第126話 ほっと一息。それから教会へ

 死屍累々。

 死霊魔導士リッチとして本領を発揮したかのように、酔い潰れ生きる屍を宴会場に大量生産したリカルド。

 ケイオスには敬服するような目を向けられたが、バートとニケルスにはもはや驚きも呆れもなくただ達観した目で見られた。

 尚、樹には「もしかして解毒しながら飲んでるんですか?」とこそっと聞かれ、リカルドは口元に指を一本立ててにっこり微笑み返した。誤解を招いていくスタイルの悪い大人である。


 そんなこんなで意識を保っている者が数える程となったので宴会は自動的にお開きとなり、リカルドの飲酒量にドン引きしていたメルディルスに連れられて、来客用の建物で翌日まで休む事となった。


 そして翌朝——を超えて、昼過ぎ。

 有耶無耶になってしまったヒヒイロカネの盗掘問題について、リカルドは来客用の建物にやってきた祭主まつりのつかさ達から、正式に疑いなしと宣言された。

 客観的な理由としては誰も成し得なかったヒヒイロカネの純度を出せる事、リカルドの所持している鉱石の量が盗掘だとは考え難い程多い事が上げられ、そして裏取りが取れないものの無視出来ない理由として地母神と面識がある事(ケイオスが精霊地母神の下へと向かった経緯を説明)、最後に酒飲み大会で一人勝ちをした事もそれなりに効いていた。

 今後についてはリカルドがヒヒイロカネを扱う事は止めない(現実的には止めようがない)が、表に出す時には穴人ドワーフの誰かに声をかけてほしい事、そして可能であればぜひとも穴人の里ここに卸してほしい事を要望された。

 これに対しリカルドは、基本的にどこかへ卸すつもりはないので、なにかする時はリッテンマイグスさんに声を掛けますとだけ答え長かった盗掘問題に終止符がついた。


 ちなみに保留にしていたカスル祭主まつりのつかさとの名を交わす儀式については、昨夜のうちにレウル祭主まつりのつかさが参戦して順番を争っていたらしく、カスルレウルの順でする事になっていた。

 残るウール祭主まつりのつかさは、実際にリカルドの作ったヒヒイロカネを目にしていなかったので半信半疑に留まり希望はなし。

 そうしてリカルドは二人の祭主まつりのつかさと名を交わしたのだが、交わした直後にヒヒイロカネ待ってるよいつでも来てくれていいぞと両サイドから物凄い圧で肩を掴まれたので、たぶんもう(面倒だから)穴人の里ここには来ないかなぁとか微笑み返しながら思っていたのは余談である。


「リカルドさん、帰りはどうします?」


 祭主まつりのつかさ達が世話になった礼として置いていった手土産を適当に分けながら帰り支度をしていると、樹がふとリカルドに尋ねた。


「どう?」

「現地解散するって言ってませんでしたっけ」

「あー……そういえば」


 当初はケイオス達のパーティーと来ると思っていなかったので現地解散するつもりでいたのだが、こうなるとどうしようかなと次の予定である竜人の里の祭りまでの日数を指折り考えるリカルド。


(余裕はあったと思うけど……えー……明々後日か。微妙だな。途中で戻らなきゃならなくなるし……準備と手順を確認するとなると……)


 やっぱり先に帰った方が無難かなと思ったリカルドは、予定を考えると戻らないとだねと樹に返し、バートに視線を向けた。


「バートさん、ちょっと用事があるのでグリンモアまで転移で帰ろうと思うんですけど、一緒に帰りません?」


 どうせならとリカルドが尋ねると、バートは苦笑いを浮かべた。


「騎獣を預けてるからな。それを回収して戻るから、気持ちだけ貰っておく」


 この里に入る直前、近くの集落にトナカイ似の騎獣を預けてたなとリカルドは思い出し、なるほどそれを返却するなら転移で戻ると怪しまれるかと理解。視線を樹に戻した。


「樹くんはバートさん達と戻る?」

「はい」


 パーティー行動中なのでとさっくり答える樹に、だよねと頷くリカルド。


「じゃあ……せめて嵩張る荷物を預かるよ。皆さんも良ければ。グリンモアに戻られたら渡せますから」


 お世話になったからと提案するリカルドに、バートは少し迷いつつケイオスとニケルスの二人と視線を交わし、なら少し頼めるか?と荷物を預けた。主に手土産にと渡された秘蔵の酒だとか装飾品だとかその辺だ。

 リカルドは預かったものを空間の狭間にしまうと、あぁそうだと開いていた空間の狭間から小さな袋を取り出した。


「ケイオスさん、これをどうぞ」

「これは?」

「精霊の欠片です。私が持っているよりケイオスさんが持っている方がいいと思うので」


 昨日、この来客用の建物に戻ってきたところでケイオスから返却されたのだが、残念ながら自分で持っていても使う機会がないリカルド。せいぜいその微妙に柔らかい感触を楽しむぐらいしか用途が無いので、それだったら理由を付けてケイオスに贈呈した方が役立つだろうと思ってだ。巻き込んですみませんでしたという意味も多分に含まれているが。


「だがこれは——」

「大地の精霊を説得するなんて誰でも出来ることじゃないですから。もちろん私にも無理です。昨日、穴人ドワーフの方がケイオスさんの事を地母神に認められたと話していましたが、私もそうだと思います。

 という事で、これを持つに相応しいのはケイオスさんなんですよ」


 事実を話に混ぜながら、リカルドはケイオスの手に袋を乗せた。


「返却は不可です。返されたらその辺に埋めときます」

「リカルド殿……」


 微笑みで退路を断つリカルドにケイオスは困ったような顔をして、しかしすぐに表情を引き締めた。


「……わかった。これに恥じぬよう、これからも精進しよう」


 そう言って頭を下げるケイオスに、リカルドは今のままでも十分ですよと思いながら頭を下げ、「それでは」と毎度のごとく軽い挨拶をしてその場から消えた。


「…………なんというか……お前の師匠、とんでもない人だったな」

「すごい人っていう空気感皆無な人だったけどな。精霊の欠片もあんなあっさり……」


 リカルドが消えた場所を見つめたまま呟いたバートとニケルスに、樹は笑った。


「リカルドさんって優しいんですよ」


 樹としては力があってもそれを誇るでもないリカルドの事を『人を威圧しない=優しい』と表現したのだが、それだけ聞くと師匠が大好きな感想にしか聞こえず、バートとニケルスは苦笑し、一人ケイオスだけが真面目にそうだなと同意していた。



 一方、家の庭へと戻ってきたリカルドは、庭に出た瞬間ハッとして腰を落とし身構えた。


〝神様何してるんです?〟

「……」


 目の前に普通に現れたウリドールに、あれ?と思うリカルド。それからすぐに非常食をシルキーに預けていた事を思い出した。つまりウリドールは特段に腹ペコ状態ではないというわけだ。

 リカルドはすっと姿勢を戻した。


「何か変わった事はなかったか?」


 そして何事もなかったかのように聞いた。

 さすが死霊魔導士リッチの精神耐——以下略。


〝変わった事ですか? うーん……あ、そういえば聖樹のとこがなんだか騒がしいですね〟

「聖樹のとこ?」

〝わさわさ人がいるんですよ。しかもいつも。聖樹のに何か聞いてるみたいなんですけどね〟


 〝何を聞いてるのか知らないですけど、あれじゃ騒がしくて行けないです〟と首を振るウリドールに、あー……と状況を察したリカルド。


(たぶん耳長族エルフ達が探してるんだろうな……占い師を)


「何か耳長族エルフの間で騒ぎがあったのかもな。聖樹は耳長族エルフ精神的支柱心の支えだから集まってるんだろう」

〝そうなんです?〟

「たぶんな。ま、こっちが何事もなくてよかった」


 んじゃ俺は中に入るわとリカルドが歩き出したところで、すいっとウリドールがリカルドの前に移動した。


〝神様、久しぶりに新鮮なごはんが欲しいです〟

「いやお前、結局そこに戻るのかよ」

〝欲しいものは一番最初に言うんじゃなくて、後で言った方が貰えるって。どうですか? あげたくなりました?〟

「……」


 わくわく。という顔のウリドールを前に、束の間逡巡するリカルド。

 『あげたくなりました?』という問いには『ノー』一択なのだが、誰かしらから交渉術なるものを聞いてきたのだろうなという事は想像がついた。だが、いろいろと間違えていると思われるそれをウリドールに説明するとなると、非常に長くなるのは目に見えているので今はやりたくない。というか、早く家に入ってゆっくりしたい。


「……なってはないけど、努力は認めるって事で」


 まぁいいかとリカルドは世界樹の上から水を撒いた。途端、わーいと嬉しそうに離れるウリドール。自分にも甘い飼い主である。


 また後で説明頑張らないとだなぁ……とリカルドは頭を掻きながら勝手口に近づき——ドアが内側から開かれた。


〝おかえりなさい〟

「……ただいま、シルキー」


 柔らかく微笑み出迎えてくれたシルキーに、なんだかほっとして気が抜けるリカルド。

 シルキーは返答までの間を察してリカルドを招き入れると椅子に座るよう促し、お湯を沸かしながら冷暗庫から丸くて薄い生地のようなものを取り出して、同じく冷暗庫から取り出した白いクリームと赤いジャムを交互に生地に挟んで、層になるように重ねた。

 そして沸いたお湯で甘い香りのお茶を淹れると、一切れサイズに切ったミルクレープ状のそれと一緒にリカルドの前にどうぞと出した。

 リカルドは礼を言ってひとまずお茶を口にして、はぁ~と声が漏れた。香りは甘いが、すっきりしたお茶に気持ちがほぐれるような気がして、それからお菓子をフォークで切り取り、ぱくりと一口。


(あぁ……これだよ……)


 バターを含んだ生地の濃厚な風味にベリージャムの甘酸っぱさ、そしてそれらをまろやかにするミルキーなクリーム。うまー……と、そのまま目を閉じて染み入るリカルド。

 バート達が作ってくれた野営食も美味しかったが、リカルドにとってそれはそれ、これはこれなのだ。

 味わうのが久しぶり過ぎて無表情で染み入っているリカルドに、シルキーは調理器具を片付けながら微笑み、カップが空になればお代わりのお茶を注いで、お菓子が無くなりそうになれば、もう一つ如何ですか?と一切れ勧め、結局リカルドは誘惑に抗えずホールまるごと食べてしまった。


「あー……幸せー……」


 ぐでんとテーブルに行儀悪く身体を倒したリカルドは、満たされた気持ちのまま食器を洗っているシルキーの背に目を向けた。


「中に挟んであった白いのって生クリーム?」

〝生……ではないですね。牛の乳の脂肪の多い部分を温めて、柑橘系の果汁を入れて作ったリポーというチーズです〟

「へー」


 日本で言う所のマスカルポーネに近いのだが、ホイップクリームの親戚かと思っていたリカルドは意外に思いながら相槌を打ち、それから、ん?と首を傾げた。


「牛乳ってあったっけ?」


 出かける前に買った記憶が無かったので疑問に思ったリカルドに、シルキーは洗い物を終えて振り返ると苦笑いで答えた。

 

〝実は一昨日、ハインツさんに赤牛アゲラダの乳を大甕おおがめでいただいたんです〟


 さすがに飲むのもご飯に使うのも限界があるのでいろいろ加工しましたと話すシルキーに、ハインツ何やってんの……と思わず突っ込むリカルド。


赤牛アゲラダの乳は身体にいいと言われていますから、きっとリズさんが刺繍に打ち込んでいる姿を見て、何かしたくて持って来られたんだと思います〟

「なるほど……。いやいや、だとしても」


 大甕て。とリカルドは額を押さえた。


〝冬場の乳なのでバターも多く取れましたし、バターなら冷凍庫に入れておけますから。他にも煮詰めてジャムや氷菓子にしたり、加熱調理用にして保存しているので〟


 だから大丈夫ですとフォローするシルキーに、それ絶対手間暇掛かってるやつじゃんと思うリカルド。

 とりあえずシルキーに言う事ではないので、ありがとうと礼を言ってリカルドは話を変えた。


「留守の間、ハインツ以外で困った事とかなかった?」

〝困った事はありませんでしたが、昨日ジョルジュさんが来られて言伝を預かりました〟

「ジョルジュさんが?」

〝はい。お急ぎではないという事でしたが、時間が出来た時に教会に顔を出して欲しいと。報酬についてお話があるそうです〟

「報酬……」


(って事はクシュナさんが戻って来たのかな?)


 確かクシュナさんが戻ってきたら詰めようって話だったよな?とリカルドが時を止めて確認すれば、昨日の午前中にクシュナが戻って来ている事がわかった。

 クシュナとはヒルデリアで別れた切りなので、顔を合わせたらまずは中途半端に退場した事を謝らないとだよなぁと思うリカルド。

 今から行って会えるかな?と確認してみたが、魔族の侵攻を押し留めた聖女としてひっきりなしに貴人の面会を受け忙しそうだった。

 まぁそりゃそうだよなとリカルドは苦笑し、とりあえずジョルジュさんに会うかと時を戻して立ち上がった。


「言伝ありがとねシルキー」

〝いえ、お出かけですか?〟

「うん。急ぐ必要はないだろうけど、教会に顔を出してこようと思って」

〝でしたら、あちらは止めておいた方がよいかと〟


 あちら、とシルキーが手で示した先は庭。世界樹の上からは未だに水が撒かれていた。

 リカルドは無言で水を止め、シルキーにありがとうと手を合わせた。

 そんなアホなやり取りをしながら家を出て、グリンモアの王都を懐かしい気持ちで眺めながら教会へと向かった。

 教会は今日も多くの人が出入りしており、いつものように正面から入って礼拝堂の隅で邪魔にならないように立っていると、割合早くにジョルジュがやってきた。


「早いですね」

「貴方が来たらわかるようにしていましたから」

「そうなんですか? それはお手数を」


 リカルドが頭を下げると、こちらが来てもらっているのでと制して進むジョルジュ。


「クシュナさんの体調は? 忙しそうですけど」

「バルバラ殿がついていますから大丈夫です」

「それなら良かったです」


 ジョルジュは小部屋に入り、リカルドも続いて入って神官服を受け取り外套を脱いで上から被った。


「まずはダグラス神官に会っていただきます」

「了解です」


 小声で話しながら足早に奥へと進み、見慣れた廊下を通ってダグラスの部屋の前で足を止めた。

 ジョルジュはドアをノックし、返答を待ってから開けてリカルドを先に中に入れた。


「失礼します」

「リカルド殿、呼び立てて申し訳ありません」


 書類が積んである机から立ち上がるダグラスに、相変わらず仕事の量がえぐそう……と思いながらいえいえと手を振るリカルド。

 どうぞこちらへと応接用の椅子を勧められ、それに従って座ればダグラスも向かいに座った。


「昨日ようやくクシュナが戻ってきたのですが、今はあいにくと各方面から面会希望が立て込んでいまして……」

「仕方がないと思いますよ。次の時代の守りの要だと思われているのでしょうから。体を壊さない程度に調整出来ればいいところじゃないでしょうか」

「えぇそれは。神官長が断っているのですが……」

「まぁ無碍に出来ない相手もいますよね」

「いえ、その無碍に出来ない相手諸共全て断ろうとするのでそちらの説得調整が……」


 ダグラスの疲労感漂う笑みに、脳筋そっちが問題なのか……と何とも言えない気持ちになるリカルド。

 互いに微妙な間が空いたところで、あぁこんな話をする予定ではと頭を振りダグラスは本題を切り出した。


「すみません。報酬の話をしましょう。

 クシュナやバルバラ、ブライから話を聞き、神柱ラプタスとも協議して案を出してみました。実績から考えるととても足りるものではないと思うのですが」


 そう前置きをして報酬のリストをリカルドに見せた。


「まずお金については三千万クル。

 申し訳ありませんが、これについては今回リカルド殿に依頼した事は教会内でも極秘にしているので、表立って動かせる金額の限度額になります。加えてすぐに動かせる金額が一千万クルまでなので、重ねて申し訳ありませんが二ヶ月毎の三分割で支払わせてください。それから霊薬が五つに守護布を各種、それと少し時間は掛かりますが蓄魔石を用意したいと考えています」

「蓄魔石……?」


 金額は一旦置いといて、初めて聞く名だが何故か心当たりがありそうな響きに呟くリカルド。

 その呟きを拾ったダグラスは自信ありげに頷いた。


「つい最近発見された新しい魔石です。

 ご存知の通り普通の魔石は一度内包している力を使い切るとただの石になりますが、この蓄魔石は誰かが魔力を込めれば再度使用する事が可能なのです。しかもどんな魔法でもその威力を増幅させる事が出来るという優れものなんです。

 とても数が少なく希少な品ではありますが、リカルド殿になら……と言いますか、リカルド殿にお渡しできる価値あるものがそのぐらいで……」


 実は教会内でも知る者は限られているので、内密にお願いしますね。と話すダグラスに、やっぱりアレで間違いないらしいと思うリカルド。グリンモアから遠く離れた西の国、アラアスとフィクスの王にリカルドが伝えた光緑石を加工して作る資金源だ。


(あの二人が来たのって何日前だ? まだ十日も経ってないよな?)


 なのにもう教会と手を結んだのかと、アラアスとフィクスの王の行動の速さにリカルドは恐れ入った。


「それは凄いですね」


 別の意味で本当にそう思い言えば、ダグラスは嬉しげに頷いた。


「聖魔法も回復魔法も増幅させる事が出来る初めての魔石なんですよ」


 きっとこれで救われる人も多い筈ですと弾んだ声で話すダグラスに、この人って権力闘争とは無縁のいい人だよなぁと和むリカルド。


「ではお金だけいただいて、あとは辞退させてもらいます」


 微笑みながらそう言えば、ダグラスはハッとした顔をして「いえ、あの、そういうつもりで言ったのでは……」と手をおろおろと彷徨わせた。


「わかってますよ。遠慮しているわけではなく、その蓄魔石を含めて他の物も必要だと思っていないだけです」


 無限魔力を持っていれば蓄魔石を使う機会など無いし、霊薬も普通に手持ちのもので作れ、守護布についても死霊魔導士この身体では必要になることもない。と、そういう理由もあるのだが、どちらかというと己が切っ掛けで巡り巡って起こった魔族の侵攻なので心情的に大変申し訳なく、教会で使っていただいた方が絶対いいだろうなという思いからだ。


「……しかし」

「守護布は見てから決めた方がいいですよ」


 言葉を選ぶダグラスの後ろから、それまで直立不動の姿勢を取っていたジョルジュが不意に口を開いた。


「え?」

「ダグラス様、守護布をこちらに持ってきてもよろしいでしょうか?」


 聞き返すリカルドを無視してダグラスに問うジョルジュ。ダグラスもここで現物を見せないとお金以外全て断られると感じて頷いた。

 許可をもらったジョルジュは一礼して部屋を出ると、すぐに戻ってきた。そしてリカルドの前に持ってきたものを並べ始めた。


(……レースの、リボン?)


 色とりどりのそれは、幾何学模様を縁取るように花や葉など植物のモチーフで飾られた幅の細いレースのリボンだった。

 はっきり言ってリカルドが使うには随分綺麗で可愛らしい代物である。何でこれを?とリカルドが思っていると、最後の一つを綺麗に並べながら、ぽそりとジョルジュが言った。


「シルキーさんに合うかと」


 え?と顔を上げるリカルド。


「過去。妖精に守護布が贈られたという記録もあります」


 ジョルジュは素知らぬ様子で定位置ダグラスの後ろに戻り口を動かした。


「遠目に眺めては何か喜びそうなものはないかなと呟いている方がおられましたから。まぁその方からすれば然程有効な効果が付与された品ではないでしょうが。それでもこの守護布は持ち主になる誰かを想い作られたものなので宜しいのではないかと個人的には思います。聖女用にと作られる守護布とは違い日々の幸福を祈って作られる日常品ですから、相手の方も使いやすいでしょうし」


 淡々と言って、ジョルジュは口を閉ざした。

 とりあえずリカルドが思ったのは、俺シルキーへの贈り物のこと口走ってたの?という疑問だった。

 反射的に時を止めて調べてみれば、確かに居間からキッチンのシルキーを眺めながら何度か無意識に口にしていたが、いずれも完全に一人だと思っていた。要するにジョルジュの気配が希薄で居ると気づかないタイミングで聞かれていたという事なのだが、独り言を聞かれていたと知りちょっと恥ずかしくなるリカルド。


「……ありがとうございます。なかなか何がいいのか思いつかなかったので」

 

 たぶん、かれこれ数ヶ月。と微笑み固定で気恥ずかしさを隠し言えば、ジョルジュは口の端で小さく笑い「それはさすがに悩み過ぎですよ」と、相槌なのか皮肉なのか判然とし難いが、声音だけは軽くそんな言葉を返した。

 リカルドはおっしゃる通りでと微笑みを苦笑に変え、とりあえずリボンを鑑定してみた。その結果、全て軽い疲労軽減やちょっとした幸運を呼ぶといった光系統の精霊の力が編み込まれていた。


(これ、本当にシルキーや俺の為に用意してくれたんだろうな……)


 金銭的な価値は今リズにお願いしているものよりもかなり下がる。だがジョルジュが言う通りその華美過ぎない見た目は、使い勝手が良さそうなものを、気軽に使えそうなものを、気を使わないで済みそうなものを、それでいて少しでも喜ばれそうな綺麗で可愛いものをと考えられているのが伝わってきて、その心遣いが有難かった。


「全てお持ちいただいて構いませんよ」


 じっとリカルドが見詰めているとダグラスはそう言い、けれどリカルドは首を横に振った。

 それでは『どれか好きなものを選んで』と、贈る相手に丸投げするのと同じだと思ったからだ。

 もちろん、何かくれるなら自分で選びたいというタイプも居るだろうが、少なくともシルキーはそうではないとリカルドは考えている。


「これをいただけますか?」


 並べられたリボンの一つ、白と青と緑の糸で紡がれたものをリカルドは選ぶと、「包んできます」と再びジョルジュがリボンを回収して部屋を出ていった。


「……リカルド殿、他のものも役立つ品ですから——」


 守護布に続けてそちらも受け取って貰おうと話すダグラスを、リカルドは手を上げて止めた。

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