第128話 セーフだと思ったけど、別の意味でセーフじゃない気が……
転移した先は
そこはリカルドが以前行った事のある
他に人の姿はなく、ドアは一つ。そしてそのドアの向こうの控えの小部屋も護衛と側仕えがそれぞれ一人のみ。
(眠らせて、ってのも出来なくはないけど……)
前回と違い、今は
となるとやっぱり
その瞬間、ふっと空気が動き、
「夜分に失礼します」
視線が合ったところでリカルドが頭を下げると、
「……魔導士さん」
「ご無沙汰しております」
いつもの微笑みで挨拶するリカルドに、しかし
それどころか、
「魔導士さん——いえ、
(――はい?)
唐突な言動に、危うく素で聞き返しそうになったリカルド。
え、何ごと?何で俺、膝つかれてんの??と訳がわからず、咄嗟に
「ちょ、なんで俺が女神の使徒なんてものになってんの?!」
何故かリカルドは
何でそんな御大層そうなものに間違われたんだとリカルドは続けて調べて、さらに噴いた。
なんと
(ちょっ、え、ちょっ、え!?)
動揺して思考が空回りするリカルドは置いといて、事の次第を
何故こんな存在が教会の深部に現れたのか。
あの時、一瞬でそこまで思考が巡った
その直後に見せられたのが
その後、事後処理の手筈を急ぎ整えたところでダグラスに何者なのかと問い合わせ、返ってきた話から、やはり人に対して悪意や敵意を持っている相手ではなさそうだと帰結した。が、ならばあの存在は何なのか?という謎は残ってしまった。
纏う気配は清廉なれど、魂の色は間違いなく半分は魔族のそれ。しかも色からして相当強い高位の魔族。もう半分は人だが、そちらはこれといって特色のない普通の人の色。単純に考えれば魂の強さと同じく、その性質は魔族側が強い筈。それなのに気配は清廉で人に対して悪意も敵意もない。
果たしてそんな存在がいるのだろうかと
そこからすぐにエヒャルトやダグラスに知らせようとして、勝手にその正体を明かしてはならないかと踏みとどまり、代わりに
ヒルデリアの教会から免罪符の問合せが来た時には、まさかと思い慌てて事実確認すると、グリンモアの教会が
急ぎヒルデリア側に事情を説明するべきか、それとも自分が赴いて謝罪すべきかと考えたが、既に衝突してしまった様子があり、ここで下手に誤魔化すような事をすれば余計に不興を買う可能性もあると、
ただ、
そうして
動揺していたリカルドも、どうにか状況を把握すると、これはセーフなのかアウトなのかどっちだと考え、一応討伐対象じゃないからセーフか?と首を傾げた。
(あ、いやでも本物の
なんだお前偽物か!みたいな感じで。と思って本物がどこにいるのかと調べると、どこにもいなかった。
時代の転換期じゃないから現れてないのか?と調べ直すが、これまた否定。
んん?と首を捻ったリカルドは
(
神託を用いて人に伝えられた話なのだが、実際はいないので誰もその姿を見たことがなく、次第に時代の転換期といった重要な時期に現れるのでは?と内容が変化して、段々と話自体も廃れて、現在では古い言い伝え程度にしか残っていないという代物である。
従ってここでリカルドが
これなら問題はなさそうだとリカルドは考え——いやでもこれ、『えぇ私が女神の使徒です』って言うの?と想像した。
(……)
己は何を言ってるんだろうか感がすごかった。
いや、リカルドもわかっている。状況的にそうするのが楽だし安定択だ。
だがなんかこう『女神の使徒です』とか素面で言うのが精神的に辛かった。
あと、酒飲み女神に借りを作るようでちょっと癪だった。
(っていうかあの酒飲み、
俺が滅されたら飲むとこないだろと呟くリカルドだが、女神が聞けば『
ちなみにもう一つ余談であるが、酒飲み女神は
まぁ幸いというか、そのおかげで未だリカルドが己の使徒扱いされている事にも気づいていないのだが。気づいていれば酒の席でリカルドを指差して爆笑していたであろう。
(……それっぽく振る舞って流すか)
そうすると、残る選択肢は『
すっとぼけたところで使徒の振りをしている事には変わらないのだが、『自分から認めてはないから』と言い訳が出来るならと、無駄な抵抗をする
リカルドはその対処でいけるか確認すると、いつもの微笑みを浮かべ直し、
「猊下、いかがされました?」
「ヒルデリアの教会というと、魔族の侵攻を身体を張って防いだ方々ですよね? 彼らを罰そうとする者などいないと思うのですが」
「それは……」
リカルドの言葉に、罰する気はないのだとすぐに悟る
「膝が痛みますから、どうぞお立ちください」
「仮に私が何か判断を下す者だとしても、命を掛けて人の地を守った方をどうこうするなど気が咎めますよ」
苦笑して首を振り、まぁ私はただの占い師ですけどねと付け加えるリカルドに、
ならば、女神を信奉する者としてそれに従うのが己の務め。勝手に人の基準に当てはめ誤解してしまった非礼の償いも含めて、その行く先を支えるのが役目である。
「失礼しました。いえ、ごめんなさい。おかしな事を言ってしまいましたね」
口調を戻した
「お仕事を詰め込み過ぎではないですか? この時間まで起きていらっしゃったというのも少々心配です」
「大丈夫ですよ。以前よりも身体の調子は良いですし、いつもはもう少し早く休んでいますから」
「そうですか?」
「ええ。ところで今日はどうなさいました? 何か御用が……あ。ごめんなさい、そうでした、免罪符の件で私がお呼び立てしたのでしたね」
言いながら慌てて机に戻ろうとする
「いえ、今日は猊下にお願いがあって参りました」
「実は私のところにお客様としていらっしゃった方が、即死病の治療に手が届きそうなのです」
「即死病の治療……というと、あの即死病の?」
聞き返す
「その方と協力すれば教会は即死病を治療出来るようになる。けれどその為には、闇魔法に対する人々の意識を変えねばならないという事ですか」
「意識改革を先にするのか、それとも実績を積み重ねる事で人の意識を変えていくのか。それは今来られているお客様と確認していただきたく思いますが、いずれにせよ最終的にはそのような流れをご希望されているかと思います」
それが目的だしな。と思いつつリカルドが答えると、
「承知いたしました。全力を尽くします」
(……いやいやちょっと待って
静かだが妙な気迫を感じて、もう一度
「あの、猊下、無理にとは申しておりません。教会が出来る範囲で、出来る事を
「ええもちろん。教会が出来る事をさせていただきます」
訂正を試みるが力強く微笑まれ、あー……これ伝わってない……と思うリカルド。再度
これどうしよう……とリカルドは迷い、しかしここまできてザックさんに紹介しないのもあれだよなと、無茶な事をしないようにフォローすればなんとかなるだろうという事にして(現実から目を逸らしたとも言う)、そのまま占いの館へと転移する事に。
自分の手に
「お待たせいたしましたお客様。こちらがお客様に紹介させていただきたかった方です」
リカルドが椅子に座ったままのザックに声を掛ければ、ザックは
「……賢者殿。目の錯覚だろうか。
さっきそれなりのと言ってなかったか?という意味合いを多分に含んだ言葉だったが、
「はい。おっしゃる通り神聖国で
リカルドが二人を紹介すると、
「初めまして、
ザックは
「賢者殿、何をどう言って
防音を掛けて困惑も顕わに早口で尋ねた。
リカルドはわかりやすく動揺しているザックを前にして、なんかすみません……と内心謝罪。
リカルドとしても
「以前お会いした時に即死病の治療について興味がありそうなご様子だったので、事情を話して来ていただきました。間違いなくご本人ですし、お客様が即死病の治療を可能とさせる重要人物だからこそのご対応だと思いますよ」
俺もこんな予定じゃなかったんです……と思いつつ、微笑みのままあたり触りない感じで説明すればザックは眉間に皺を刻んだ。
「……俄かには信じ難いが……他ならぬ賢者殿の紹介だからな」
ザックは迷いを振り切るように頭を振ると、頷いた。
「どのような結果になるかはわからないが、やるだけやってみよう」
そう言って防音を解き、
「
ザックが改めて返礼すると、
「さっそくですが、ザック様はどのようにお考えなのかお聞かせいただいてもよろしいですか?」
「様……いや、あー……こちらは教会に、回復魔法の使い手の協力を取り付けたいと考えている」
初手様呼びに困惑がぶり返すザックだが、それを抑えて返答した。
回復魔法の使い手がいなければ、即死病の治療は完成しない。よってまずは即死病で倒れた人間に闇魔法を行使する事を教会側に黙認してもらい、かつ回復魔法の使い手に協力してもらって、実績を作るところからとザックは考えていた。
尚、本当はもっと治療による教会側のメリットだとかを並べて理論整然と説得する予定だったのだが、どこかの誰かのせいで綺麗に頭からすっ飛んでしまっているザックである。
「実績優先という事ですね。承知いたしました。そのように対応いたします。その後はどのようにお考えでしょうか?」
「その後……」
ザックは教会と協力関係を築くところが今回の計画の最大の山場だと考えていたのだが、その山場が騎上から見る景色のようにさらりと通り過ぎてしまった。そうなるとその後と言われても、治療の実績を増やす?ぐらいの事しか具体案が無い。
「私は即死病の治療が可能となれば、教会がこれまで闇魔法の習得を控えるようにと発信してきた事を撤回し、公に謝罪する事も可能だと考えております」
「……は?」
教会が謝罪?と予想外の言葉が飛び出て聞き返すザックに、
「教会が闇魔法に対して否定的――その習得を阻んできたのは、闇魔法を習得する事によって犯罪に巻き込まれる者が出ないようにしたいという意図からです」
「犯罪……」
は、確かに否定は出来ないが……と呟くザック。
闇魔法の多くは裏の社会で重宝される類のものが多く、実際そちらで金を稼ぐ者も多い。
「これから教会が行ってきた対応を全て話しますが、これは闇魔法使いのザック様に許しを得ようと思ってという事では無く、協力関係を築くためには私共の思考を理解していただけるよう、情報を開示すべきと判断したためである事を前置きさせていただきます」
その話をざっくり要約すると、数百年前に
話を黙って最後まで聞いたザックは再び眉間に皺を寄せた。
「
もしそれが本当なら、世界に大きな衝撃が走る筈。例え数百年前の事だったとしても話として残っていないのは不自然ではないかと指摘するザックに、
「公表すれば闇魔法使いを排斥する動きが出かねないと判断し、次期
「……」
事実を事実として語る
それがわかったザックはさらに難しい顔をして考え込んだ。
「……教会は闇魔法使いを世間から排除する気はなかったという事か」
「厳密に言えば、教会はというより
闇魔法自体も排除する気はありませんでしたが、闇魔法の習得者が裏社会から自力で身を守れるのかどうか見分ける方法がなく、一律に習得を妨害するという荒いやり方になり、現在に至るまで教会の中でも闇魔法に拒否反応を示す者を生む結果となりました」
ザックの率直な感想はそれだ。だが、
「わかった。
過去の屈辱や言いようのない感情を合理的判断の下に吞み込んだザック。
「だが、この魔法は闇魔法使いであれば誰でも使えるといったものではない。
もしこの魔法を闇魔法の素質を持つ者に習得させ、生きる道にしようと考えているのならそれは夢をみているのと同義だ」
頭を下げた
「ゼロでないなら、道は作れます」
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