最悪の敵、モテ女のテク 4



「ついてらっしゃい」


 マロンの言葉に、ざわりと空気が変化した。


 わたしが知る世界の法則が180度変わっていく。


 昔から、マロンは人目を気にしなかった。

 たとえ「誰とでもやらせる」とか噂されても、すずしい顔をしていた。

 男にあざとい媚びを売ることで、女子に反発されても完全に無視した。


 そのモテ女の世界が目の前に広がっている。

 見たことのない世界だから、動画に撮影した後で陽鞠ひまりにラインしてみた。


『わたしは何を見せられている』と、彼女から返事が届いた。

『モテ女の世界だ』


 男たちに注目されるなか、蹴散けちらすように歩いていくマロン。その視線にわたしまでさらされている。


『まさか、これは、モチよ、君はまっ裸で歩いてるんか。みんな見てるぞ』

『違う。恋神世界をバーチャルした。弟子入りの結果だ』

『スマヌ、わたしの目が変になっている。恋神が受け入れたと読めるが。これが事実なら天変地異に備えよ』

『備えは万全だ』

『消えるわ』


 陽鞠ひまりがラインから消えた。


 マロンは、わたしが何をしていようが気にせず、大学のカフェに入っていく。

 カウンターでアイスコーヒーを注文して、テーブルにすわった。

 わたしを前で、彼女はストローをカップに突き刺し、ぷっくらとした形のよい唇をすぼめ、わたしなど見えていないように飲みはじめた。


 ただ、飲んでるだけで、インスタ映えする光景で。

 天井まで届くガラス窓の向こうで、枯れ葉が風にうずを巻いている。その美しい背景にマロンを足すと映画のワンシーンだ。


「それで、どんな相手にモテたいの。……ねぇ、聞こえてる?」

「き・れ・い……」


 彼女は上目使いにわたしを見て、中指と親指でポンポンっと音を鳴らした。はっとして、意識を集中した。


「え、えっと、あの、好きな人が、ありのままのわたしを好きになってくれる方法を模索中であります」

「何それ」

「だから、相手が好きになってくれて、プレゼントからの愛の告白……、的な、そういう的な」

「そういう的な。その前提からして間違っているわね。そもそもだけど、ありのままで、どう告白してもらうつもり? 高校時代、一度でも向こうから声がかかったことがあった?」

「向こうからって?」

「男のことよ。男から声をかけられたことは」

「あ、あるわよ。いっぱい」

「その、いっぱいの例は何かしら」


 恋神マロンは鼻で笑っていた。ふん、わたしの実力を知らなさすぎる。


「高校のときなら、男子から先生にレポートを届けてとか。そんなこと、何度あったか数えきれない」


 マロンはフンって鼻で笑った。


「それで?」

「だから、その、男の人から、あの、好きな人から、えっと」

「愚かね」


 な、なんだか、思っていたのと違う展開になっている。

 恋神マロンって、こんな女だったのだろうか?


 わたしは目をこすった。

 そこには、男たちが理想とする、ふっわふわの綿菓子をこねたような可憐な子がいない。なぜか、全ての男に対して、わたしの方が申し訳ない気持ちになった。


「ありのままの自分なんて、ゴミ箱に捨てて廃品回収にまわすのね。まずは、ありのままからの脱皮、それが第一歩よ」

「でも、わたしのありのままを好きになってほしい」

「超絶美少女で性格も明るく、周囲の人を惹きつけてやまない魅力の持ち主。あんたのありのままが、それなら許そうか。高校時代の、あの自己中で小なまいきな浅井須磨子を覚えている? 学年一の美少女って言われていた。その美少女が好きだった男をかっさらったのは、わたしだ」


 浅井須磨子はマロンとは別の意味で嫌な女だった。美人を鼻にかけてる訳じゃないが、いや、実際はかけていただろうけど。常に自分が一番じゃないと気に食わない女でもあった。だから、マロンとは双璧をなし、常に戦いを挑み、常に負けていた。


 けっして容姿が劣っている訳じゃない。身長も高く、むしろ、すらりとしたモデルのような体型では勝っていた。

 恋神マロンが和風の姫なら、浅井須磨子は西欧の女王だ。


「たとえば、あの子を凌ぐ、わたしは美少女か」

「いや、違う」

「はっきりと否定したな」

「スマン、師匠」


 わたしは小さくなるしかない。


「金は?」

「お金も取るの」

「ついてらっしゃい。まずは金をかけなきゃ。ありのままのあんたが、ありのままじゃない、あんたに変わるの」


 恋神マロンが行動的というのを知ったのが、この時が最初だった。それから、嫌になるほど知ることになったんだけど。


「自分の魅力は何か知っている?」

「えっと、勉強と、アニメならかなりいい線だと思う」

「あのね、外見のことを聞いているの。とりあえず、その黒縁メガネをとってコンタクトにしなさい。それから体重を五キロ減らして、肌の手入れも必要よ」

「化粧じゃなくて」

「まだ、二十歳なら、すっぴんで勝負できなきゃ」

「すっぴんです」

「そのすっぴんが勝負に負けている。とりあえず、肌の手入れをして、唇のかさつきとか、荒れた肌とか、バサバサの髪をなんとかしなきゃね」


 翌日、マロンが予約した美容院に向かった。

 マロンによれば有名人もくるサロンらしい。

 そこはとてもおしゃれな美容院で、ふだん行く1000円カットの店とは雰囲気からして違った。


 カットする前に相談が多く丁寧でもある。それにマロンのことを店のスタッフがひどく丁寧に、まるでビップのように扱っている。

 いったい、この女は何者なんだろうか?


 というか、仕送り貧乏カツカツ大学生が来る場所じゃない。もしかしたら、モテ女になる前に、借金で破産するかも。

 そして、どっかに売り飛ばされてなんて妄想している間に、わたしを抜きに事が進んでいた。


「どう思う?」とマロンが聞いている。


 スタイリストの男は、わたしの髪にふれて額のしわを寄せた。


「くせ毛を修正しなければなりませんね。この髪型は」


 雑誌が目の前にあった。モデルは蝶のように可愛らしく、ふわふわの髪が似合っていた。


「これ、かわいい」とわたしが言うと。

「だめよ」と、マロンが瞬殺した。

「でも」

「単純な理由よ。似合わない。エラがはった四角形の顔に、そんな顔を前面をおし出す髪型をしたら、マイナスなだけよ。モデルの顔だから可愛いの」

「そうですね」と、スタイリストもうなずいた。

「フェースラインを隠した、このショートボブとか、セミロングにする場合、こちらですね。ただし、前髪は下ろされたほうがいい」


 マロンって、こんな女だったんだろうか? 高校時代、彼女の何を見ていたのだろう?


 男の前でクフンって鼻声を出している姿しか知らないわたしは仰天した。

 マロンがモテるのは、その影に恐ろしい戦略がある。わたしは思わず、ガッツポーズをした。

 やはり師匠として間違いない。最悪な女、わたしの敵で大っ嫌いな女だが、だからこそ、ふさわしい。


 それからの一ヶ月。マロンのいうとおりに、眠る前に顔を洗い基礎化粧、髪はコンディショナーと髪パック。

 カツカツ一人暮らしの学生生活には厳しいが、食費を削ってがんばった。


 これまでゲームとかアニメに費やしていた時間を、マロン曰く「若い子にしては、あまりに自分磨きがない。欠損している」と言われ、必死に努力した。


 確信はないけど、はじめて方向性が間違ってない努力だと思った。自信は、でも、まったくなかった。


(つづく)

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