最悪の敵、モテ女のテク 6




 わたしは少しだけ不安だった。

 酔っ払っている女は、本当に、あのなんだろうか。

 今頃になって、彼女について何も知らないって気づいた。タクシーを呼んで自宅に送り返そうにも、住所さえ知らない。


 それにしても、なんて美しい容姿なんだろう。


 強く抱き締めれば壊れてしまいそうな細い肢体。肌は色白でなめらかで、日焼けしたら悲惨なことになるにちがいない。たぶん、こういうすべてが男心をくすぐるのだ。


 わたしといえば骨太で大柄。「どすこい!」って大声あげて、たいていの男を守れそうだ。そこは自分を評価したいと思うけど。


 写メを撮る誘惑に勝てない。美しすぎて、生贄いけにえとして供えられた姫みたいで、陽鞠にラインした。


『モチよ。ワレはいったい何を考えてる。なぜにマロンの画像を送ってくる。拡散してほしいんか』

『これ、どうしたらいい。部屋に異物がいるようだ。それもとびきり綺麗』

『恐れていたことが勃発しているようだ。方向性が別の意味であっち方面に向いてる』

『でな、カクカクシカジカで、隣の男を瞬殺して、寝ちまった。どうしたらいい』

『う〜〜ん、お隣さんに、お持ち帰りしてもらっては?』

『悪魔か』

『陽キャ美人に手心加える必要なし』


「モチ」


 眠っていると思っていたマロンが、とろんとした声でつぶやいた。


「な、なに? わたし、あんたなんか見てないから。羨んでもいないし。隣の男にお持ち帰りなんて、考えてもいないから」

「わたしは眠らないから」

「なによ」

「誰かが見ていないと、……寂しい」


 そう言いながら無邪気な顔をして目を閉じ、いっこうに帰る気配はなかった。




 翌朝、あれだけ飲んだのに、二日酔いにもならず、マロンはケロっとしていた。


「その華奢な体で、どこにあの酒が消えたの。これだからモテるんだ」

「話している内容に脈絡がない。まあ、いいわ。でも、顔やスタイルでモテると思ったら、勘違いよ。華奢な女性が好きな男もいれば、そうじゃないのもいる。それぞれの好み」

「でも、師匠は、どのタイプの男でもオールマイティに落とせるでしょ」

「そこもバカね。外見なんて初対面のときだけ。そっから先は外見じゃないから、落とせるの」

「勉強になります」

「なってないわね」


 マロンは履修するゼミの助教とつきあっている。史学部で中世日本史のゼミを持つ三十代だ。たしか、内容は『陰陽師における密教とのつながり』だったと思う。


 ちらりと見た助教は、どこか高慢な雰囲気をかもし出すスマートな男だった。均整のとれた体つきで、マロン曰く、雰囲気イケメン。

 女学生からモテると聞いた。それは、実家が資産家だという点もあるだろう。跡取り息子で溺愛されて育った男の特徴を全て兼ね備えているらしい。


「子どもみたいな我がままな男よ」

「ひとまわりも年上なのに子どもって。助教を見たことあるけど、すっごく大人の魅力があって、イケメンですよね」

「年齢なんて関係ないわ。若くても大人もいれば、年を重ねても幼いのもいる」


 そう言うマロンは、どこか悲しげだった。

 

「ところで、SNSは何かしてるの?」

「えっと、ツィッターを」

「見せて」


 わたしのSNSはアニメとかゲームの動画をツィートするためのものだ。


「オタク男にモテたいの?」

「いえ、そうじゃなくて、この際、自分の殻を破りたい。それでこそ、モテの世界が待っていると思う」

「その言い方だと、ターゲットがいるのね」

「ターゲットって、あの、ちょっと気になる人が」

「誰?」

「あの、同じ建築学部の、えぇっっと……、あの、さ、さ、さ、ささが、佐々波ささなみ、み、み、みつ、光宏みつひろ。うっわあああああ! 言っちゃったぁ」

「名前だけで真っ赤になって、すわりこんじゃうって、こっちがどうにかなりそうよ」

「二日酔いですか?」

「なぜ、こんなに先の希望が持てないんだか。まあ、いいわ。自分磨きを一ヶ月つづけた成果を写メに残しておきましょう。外へ行くわよ」

 

 彼女につられて近くの公園まで歩いた。そこでマロンは、わたしをモデルに写真を何枚も撮った。


 わたしにしては魅力的だと思う、片手を頬にあて右手を太陽に向かってあげた、アイドルがするような写真もあった。でも彼女をそれを選ばない。あえて、普通に見える写真にした。

 それも、しゃがんでアリを見ているわたし。


「なぜ、ですか、こっちのほうが、わたし史上、最高にかわいいのに」

「バカね。男は案外と気が弱いとこがあるのよ。ばっちり決めた隙のない女は尊敬やら憧れにされても、好きというわけじゃない。ここは大事なポイントよ。この写真をツィッターにあげといて」

「それから?」

「それからは連絡するわ。佐々波光宏ささなみみつひろってのを見てこなきゃ、何事も情報がなければ、ムリでしょう。昨日の言葉、覚えている?」

「あの、恋愛こそが情報戦」

「そう、それよ。覚えておきなさい」


 マロンはひらひらと手をふって公園から出ていった。

 その姿が、なぜかとても老けて見え、思わず目をこすった。


(つづく)

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