第129話 気が抜けない相手と久しぶりの朝市

 真剣に話しているところ申し訳ないが、神柱ラプタスさん根性論とかで話してないですよね?と危ぶんだリカルド。

 何しろ先程審判者ディエティティスの下命ならば全力投球しますみたいな宣言をしているのだ。

 その可能性を無視出来ず調べてみると、そこはさすがに立場ある組織の長だったというべきか。リカルドのような思い付きやその場の勢いとは違い、ちゃんと考えがあった。


 まずザックに指摘されていた極小の消滅魔法習得については、神柱ラプタスは習得困難な事は十分理解しており、数年から数十年かけ、次代の神柱ラプタスに引き継ぎながら徐々にその習得者を増やすという構想を持っていた。

 そして数を揃えるその間にも、治療出来る者が少ない事で『限られた地域、地位の者にしか恩恵がない』と民衆に精神的な壁を作られないよう、かねてより研究していた闇魔法の平和的運用を世に広め、闇魔法の使い手を身近に感じてもらえるよう働きかけると共に、いずれ各地に治癒者を配置出来るよう使い手達も努力している事をアピールしながら彼らの仕事の受け皿を作る予定だった。

 また他にもザックから教えを受ける者についての人選や、希少な力を狙う権力者などからの保護、闇魔法を認めない権威主義的な魔導士からの横槍を想定した対抗策など、多方面に渡って思考が展開されていた。


(うわぁ……)


 リカルドが今回の話を持っていったのはつい先程。実時間にすれば30分前程度だ。それでここまで考えられるのかと脱帽だった。


(っていうか、前から闇魔法を研究してたって事は、今回の話がなくてもいつか踏み切るつもりだったって事かな)


 その場合、即死病の治療というインパクトがないのでかなり厳しい挑戦になっただろうが、この神柱ラプタスならやりそうだなと思うリカルド。


(なんかもう、格が違うっていうか……)


 リカルドは内心半笑いになりながら、全然心配要らなかったと二人を止めた時の中に戻した。

 そうして戻した直後に、今しがた確認した内容を神柱ラプタスが続けて説明し始めたので、焦って調べる必要もなかったなー……と、なんとも言えないものを感じたのはご愛嬌。


 とまあそんなリカルドの徒労は置いといて。

 そこからは具体的な計画の話に移り、二人はところどころ意見をぶつけ合いながら計画を詰めていった。

 ちなみにリカルドは二人の話題展開が早過ぎて置いてけぼり気味であった(通常運転)。

 それでもこの会談を設けた者として責任は持たねばと一生懸命話の理解に努め、助言を求められたら出来る限りの答えを探して、頑張って資料も作って提供した。


「それでは活動の開始は一ヶ月後。場所はグリンモア王都の教会で知らせが入り次第偶然を装って、という事で。ザック様との連絡手段は追って届けさせます」

「ああ。賢者殿もよろしく頼む」

「承知いたしました」


 話の流れでザックが人を治療する前に、動物で試す手伝いもする事になったリカルド。

 ザックに頷き返して二人が帰宅出来るように時を戻し、先にザックが帰るのを見送ってから神柱ラプタスも元いた部屋に送り届け、一人になったところで息を吐いた。


「はー……疲れた」


 椅子に背を預け、久しくないほどに頭を使ったとだらけるリカルド。

 ただ疲れたは疲れたが(精神的に)、やれる事はやり切ってやったという充足感もあって、内心はへらっと笑っていた。


(これでザックさんの希望は繋がったかなー……)


 あとは動物での練習を手伝って、何かあれば都度対応で頑張ってもらう感じだなぁと考えて、のんびり次のお客を待った。


 が、次のお客は現れなかった。

 休業続きだったのが良くなかったのか札からのお客も来ずで、リカルドはちょっと寂しくなった。

 なんなら王太子とかでもいいんだけど……と、ちらりと思って――いや、やっぱいいわ。来なくていい。とすぐに思い直した。


(なんか来たら来たで怖いからな……)


 惚気も面倒だし。とリカルドは首を振り、札と路地裏の接続を切って日本版の姿に戻り——動きを止めた。


「魔力の補充か?」


 リカルドの呼びかけに影がゆらりと揺れると、小さな蝙蝠が現れパタパタと飛んで机の上に着地した。


〝そちらもお願いしたいところですが、まずは報告を。全ての天使族の眷属化が終わり、始祖が滅びた事で空いた支配領域の掌握も完了いたしました〟

「……は? え?」


 支配領域?と聞き返すリカルドにクロは羽を広げて恭しく礼をして見せ、改めて答えた。


〝天使族の眷属化が終わり、始祖の支配領域も我が物といたしました〟


 これで私も土地持ちの一角。主も鼻が高いでしょう?と小首を傾げたクロに、リカルドは束の間停止し、はあ!?とでかい声を出した。


「支配領域ってお前……いやおかしいだろ、前回補充した魔力量でそんな事まで――」

〝私は吸血鬼ヴァンパイアですよ?〟


 つぶらな瞳がリカルドを見上げ、ニィとその小さな牙を見せて笑った。

 瞬間、思い出すリカルド。


「……吸血能力か」


 吸血能力。

 それは血を吸収すればするだけ能力の増加が見込めるという、吸血鬼ヴァンパイアの特殊能力だ。


〝お忘れでないようでなによりです〟


 今の今までお忘れしていたリカルドは椅子に座り込んで頭を抱えた。

 つまりクロは天使族を眷属化しながらその血を吸収して自己強化し、土地持ち魔族である始祖が滅んだ事で空白化した領域の争奪戦に参加。見事勝利を収めたという事である。

 人間の血ならばこんな事にはならないのだが、吸収したのが強者である天使族。そりゃそんなのバカスカ吸収すれば強くなるよね、という相手だ。

 ちなみに天使族の吸血にはそれなりのリスクもあるのだが、その辺は長くなるので割愛する。

 吸血鬼ヴァンパイア化した天使族に他の魔族が変に反応しないかは確認していたリカルドだが、まさかクロがこの短期間で領域争奪戦まで制してくるとは毛ほども考えておらず呻いた。


「お前……」

〝先に言っておきますが、私は一切主に隠しておりませんよ? 主が少しでも私に意識を向けていれば、すぐに変化に気づいた筈です〟


 吸血能力についても前回ちゃんと話に出しておりましたし。と飄々と告げるクロに、ぐうの音も出ないリカルド。

 確かに天使族がその吸血能力を模倣しているという話はしていたし、クロの言う通り魂のラインに意識を向ければ、その存在が異様に強くなっている事はすぐにわかった。


「くっそ……よりにもよって目立つ土地持ちなんかに……嫌がらせか?」


 魂の眷属化をしている以上、反逆は不可能。だったら嫌がらせかそれかと睨むリカルドに、クロはまさかと首を振った。


〝そのような稚拙な理由で主の不況を買いたくはありませんよ。冗談はここまでにして、今回の事は私も真面目に考えた結果です〟

「真面目に?」


 不信感を前面に出した声でリカルドが問えば、小さな蝙蝠の姿が揺らぎ、向かいの椅子に半透明のクロが座った。


〝始祖が天使族に敗れた後、主は当初、私にあれの相手を延々とさせて状況の維持、もしくは時間経過による沈静化飽きを狙っていましたよね?〟

「……まぁ」


 クロの問いに間違ってなかったので肯定すれば、クロは静かな声音で続けた。


〝あれらは馬鹿ですが戦う事に関しての嗅覚は優れています。私が何度も主の魔力供給を受けていれば、不自然な回復に力の供給源があるとどこかで気付かれたでしょう〟


 それは……確かに。と思うリカルド。


〝主があれらと接触したくない事は承知しておりましたから、そのように気取られる事を避けるとなると考えられる選択肢は二つでした。気取られる前に全て滅ぼすか、それとも眷属として従えるか。

 前者の場合、以前の私では主からの魔力供給を受けても尚、全ての天使族を滅ぼすにはそれなりの時間が必要でした。やれば分の悪い賭けになりますし、天使族のみならず空いた領域に群がる他の魔族者どもにも私の不自然な回復が悟られる可能性が出てきますので、余計に取れる手段ではありません。

 となれば残る手段は一つ。天使族の血を得て強化しながら天使族全てを眷属にする事です。これであれば、私一人がやったとしても疑問を抱く者はいません。事実、私だけの力ですから。

 ただそうなると、そこまでの力を得た私が目の前の空いている領域を取らないというのは、誰がどう見ても不自然です。獣魔族や巨人族、不死者、不定形、植物系あたりから疑念を抱かれるのは問題ないと思うのですが、何を考えるかわからない悪魔族に変な興味を持たれるのは避けた方が懸命だと思いましたので、このような形に落ち着いたのです〟


 ふざけた雰囲気を一切見せず、視線を定めて語ったクロに、リカルドは口を開いた。


「それ、先に言えよ」


 眷属化の話を出した時に話せばよかっただろと突っ込めば、クロは言われるとわかっていたのか、えぇまぁそうですがと苦笑して頷いた。


〝私としては、あの時点で話して他の者に乗り換えられるのも嫌だったのですよ〟

「乗り換える?」

〝天使族を滅ぼせる者を新たに眷属配下にすれば、私は不要でしょう?〟

「あぁ、そういう……」


 クロお前より強い魔族を見つけて、そっちに全部始末付けさせるって事かと理解して、弱ければ価値が無いと考える魔族らしい思考だなと思うリカルド。


〝興味深い主を得たというのに、それを見物出来ずに退場するというのも味気ないですし、せっかくならばもっと楽しみたいと思うのが魔族の真理。こうなるのも仕方がありません〟


 自分に選択肢などなかったという風に首を振るクロに、お前な……と思いつつもリカルドは溜息をついて肩の力を抜いた。

 ここで感情的になってもクロを面白がらせるだけであろうし、既に土地持ちと周りの魔族に認識されているクロをそう簡単に処分する事も出来ない。

 今後起こり得る事態を調べて対処を考えた方が建設的だろうなとリカルドは椅子の背に身体を預け、イラっとした気持ちを脇にやった。


「一応理解はしたが、今後は何かやるなら事前に話せ」


 命令としてリカルドが言えば、クロは黙って頭を下げた。


(で、これから先どうするか……)


 気は重かったが調べないわけにもいかないのでリカルドは確認し、あれ?となった。意外とクロが土地持ち魔族になっても問題がなさそうだったのだ。


(他の魔族もクロこいつが天使族の血を摂取したから、特殊個体になって始祖の支配から外れたと思ってるのか……)


 普通なら最上位の吸血鬼ヴァンパイアである始祖が敗れた相手に、格下の吸血鬼ヴァンパイアが勝つのは異常事態なのだが、リカルドが吸血鬼ヴァンパイア達をミスリードさせたのと同じように他の魔族も天使族の血を得たせいだと誤解していた。

 そしてそう誤解しているため、土地持ち魔族とまでなったクロの後ろに何者かがいると考える者はなかなか現れそうになかった。そこまで力のある者が、誰かの下につくという発想がないのだ。


 これ、もしかして結果的に一番いいルート入ったんじゃ……?と希望を見出したリカルド。

 それが本当に一番いいルートなのかどうかは言うまでもないだろうが、何事も希望は必要である。


〝主、今後の事について提案があるのですが〟

「提案?」

 

 一人考え込んでいたリカルドはクロの声に視線を上げた。


〝ええ。これから近隣の土地持ちに挨拶をしに行くのですが〟

「あ?」


 聞き捨てならない内容に、反射的に険のある声が出るリカルド。

 それをクロは手を上げて制した。


〝私が遊びたいからではありませんよ。新たな土地持ちは必ず近隣の土地持ちに挨拶をする流れになっているのです〟


 何だそれはとリカルドが内心眉をひそめて調べてみれば、クロの話は本当だった。

 新たな土地持ちは近隣の土地持ちに挑み、そこで倒されたら再び領域の空白化が起きて争奪戦の二ラウンド目が開催される運びとなっていた。逆に近隣の土地持ちを倒せば、今度はそちらの領域の争奪戦が勃発。互角になった場合のみに、それぞれの支配領域が固定するという謎な常識ルールが魔族領には存在した。


「……魔族お前らって、本当によく滅びないな」


 強い者にしか興味がないのは知っているが、それでもどうなってんの?と思うリカルドに、クロは肩を竦めて見せた。


〝ほとんどの魔族は魔素溜まりから勝手に生まれますからね。生殖活動で増えるタイプや我々のように人間から成る者もいますが……まぁこの世が続く限り魔族が滅びる事はないのでは?〟

「……すげぇヤな情報」


 嫌そうな声を出すリカルドに、貴方もそのヤな情報の生まれ方をした魔族の一体だと思いますけれど。という言葉は出さず、人間から見ればそうでしょうねとクロは同意した。


〝という事で挨拶がてら倒してしまおうと思っているのですが〟

「なんでだよ」


 さらりと続けられた言葉に即座に突っ込むリカルド。さすがにここまでくると突っ込むスピードも早かった。


〝なんでと言われましても、その方が主のご希望に添えるかと思いましたので〟

「どこが。どの辺が。この話の流れで何でそう思うわけ」


 きっちり説明しろと圧を掛けるリカルドに、しかしクロは余裕の態度で答えた。


〝主は人間領に魔族が侵入する事を厭われているでしょう?

 ですから土地持ちを潰しておけば、魔族領内で騒ぐ事になり人間領そちらに目を向ける下等なやつらも現れません。今まで天使族が魔族を間引いていた分の変わりと言えば、ご理解いただけるでしょうか?〟


 オグルどもも天使族の襲撃がなかった事で余力が出来、人間領そちらに影響を出したと主自身おっしゃっていたではないですか。と追加で言ってくるクロに、そうなる原因を作ったリカルドはヒルデリアの騒動を思い出して一瞬うっとなった。

 だがしかし、その件についてはリカルドも対策済みだ。


「人間領と魔族領の間に虹龍を居座らせているから問題ない」


 対策済みというか正確には偶々が向こうからやってきた棚ぼた対魔族用防壁なのだが、まぁ経緯はどうあれ効果は問題ない。

 仮に魔族が来ても倒してもらえるように話は済んでいるとリカルドが反論すれば、クロは束の間沈黙し、小さくチッと舌打ちをした。


〝そういう事でしたら致し方ありませんね〟

「おい今舌打ちしただろ」

〝挨拶は挨拶で終わらせましょう〟

「お前それが狙いか。魔族領引っ掻き回すつもりだったのか」

〝さてのんびりしている暇もありませんし、私はこれで失礼します〟

「あ、魔力の補充は」


 そのまま消える気配を感じたリカルドが問えば、クロは不要になりましたと返した。


〝下手に力を持ってやれば、相手を見逃す理由がなくなりますので〟


 実に残念です。と面白くなさそうな顔をしてクロは消えた。


(あいつ……マジでさらっと嵌めようとしてくるな……)


 頭が痛い(妄想)とリカルド。

 何か言ってきたらその意図を必ず虚空検索アカシックレコードで確認しようと己に意識付けて、今度こそ店仕舞いをして疲労感を覚えながら階段を上った。

 そうして居間に戻ったリカルドはソファに沈み込み、そのままごろんと横になっていい香りのするクッションに顔を埋めた。


(仕事じゃないところでどっと疲れた……)


 そんな風に内心ぼやいていると気配を感じ、条件反射のように身体を起こせば、いつものようにお茶とお菓子を運んできてくれるシルキーの姿があった。


〝お疲れ様です〟

「ありがとう、シルキー」


 柔らかい微笑みと共に、ことりと目の前に置かれたのはパウンドケーキ。

 そういえばこの家に来た頃にもよく出してくれたなとリカルドは懐かしく思いながら、紅茶を淹れてくれるのを待って手を合わせ、フォークを手に取って切り分け口に。

 本日は中にキャラメルを絡めた胡桃のような木の実が入っているパウンドケーキだ。胡桃に似た独特のこくと微かな苦味、キャラメルの甘さと香ばしさが優しい生地に包まれて至福だった。

 うまー……といつものように染み入っていたリカルドは、そうだと思い出した。


「シルキー、ちょっと相談があるんだけど」

〝なんでしょう?〟

「今日の夕方、教会に行ってくるんだけど、クシュナさんとナクルくんにシルキーのお菓子を何かあげられないかな?」


 時間がないと思うから簡単に出来るものでいいんだけど、と窺うリカルドにシルキーは微笑んだ。


〝承知しました。用意しておきますね〟

「ありがとう。クシュナさんは疲れてるだろうし、ナクルくんも周りが騒がしくて落ち着かないと思うからさ」


 シルキーのお菓子で癒されてくれたらって思って——と続けたリカルドは、ふとシルキーの髪に編み込まれた守護布の細いリボンが目に入り、変なところで言葉が途切れた。


「え、ええと、何か買ってくるものはある? 足らないものとか」

〝でしたら、お肉と卵をお願いしてもいいですか?〟


 野菜はウリドールさんが作ってくださいますからと話すシルキーに頷き、視線を紅茶へ。ついついそっちに意識がいって、昨日のやりとりを思い出し動揺してしまうリカルド。

 変になりそうになる魔力制御を抑えつけて表情を保ち、お茶とお菓子をどうにか味わいつついただいて、よしと立ち上がった。

 じゃあ行ってくるねといつものように籠を持って外に出て、冬の遅い朝日が照らす中、マフラーを口元に持ち上げて息を一つ。


(やべぇ……一晩経っても威力がやべぇ……)


 リカルドは夜の寒さで凍った雪をざくざく踏みしめながら朝市まで足早に向かった。

 昨日のふわふわしたシルキーに比べれば、今朝はいつものシルキーに戻っていたのでなんとか大丈夫な気もしたが、気を緩めるとはにかみシルキーが想起されていろいろ駄目な感じになりそうだった。非モテの経験のなさ極まれりである。

 いかに普通に振舞うかを真面目に考えながら馴染みの朝市の通りへと入れば、そこは相変わらず賑やかで、日常のルーチンに戻ってきたようでリカルドはちょっと落ち着いた。


(ここに来るのも一週間ぶりくらいかな)


 相変わらず冬でも活気があるなと眺め歩いていると湯気の立つ屋台に目が止まり、そういえば……と、穴人ドワーフの里へ行く道中、立ち寄った町で買い食いした事を思い出した。


(あのソーセージやばかったよなぁ……)


 普通に屋台で買ったソーセージが、口に入れたら生臭い上にとんでもなく辛くてリカルドは即行で飲み下して異空間におさめたのだが、人の身であったならばその場で吐きかねない劇物だったのだ。

 ちなみに、これはリカルドが特別やばい店を引き当てたというわけではなく、食事の水準が高いグリンモアと違って他国では大体そんなものだったりする。

 もちろん普通に食べられるものもあるのだが、腸詰などの中に何が詰められているのかわからないタイプの肉は買う店を選ばないといけないのは、グリンモアのような国を除けばどの国でも一般常識に近い。悪質なケースで臓物や食用に向かない肉を混ぜ込む店もあるからだ。

 リカルドも後でバートに『グリンモア以外では確信が持てない店の肉は買わない方がいいぞ』と言われて、俺はいったい何を食ったんだ……と思ったが、未だにそれは謎のままである(知る勇気がない)。


(やっぱグリンモアこの国にして良かった……)


 他国に行くことで自国(ではないが)の良さがわかる、あるある話である。

 ご飯がおいしいって大事だしなとリカルドは内心頷きながら、いつもの卵屋のおばちゃんに挨拶して卵をもらい、あれこれと見て回りつつ肉屋にいって各種肉類を包んで貰って籠に詰めた。


「旦那、しばらく見なかったが出掛けてたのかい? あの坊主も見掛けないし」


 凍結防止用の布に包んだ卵が壊れないよう籠の中を調整していると肉屋のオヤジに聞かれ、えぇまぁとリカルドは頷いた。


「嫁さん一人残して?」

「……いえ、今うちで預っている方がいるので一人ではないですよ」


 言葉の裏に、病弱な嫁さん残して出たのか?という意図を感じて否定すれば、オヤジは何故か声を潜めた。


「男じゃないよな?」

「え? えぇ、はい。女性ですが」

「……なら、大丈夫だろうが」


 意味深な言葉を呟くオヤジに、何なんだ?と首を傾げれば、オヤジはさらに声を潜めた。


「旦那も気をつけな。自分より若い男が目の前をうろつけば、いろいろ起こるかもしれん。留守にしてたら尚更な」

「……はぁ」


 深刻な声音で忠告されたが、リカルドはどういう意味だ?と考えて――浮気の話か。と気づいた。そしておそらくオヤジの方では何かあったのだろうとも察してしまった。

 店頭におかみさんの姿がない事にいろいろと想像が巡りそうになるが、いやいや人様の事情を考えるのはな……と止めて、前に見た時は仲良さそうだったのになぁと夫婦関係の難しさというか、普遍的なものなどないのだと世の無常さを感じさせられたような気持ちになるリカルド。


「そういや英雄が戻ってきたって話は聞いたかい?」

「いえ、そうなんですか?」


 声音を戻して言ったオヤジに合わせリカルドも返せば、オヤジは頷いた。


「うちの聖女様と一緒にな」

「一緒に?」

「なんでも例の勇者の末裔はうちの聖女様を護衛してくれていたらしくてな……亡くなっちまったもんだから、英雄がその護衛の役目を引き継いでここまで戻ってきてくれたらしいんだ。やっぱりあの人は義理堅いって飲み屋のオヤジが言ってたよ」


 しみじみ言うオヤジに、はて?と内心首を傾げるリカルド。


(ダグラスさんはそんな事言ってなかったけど……)


 ダグラスだけでなくジョルジュもラドバウトがクシュナの護衛をしているという話はしていなかった。

 守秘義務的な何かがあったのか、それともどこかで情報が錯綜したのかな?とリカルドは思いつつ、後で調べればいいやと考えて適当なところで切り上げ家へと足を向けた。

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