋着を着ていた。色白だから、それがまたよく似合っている。いったい、この透明感のあるシミひとつない白い肌を、どう維持しているのだろう。


「さあ、ぼうっとしてないで、入って」


 マロンは階段上にある両開きのドアを開いた。

 私室なのか、右奥には天蓋付きのベットがあり、天井から届く白く透けるカーテンで隠してあった。


 左側には、ソファとローテーブル。


 正面はベランダで、ガーデン雑誌にでてきそうな、白い椅子とティーテーブルが置かれている。


 同じ年齢なのに、彼女の世界とわたしの世界。それは、あまりにもかけ離れているようだ。


(つづく)

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