第128話 セーフだと思ったけど、別の意味でセーフじゃない気が……

 転移した先は神柱ラプタスの執務室。

 そこはリカルドが以前行った事のある神柱ラプタスの私室と同様、装飾がほとんどない質素な部屋で、神柱ラプタスは年季の入った飴色の机に向かい書類に目を通している姿で止まっていた。

 他に人の姿はなく、ドアは一つ。そしてそのドアの向こうの控えの小部屋も護衛と側仕えがそれぞれ一人のみ。


(眠らせて、ってのも出来なくはないけど……)


 前回と違い、今は神柱ラプタスが元気に仕事をしているので突発的に人がやってくる可能性はそこそこあった。

 となるとやっぱり止めた時こっちに入れた方が楽だなとリカルドは方針を決め、神柱ラプタスを部屋ごと止めた時の中へと引き入れた。

 その瞬間、ふっと空気が動き、神柱ラプタスは何かを感じたのか顔を上げた。


「夜分に失礼します」


 視線が合ったところでリカルドが頭を下げると、神柱ラプタスは大きく目を開いてガタリと椅子から立ち上がった。


「……魔導士さん」

「ご無沙汰しております」


 いつもの微笑みで挨拶するリカルドに、しかし神柱ラプタスの表情は硬く優れなかった。

 それどころか、神柱ラプタスは覚悟を決めたような顔でリカルドの前にやってくると、いきなりその場に膝をついた。


「魔導士さん——いえ、審判者ディエティティスに申し上げます。ヒルデリアの教会の不始末は私の力不足が原因です。彼らは厳しい環境の中、責務を果たそうと気持ちが先走ったに過ぎません。罰は諌める事の出来なかった私だけに留めていただけますよう伏してお願い申し上げます」


(――はい?)


 唐突な言動に、危うく素で聞き返しそうになったリカルド。

 え、何ごと?何で俺、膝つかれてんの??と訳がわからず、咄嗟に神柱ラプタスを止めた時の中から出して虚空検索アカシックレコードで確認し、結果に噴いた。


「ちょ、なんで俺が女神の使徒なんてものになってんの?!」


 何故かリカルドは神柱ラプタスに、女神の使徒と言われている審判者ディエティティスなる者だと思われていた。

 何でそんな御大層そうなものに間違われたんだとリカルドは続けて調べて、さらに噴いた。

 なんと神柱ラプタスには神眼オプタルモイという女神に与えられた特殊な目が代々受け継がれているらしく、魂の性質や強さを見る事が出来るその目によって、出会った当初から人間ではないとバレていた事が判明。


(ちょっ、え、ちょっ、え!?)


 動揺して思考が空回りするリカルドは置いといて、事の次第を神柱ラプタス側から見ると次の通りとなる。


 神柱ラプタスはこの教会本部の私室で初めてリカルドを目にした時、その魂の外側がドス黒い魔族の色で、内側が淡い橙の人の色という見た事もない配色に驚き、同時に人ならざる者だと理解して瞬時に動揺を押し殺していた。

 何故こんな存在が教会の深部に現れたのか。神柱ラプタスという立場の自分を利用するつもりで近づいてきたのか。もしそうなら相打ち覚悟で仕掛ける事も——。

 あの時、一瞬でそこまで思考が巡った神柱ラプタスだったが、魔に敏感なダグラスが一切警戒していない様子から違和感を覚え、冷静に見れば纏う気配が清廉(ドM結界の副産物)な事に気付いた。

 その直後に見せられたのが七首鎌竜ニーヂェズの映像で、続けて説明された内容にまさかとダグラスへ目をやれば頷かれ、状況のまずさに何を優先すべきか僅かに迷った。だがそれも刹那で、今すぐ脅威とはならなそうな目の前の存在よりも、七首鎌竜ニーヂェズの対応が先だと判断。不自然にならないよう会話を繋ぎながら牽制も入れ、正体に気づいている事を悟らせないようにしつつ、反応を見ると共に、使えるものならばとその力を利用して事態収拾を図った。

 その後、事後処理の手筈を急ぎ整えたところでダグラスに何者なのかと問い合わせ、返ってきた話から、やはり人に対して悪意や敵意を持っている相手ではなさそうだと帰結した。が、ならばあの存在は何なのか?という謎は残ってしまった。

 纏う気配は清廉なれど、魂の色は間違いなく半分は魔族のそれ。しかも色からして相当強い高位の魔族。もう半分は人だが、そちらはこれといって特色のない普通の人の色。単純に考えれば魂の強さと同じく、その性質は魔族側が強い筈。それなのに気配は清廉で人に対して悪意も敵意もない。

 果たしてそんな存在がいるのだろうかと神柱ラプタスは考え込み、そこではたと思い出した。教会に伝わる古い言い伝え、時代の転換期に現れ悪しき者を罰し正しき者を導く女神の使徒――審判者ディエティティスが、『人ならざる人』だと言われていた事を。

 神柱ラプタスはそれまで『人ならざる人』が何を意味しているのかわからなかったのだが、考えれば考える程これに当てはまる存在は他にないように思え、そしてあれほど魂の強さに差があるにもかかわらず、人の部分が呑み込まれていない理由も審判者ディエティティスという特殊な存在ならば納得がいった。加えて、死ぬ運命にあった自分が生かされたという事実や、グリンモアで占いをしながら人を助けているという話の全てが符合し、審判者そうであると確信(不正解)。

 そこからすぐにエヒャルトやダグラスに知らせようとして、勝手にその正体を明かしてはならないかと踏みとどまり、代わりに審判者ディエティティス(違う)に対して下手なことをしないよう、手出し厳禁の意味で免罪符を出したという訳である。

 ヒルデリアの教会から免罪符の問合せが来た時には、まさかと思い慌てて事実確認すると、グリンモアの教会が審判者ディエティティス(違う)の知人(本人)に聖女の護衛を依頼した事がわかり焦った。ヒルデリアの教会は独自の思想を持ち、他所から来た者を下に見る傾向がある。たとえ審判者ディエティティス本人でなくとも(違うし、本人――以後略)、その関係者、しかも免罪符を譲渡した者に対してそのような態度を取ればどうなるか(トレイに駆け込んだ二名を除いて、特にどうもならない)。

 急ぎヒルデリア側に事情を説明するべきか、それとも自分が赴いて謝罪すべきかと考えたが、既に衝突してしまった様子があり、ここで下手に誤魔化すような事をすれば余計に不興を買う可能性もあると、神柱ラプタスは処罰を受ける覚悟で、あるがままを見てもらう選択を取った。

 ただ、神柱ラプタスはその覚悟をするとともに、審判者ディエティティスの関係者がいるならヒルデリアは落ちないだろうと安堵もしていたが。

 そうして審判者ディエティティスの関係者には十分な報酬を出せるように手を回し、残るはヒルデリアの者達と自分への沙汰を待つのみだと、免罪符を渡したいという名目の面会希望の伝言をダグラスに託して粛々と日々を過ごし、今に至る。


 動揺していたリカルドも、どうにか状況を把握すると、これはセーフなのかアウトなのかどっちだと考え、一応討伐対象じゃないからセーフか?と首を傾げた。


(あ、いやでも本物の審判者それが出てきたらまずい事になるか)


 なんだお前偽物か!みたいな感じで。と思って本物がどこにいるのかと調べると、どこにもいなかった。

 時代の転換期じゃないから現れてないのか?と調べ直すが、これまた否定。

 んん?と首を捻ったリカルドは審判者ディエティティスについて調べて脱力した。


酒飲みあれの作り話かよ……)

 

 審判者ディエティティスとは、教会の自浄作用目的で女神が大昔に作ったフィクションであった。簡単に言うと悪い事したら審判者ディエティティスが出てきて罰しちゃうぞ、といった感じの。日本風に言えば『なまはげ』みたいなものだ。

 神託を用いて人に伝えられた話なのだが、実際はいないので誰もその姿を見たことがなく、次第に時代の転換期といった重要な時期に現れるのでは?と内容が変化して、段々と話自体も廃れて、現在では古い言い伝え程度にしか残っていないという代物である。

 従ってここでリカルドが審判者ディエティティスの振りをしようと本物が現れる事はなく、また女神もその運用を忘れているっぽいので誰に迷惑が掛かるわけでもないと思われた。

 これなら問題はなさそうだとリカルドは考え——いやでもこれ、『えぇ私が女神の使徒です』って言うの?と想像した。


(……)


 己は何を言ってるんだろうか感がすごかった。

 いや、リカルドもわかっている。状況的にそうするのが楽だし安定択だ。

 だがなんかこう『女神の使徒です』とか素面で言うのが精神的に辛かった。

 あと、酒飲み女神に借りを作るようでちょっと癪だった。


(っていうかあの酒飲み、神眼そういう能力を渡してるなら渡してるって教えてくれてもいいだろ……うちを酒飲み場にしてんだから……)


 俺が滅されたら飲むとこないだろと呟くリカルドだが、女神が聞けば『ぬしが人間に滅せられるわけなかろう』と鼻で笑っただろう。

 ちなみにもう一つ余談であるが、酒飲み女神は神眼オプタルモイという能力をリカルドに教える教えない以前に、人に渡した事自体忘れている。言われれば、あぁそういえばと思い出すだろうが、ナクル以外興味がなかったので仕方がない。

 まぁ幸いというか、そのおかげで未だリカルドが己の使徒扱いされている事にも気づいていないのだが。気づいていれば酒の席でリカルドを指差して爆笑していたであろう。


(……それっぽく振る舞って流すか)


 審判者ディエティティスではないと否定は出来ないが、肯定もしたくない。

 そうすると、残る選択肢は『審判者そうですけど自分からは認めませんよ』的な感じですっとぼけるぐらいだった。

 すっとぼけたところで使徒の振りをしている事には変わらないのだが、『自分から認めてはないから』と言い訳が出来るならと、無駄な抵抗をする死霊魔導士リッチである。

 リカルドはその対処でいけるか確認すると、いつもの微笑みを浮かべ直し、神柱ラプタスを止めた時の中へと戻した。


「猊下、いかがされました?」


 神柱ラプタスに視線を合わせるようにリカルドも膝をつけば、神柱ラプタスは驚いたように顔を上げてリカルドを見た。


「ヒルデリアの教会というと、魔族の侵攻を身体を張って防いだ方々ですよね? 彼らを罰そうとする者などいないと思うのですが」

「それは……」


 リカルドの言葉に、罰する気はないのだとすぐに悟る神柱ラプタス


「膝が痛みますから、どうぞお立ちください」


 神柱ラプタスはリカルドに手を引かれ立ち上がりながら、その穏やかな表情かおを見て、自分が思い違いをしている事に気が付いた。

 審判者ディエティティスは人ならざる人。人のように見えて人ではない。ならばその判断の基準も、人と同じである筈がないではないか。そもそも人の基準であれば、一番最初、エヒャルトが剣を振り下ろしたあの時に罰せられていてもおかしくなかったではないか。と。


「仮に私が何か判断を下す者だとしても、命を掛けて人の地を守った方をどうこうするなど気が咎めますよ」


 苦笑して首を振り、まぁ私はただの占い師ですけどねと付け加えるリカルドに、神柱ラプタスはリカルドが審判者ディエティティスである事を明かす気がないのだと読み取った。

 ならば、女神を信奉する者としてそれに従うのが己の務め。勝手に人の基準に当てはめ誤解してしまった非礼の償いも含めて、その行く先を支えるのが役目である。

 神柱ラプタスは身の内に新たな使命感を芽吹かせると、しゃんと背を伸ばし、柔らかな笑みを浮かべた。


「失礼しました。いえ、ごめんなさい。おかしな事を言ってしまいましたね」


 口調を戻した神柱ラプタスに、あ。察してくれたっぽい。とリカルドは気付き、いえいえと軽く首を振った。


「お仕事を詰め込み過ぎではないですか? この時間まで起きていらっしゃったというのも少々心配です」

「大丈夫ですよ。以前よりも身体の調子は良いですし、いつもはもう少し早く休んでいますから」

「そうですか?」

「ええ。ところで今日はどうなさいました? 何か御用が……あ。ごめんなさい、そうでした、免罪符の件で私がお呼び立てしたのでしたね」


 言いながら慌てて机に戻ろうとする神柱ラプタスを、リカルドは呼び止めた。


「いえ、今日は猊下にお願いがあって参りました」


 神柱ラプタスはぴたりと動きを止めて、お願い?と振り向いた。


「実は私のところにお客様としていらっしゃった方が、即死病の治療に手が届きそうなのです」

「即死病の治療……というと、あの即死病の?」


 聞き返す神柱ラプタスにリカルドは頷いて、簡単に事情を説明。話を聞いた神柱ラプタスは頬に手を当て、なるほど……と呟いた。


「その方と協力すれば教会は即死病を治療出来るようになる。けれどその為には、闇魔法に対する人々の意識を変えねばならないという事ですか」

「意識改革を先にするのか、それとも実績を積み重ねる事で人の意識を変えていくのか。それは今来られているお客様と確認していただきたく思いますが、いずれにせよ最終的にはそのような流れをご希望されているかと思います」


 それが目的だしな。と思いつつリカルドが答えると、神柱ラプタスは一度目を閉じてそっと息を吐き、ゆっくりと目を開けて決意の籠った強い眼差しをリカルドに向けた。


「承知いたしました。全力を尽くします」


(……いやいやちょっと待って神柱ラプタスさん。なんか勘違いしてません?)


 静かだが妙な気迫を感じて、もう一度神柱ラプタスを止めた時から出して確認するリカルド。その結果、予感した通り神柱ラプタス審判者ディエティティスから己への下命だと誤認している事がわかった。


「あの、猊下、無理にとは申しておりません。教会が出来る範囲で、出来る事をお客様先方と話し合っていただければと私は考えております」

「ええもちろん。教会が出来る事をさせていただきます」


 訂正を試みるが力強く微笑まれ、あー……これ伝わってない……と思うリカルド。再度神柱ラプタスを止めた時から出して訂正の仕方を確認したが、やる気満々の神柱ラプタスは無敵であった。

 これどうしよう……とリカルドは迷い、しかしここまできてザックさんに紹介しないのもあれだよなと、無茶な事をしないようにフォローすればなんとかなるだろうという事にして(現実から目を逸らしたとも言う)、そのまま占いの館へと転移する事に。

 自分の手に神柱ラプタスの手を乗せて貰い「行きます」と声を掛けてから占いの館へと転移したリカルドは、同時にザックを止めた時の中へと引き入れた。


「お待たせいたしましたお客様。こちらがお客様に紹介させていただきたかった方です」


 リカルドが椅子に座ったままのザックに声を掛ければ、ザックは神柱ラプタスを見て、そしてそのまま視線をリカルドへとスライドした。


「……賢者殿。目の錯覚だろうか。神柱ラプタスのように見受けられるのだが」


 さっきと言ってなかったか?という意味合いを多分に含んだ言葉だったが、神柱ラプタスの方に気を回していたリカルドは気付かずスルー。


「はい。おっしゃる通り神聖国で神柱ラプタスをされているラフラ様です。猊下、こちらジュレに所属されている冒険者のザックさんです」


 リカルドが二人を紹介すると、神柱ラプタスはザックに向けて丁寧に頭を下げた。


「初めまして、神柱ラプタスの任に就いておりますラフラと申します。本日は貴重なお時間をいただき誠にありがとうございます」


 ザックは神柱ラプタスの挨拶に束の間沈黙し、「暫しお待ちいただきたい」と言って立ち上がると、リカルドの腕を掴み、さして広くもない部屋の壁際、垂れ幕の陰まで引っ張っていった。そして、


「賢者殿、何をどう言って神柱ラプタスなんてものを連れて来たのだ。いやその前にあれは本当に神柱ラプタスなのか? あぁいや、賢者殿が連れてきたという事は本物なのであろうが、しかしそうだとしてもここまで丁重に扱われる覚えなどないのだが??」


 防音を掛けて困惑も顕わに早口で尋ねた。

 神柱ラプタスが目の前にいたのでどうにか動揺を抑えていたが、頭の中は大混乱のザックである。

 リカルドはわかりやすく動揺しているザックを前にして、なんかすみません……と内心謝罪。

 リカルドとしても神柱ラプタスのところへ行く前は、ザックと神柱ラプタスの相性が悪くないかとか、神柱ラプタスが今回の話に乗ってくれるのかとか、そういう事を気にしていたのだが、今はもう神柱ラプタスが変に突っ走らないかが心配でしょうがない。


「以前お会いした時に即死病の治療について興味がありそうなご様子だったので、事情を話して来ていただきました。間違いなくご本人ですし、お客様が即死病の治療を可能とさせる重要人物だからこそのご対応だと思いますよ」


 俺もこんな予定じゃなかったんです……と思いつつ、微笑みのままあたり触りない感じで説明すればザックは眉間に皺を刻んだ。


「……俄かには信じ難いが……他ならぬ賢者殿の紹介だからな」


 ザックは迷いを振り切るように頭を振ると、頷いた。


「どのような結果になるかはわからないが、やるだけやってみよう」


 そう言って防音を解き、神柱ラプタスのもとへと戻るザック。


ジュレ所属の冒険者、ザックだ。来ていただき感謝する」


 ザックが改めて返礼すると、神柱ラプタスはよろしくお願いいたしますと何事もなかったかのように応じ、一緒に戻ってきていたリカルドがそれぞれに椅子を促して、ついでに足りなくなった椅子を一つ作って自分も座り、ひとまず場は整った。

 

「さっそくですが、ザック様はどのようにお考えなのかお聞かせいただいてもよろしいですか?」

「様……いや、あー……こちらは教会に、回復魔法の使い手の協力を取り付けたいと考えている」


 初手呼びに困惑がぶり返すザックだが、それを抑えて返答した。

 回復魔法の使い手がいなければ、即死病の治療は完成しない。よってまずは即死病で倒れた人間に闇魔法を行使する事を教会側に黙認してもらい、かつ回復魔法の使い手に協力してもらって、実績を作るところからとザックは考えていた。

 尚、本当はもっと治療による教会側のメリットだとかを並べて理論整然と説得する予定だったのだが、どこかの誰かのせいで綺麗に頭からすっ飛んでしまっているザックである。


「実績優先という事ですね。承知いたしました。そのように対応いたします。その後はどのようにお考えでしょうか?」

「その後……」


 ザックは教会と協力関係を築くところが今回の計画の最大の山場だと考えていたのだが、その山場が騎上から見る景色のようにさらりと通り過ぎてしまった。そうなるとその後と言われても、治療の実績を増やす?ぐらいの事しか具体案が無い。


「私は即死病の治療が可能となれば、教会がこれまで闇魔法の習得を控えるようにと発信してきた事を撤回し、公に謝罪する事も可能だと考えております」

「……は?」


 教会が謝罪?と予想外の言葉が飛び出て聞き返すザックに、神柱ラプタスは視線を定めたまま首肯した。


「教会が闇魔法に対して否定的――その習得を阻んできたのは、闇魔法を習得する事によって犯罪に巻き込まれる者が出ないようにしたいという意図からです」

「犯罪……」


 は、確かに否定は出来ないが……と呟くザック。

 闇魔法の多くは裏の社会で重宝される類のものが多く、実際そちらで金を稼ぐ者も多い。


「これから教会が行ってきた対応を全て話しますが、これは闇魔法使いのザック様に許しを得ようと思ってという事では無く、協力関係を築くためには私共の思考を理解していただけるよう、情報を開示すべきと判断したためである事を前置きさせていただきます」


 神柱ラプタスはザックに余計なバイアスを掛けないよう事務的にそう言ってから、戸惑うザックに教会が闇魔法の習得を阻むようになった理由を話し始めた。

 その話をざっくり要約すると、数百年前に神柱ラプタスが闇魔法使いの子供に暗殺された事があったため、闇魔法の素質を持つ子供らが犯罪に利用されないよう闇魔法を避けるよう世論を操作。そしてそれによって家を失ったり居場所を失った者達を教会とは切り離した組織を作って保護し、闇魔法以外の方法で自立出来るよう支援。現在に至るまで継続して行ってきたという内容だった。


 話を黙って最後まで聞いたザックは再び眉間に皺を寄せた。


神柱ラプタスの暗殺、などという話は聞いた事がないが?」


 もしそれが本当なら、世界に大きな衝撃が走る筈。例え数百年前の事だったとしても話として残っていないのは不自然ではないかと指摘するザックに、神柱ラプタスは頷いた。


「公表すれば闇魔法使いを排斥する動きが出かねないと判断し、次期神柱ラプタスが中心となって暗殺の事実を伏せ、病死としました。この事を知るのは教会内でも限られた者だけです」

「……」


 事実を事実として語る神柱ラプタスの言葉は淡々としていて、教会は世の闇魔法使いを守ったのだと恩を着せるような響きはない。

 それがわかったザックはさらに難しい顔をして考え込んだ。


「……教会は闇魔法使いを世間から排除する気はなかったという事か」

「厳密に言えば、教会はというより神柱ラプタスを中心とする者達は、です。

 闇魔法自体も排除する気はありませんでしたが、闇魔法の習得者が裏社会から自力で身を守れるのかどうか見分ける方法がなく、一律に習得を妨害するという荒いやり方になり、現在に至るまで教会の中でも闇魔法に拒否反応を示す者を生む結果となりました」


 神柱ラプタスの言葉に意識的に息を吐きながら目を伏せるザック。

 神柱ラプタスの話は、理解は出来る。しかし納得は出来ない。

 ザックの率直な感想はそれだ。だが、


「わかった。教会の中枢神柱が闇魔法を敵視していないというのなら、こちらには都合がいい」


 過去の屈辱や言いようのない感情を合理的判断の下に吞み込んだザック。

 神柱ラプタスは無言で静かに頭を下げた。


「だが、この魔法は闇魔法使いであれば誰でも使えるといったものではない。

 もしこの魔法を闇魔法の素質を持つ者に習得させ、生きる道にしようと考えているのならそれは夢をみているのと同義だ」


 頭を下げた神柱ラプタスに、現実的ではないぞと話すザック。

 神柱ラプタスは頭を上げると、それでもと答えた。


「ゼロでないなら、道は作れます」


 神柱ラプタスの迷いのない眼に――リカルドは一旦、二人を止めた時から出した。

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