第124話 想定より早い展開からの想定外の展開

 椅子の上に座っていた男は、他の穴人ドワーフと同じく細身でやや色白。明るい菜の花色の髪は後ろで括られ、頬には黄色の蛇の入れ墨がある。

 疲労からかそれとも元からか表情は乏しかったが、それでもその眼光だけは強く、座しているだけで周囲を怯ませるような静かな威圧感があった。


カスル祭主まつりのつかさだ)


 その顔を虚空検索アカシックレコードで確認していたリカルドは、なるほどと内心呟いた。


(この人がここに居るって事は、早い方の展開か……)


 もう少し後で顔を合わせる確率の方が高かったので、ちょっと一休み出来るかな?とリカルドは思っていたのだが、まぁでも早く説明が終わればその分後が楽かとポジティブに考えた。


黄の祭主アセオケール、何故……聞き取りまでは接触しない筈では?」


 気楽なリカルドとは違い、予定に無いとどこか緊張したメルディルスが問えば、カスル祭主まつりのつかさはメルディルスに平坦な目を向け低い声で答えた。


青の祭主オーライドルヌが先にここへ来ようとしていた。赤と乱闘余計な事になる前に、私が聞いてしまった方がまだいいだろう」

「そ、れは……申し訳ありません」


 自分の氏族祭主トップが先ほど話し合って決めた事を早々に破りそうだったから。と言われ、薄々そうなるかもしれないと思っていたメルディルスは、青の祭主オーライドルヌぅ……と内心毒づきながら謝罪した。

 カスル祭主まつりのつかさは特に気にした様子はなく、リカルドへと視線を移した。


「その者がリッテンマイグスの言う重要参考人か」

「はい。魔導士のリカルドさんです。リカルドさん、こちらはカスル祭主まつりのつかさ――この里を取りまとめている御三方の一人です」


 メルディルスの紹介にリカルドが初めましてと頭を下げれば、カスル祭主まつりのつかさは無言でリカルドを観察し、「そこへ」とローテーブルを挟んだ向かいの椅子を示した。

 座れって事ですねとリカルドは部屋の中に入り、続けてバートが入ろうとしたのを慌ててメルディルスが遮る。


「バートさん、ここはリカルドさんだけで――」

「悪いがメルディルス、こっちは護衛依頼を受けているんだ。護衛対象が俺達より実力が上だからと言って離れるわけにはいかない」


 メルディルスの肩に手を置き、ギルドに登録してるならわかるだろ?と言ってその肩をやんわり押すバート。

 リカルドは『いや一人で大丈夫ですよ』とバートを止めようとして、逆にバートから何か訴えるようなアイコンタクトを受けた。


(え? なに?)


 残念ながら察しが悪くてわからなかったが。

 バートは通じてないのを悟ると、ちらっとケイオス(幻)に目をやり――『あ』とそこでやっと理解したリカルド。バートがメルディルスをずらして作ってくれた隙間をケイオス(幻)に通らせ、自分の横に付けた。


カスル祭主まつりのつかさ、うちのリーダーの同席は認めて欲しい」


 ケイオス(幻)に続こうとする樹を制し、それ以上は求めないと話すバート。

 対するカスル祭主まつりのつかさは、目を細めた。


「この者とは話をするだけだ。それでも立ち入ると言うなら、そなたらと言えど相応の責を負う事になるだろう」

「依頼を受けている限り、それは仕方がない事だな」


 バートはあっさりとした様子で返し、リカルドもそれに合わせてケイオス(幻)を同意させるように頷かせた。

 

「……覚悟しているのなら好きにすればいい」

「ではありがたくそうさせて貰おう。

 ケイオス、俺達は外で待機してる」


 リカルドは『これで大丈夫か?』というようなバートの視線に、ケイオス(幻)を小さく頷かせた。

 バートの意図はケイオス(幻)を操作しやすいよう、術者リカルドの近くに配置するというものだ。

 実際のところドアの外ぐらいならケイオス(幻)を維持する事に何ら支障はないのだが、メルディルスに話を振られたら受け答えが出来ず、違和感を覚えられた可能性はあった。


(バートさんカッケー……魔法の特性とか何も言ってないのにサポートしてくれるとか、本物の冒険者っぽい……)


 ぽい、ではなく本物の冒険者である。

 どこぞの似非冒険者と違い、バートはちゃんと様々な実績を積んできた中堅冒険者だ。腕っぷしが強いだけの一部トップ層よりも重宝される場面は多い。

 俺もあんな冒険者になりたいなー……と閉まるドアを見ながら似非冒険者リカルドはポヤポヤした事を考えていたが、ドアが閉じたところで頭を切り替えた。


 失礼しますとリカルドは荷物を下ろしてカスル祭主まつりのつかさの前に座り、ケイオス(幻)も荷物を下ろしたように見せ自分の座る椅子の後ろに控えさせる。

 

「リッテンマイグスはどうやってヒヒイロカネを手に入れた?」

「私が提供しました」


 前置きも挨拶もなく始めたカスル祭主まつりのつかさに、リカルドも端的に答えた。


「……なに?」

 

 声が一段低くなったカスル祭主まつりのつかさに、見せた方が早いとリカルドはその場に鉱石を出し、リッテンマイグスの前でやって見せたように純度100%のヒヒイロカネを精錬。出来上がった小さなインゴットをテーブルに置いた。


「どうぞご確認ください」


 目の前に置かれたインゴットそれに、カスル祭主まつりのつかさの動きはワンテンポ遅れた。

 まさかという思いを抱きながら手を伸ばし、インゴットに触れ――触れた瞬間に穴人ドワーフの特性でそれが純度100%のヒヒイロカネである事に気づく。


「っ……!」


 カスル祭主まつりのつかさは反射的にインゴットを持ち上げると、初見のリッテンマイグスと同じように我を忘れた様子でぐるぐると回し見て、もしやとリカルドに顔を向けた。


「そなた我らの血を?」

「いえ、穴人そちらの血は引いていません」

「では神の――」

精霊の眷属でもありません」


 前にもしたなこの遣り取り。と思うリカルド。

 否定されたカスル祭主まつりのつかさは暫し理解不能という顔で固まっていたが、やがてインゴットをテーブルに戻すと俯き目元を覆った。

 そしてそのまま動かなくなり、リカルドも邪魔をしないように待った。


「……鉱石はどこから入手した?」


 体感で数分程度経過した後、カスル祭主まつりのつかさは俯いたまま口を開いた。


「魔族領の南部にある山です」


 後で現地に行って証明する事も視野に入れて、正直に話すリカルド。

 それを聞いたカスル祭主まつりのつかさは、くつくつと喉を鳴らし始めた。


「なるほど……魔族領。魔族領ときたか」


 うっすらと酷薄そうな笑みを口元に浮かべ、立ち上がるカスル祭主まつりのつかさ

 リカルドが目で追えば、壁際にある開き戸棚から瓶と小さなコップを二つ取り出し、戻ってテーブルにそれを並べ、目の前で瓶の封を切り中身を注いだ。

 途端広がる匂いから、酒だとわかったリカルドは、え?と戸惑った。


カスル祭主まつりのつかさ、アセオケールはリカルドを地に愛されし者と認める」

「あの、いいのですか?」


 この段階で信用を得て認められるのは難しかった筈じゃ?と内心困惑しながら聞いたリカルドに、カスル祭主まつりのつかさは薄い笑みを貼り付けたままヒヒイロカネに視線を落とした。


ヒヒイロカネこれを見せられては仕方があるまい」


(……純度100%の威力ってこと?)


 でもそれなら虚空検索アカシックレコードでこの状況が出そうなものだけど、と思うリカルド。

 これは何か鎌を掛けられているのだろうか?と時を止め虚空検索アカシックレコードで確認すると、普通に信用されていた。あと酷薄そうに見えた笑みも普通に笑っているらしかった。


(普通に笑ってたんだ……)


 圧掛けられてるのかと思った……とリカルド。

 だがそれは一旦置いといて。本題の理由の方を調べたリカルドは、「んん?」と首を傾げた。


(ケイオスさんが俺を守ろうとしていたから?)


 どういう事?と詳しく調べるとこのカスル祭主まつりのつかさ、ケイオスの事を個人的に嘘発見器ならぬ悪人発見器扱いしていた。

 ケイオスが何度も里の依頼を受けている内に気づいたらしいのだが、ケイオスはよろしくない感じの相手には近寄らないらしい。その精度は高く、当たりは九割強。

 その為、今回ケイオスのパーティーが護衛に付いているとメルディルスに聞いた時から、カスル祭主まつりのつかさはまずその動向を確認しようとしていた。依頼の義務以上に護衛しないのであれば、黒。逆にするなら白だと。

 結果は、身の安全を宣言した上で警告しても、リカルド対象に要否を確認する事なく守ろうとした事からほぼ白。加えてそのほぼ白のリカルド相手が純度100%のヒヒイロカネを作った事で、リッテンマイグスについてもこの純度を出せる者を自身の盗掘の身代わりに差し出すとは考え難いと逆説的に白となり、その他細かな要素も考慮し総合的にどちらも白判定となっていた。


 リカルドは『なるほど前提条件にケイオスさんを入れてなかったからか……』とか、『というかケイオスさんってもしや万能キャラ?』とか、『でも悪人の基準って何なんだろう?』とか、『犯罪の確認を他人の直感に頼るのってどうなんだ?』とか思う事はいろいろあったが、とりあえず。


ケイオス(幻)これ幻なんだよなぁ……)


 白判定の土台となったケイオス(幻)を見て、内心遠い目になるリカルド。


(まぁでもケイオスさんが帰って来れば赤の祭主も帰って来るし……その時に多少穴人ドワーフよりに事情を修正して話せば、たぶん理解して貰えると思うんだよな)


 そう思いながら虚空検索アカシックレコードで確認すると、予想通りである事がわかり、リカルドはほっとした。


(じゃあ、ややこしい事にならないようにそれまでは伏せとくとして)


 あとは……と、テーブルの上の酒に視線を落とすリカルド。後程事情を話すなら、今この酒を口にするのは悪手だろうと思われた。

 リカルドは少し考え、時を戻した。


「このお酒をいただくのは、全てが終わってからでもよろしいでしょうか?」


 酒の入ったコップを手にするカスル祭主まつりのつかさを止めるリカルド。


「ん?」

「他の方にはまだ疑われているでしょうから。ご厚意はありがたいのですが、疑いが晴れ何の禍根もなくなってから、改めてという事で」


 カスル祭主まつりのつかさはリカルドの申し出に、酷薄そうな笑みを消し確かにと頷いた。


「私が先に酒を共にすれば面白くないと思う者はいるだろうな」


 手にしたコップを置き、立ち上がるカスル祭主まつりのつかさ


「では、今から氏族会議を開こう」

「…………はい?」

「メルディルス」


 遅れて聞き返したリカルドの声は、カスル祭主まつりのつかさの声とドアを開ける音にかき消された。


(え、今から? 氏族会議って集めるのに時間掛かるから夜にって事じゃなかったの? でもってその直前に他の代表との合同聞き取り調査の予定じゃ?)


「今すぐ祭儀の間へ青の祭主オーライドルヌ赤の次主ケヒャルトランクス両名を連れてくるように。また、疑念を持つ者が居れば全てあの場へ集めよ。氏族会議を行う」

「え?」


 予定を知るメルディルスもリカルドと同じ反応を返すが、カスル祭主まつりのつかさは気にせず振り向きリカルドに声を掛けた。


「リッテンマイグスの代理人よ、来い」

「え、あ……はい」


 ほんとに今から?と戸惑いつつ邪魔になりそうな荷物を空間の狭間に入れ、そしてケイオス(幻)の荷物も同じように仕舞ったように見せて後ろを付けさせた。


カスル祭主まつりのつかさお待ちください、急に言われても難しいというか、予定は――」

「ではカスルの刻を宣言する」


 リカルドを待って歩き出したカスル祭主まつりのつかさに、慌てて追い縋っていたメルディルスは目を丸くした。


「……あの、ですが夜になれば何もせずとも」


 氏族会議の予定ですがとメルディルスが続ける前に、カスル祭主まつりのつかさは蛇のようにニタリと笑いメルディルスを見た。


「――わかりました!」


 不気味な笑みに、ひゅっと喉の奥で音を鳴らしたメルディルス。即行で返事してリカルドやバート達に目もくれずダッシュで行ってしまった。

 もしかして俺と同じでホラー系苦手?と思うリカルド。


 ちなみにカスルの刻というのは強制的に他氏族を招集する事で、一年に一度だけ各氏族の祭主が行使可能な特権である(大概年末になって未使用である事に気づき、自分達の作品自慢に浪費されている)。

 あと笑い方がアレだったが、カスル祭主まつりのつかさは純度100%のヒヒイロカネに同胞達がどんな姿を見せるのか想像して愉快になっただけである。メルディルスを見たのは、『それでも宣言する』と言おうとしただけで脅すつもりは全く無い。

 

 リカルドはその辺の事をうっすら察したが、そこまでカスル祭主まつりのつかさと親しくないバートやニケルスにはわからず、『あんな顔をさせるなんて何をしたんだ?』という視線をリカルドに向けた。

 リカルドはその視線にあぁいやと手を振り、そこで気づいた。


カスル祭主まつりのつかさ、バートさん達は待っていて貰った方がいいのでは?」


 玄関から外(洞窟内だが)に出たところでリカルドが尋ねると、カスル祭主まつりのつかさは振り返る事もせず返した。


「既に一人見ている後だ。一人も四人も変わらん」

「……なるほど」


 既に見ているその一人は幻だが、頷く以外出来ないリカルド。

 なんとなく不穏な気配を察したバートがリカルドの服を引っ張り、前を行くカスル祭主まつりのつかさにわからないよう耳を指差し、その後リカルドと自分だけを指差した。

 リカルドは理解して、すぐに自分とバートだけの狭い範囲に防音を張った。


「張りました」

「どういう状況だ?」


 バートの問いに、まぁこのまま行けば目にする事になるし……と思いリカルドは答えた。


「おそらく他の穴人ドワーフの方々の前でも、証明をする事になるのだと」

「証明?」

「バートさん達は、何故リッテンマイグスさんが呼ばれたのかは知らないんですよね?」

「あぁ、代理を護衛するようにとしか聞いてないな」


 改めて聞くと、そんな雑な依頼内容でよく受けたなと思うリカルド。

 そこはこれまでの信頼関係というか、いつもの事というか、そういう先入観が働いていたからであるが、微妙な空気を出すリカルドになんだ?と首を傾げるバート。


「実はリッテンマイグスさん、とある素材をここから盗んだと疑いを掛けられているんですよ」

「素材を盗む? って……」


 言いながら察したバート。

 穴人ドワーフ、素材、とくればその代名詞は自ずと絞られる。


「まさか……ヒ?」

「ヒですね。次もヒで」


 バートは、おいおい嘘だろ……と顔を引き攣らせた。


「何やってんだリッテンマイグスの旦那は……」

「あぁいえ、リッテンマイグスさんは盗んでませんよ。それを証明するために私が来たんです。証拠を出せるのが私の方なので」

「証拠って、じゃまさか――」

「いえ。私も盗んでいません」

「……? じゃあ何で疑われたんだ?」

穴人彼らが把握していないヒヒイロカネ製の武具があって、それをリッテンマイグスさんが里から鉱石を盗んで作ったと誤解されたんです」

「……真っ先に旦那が疑われたのか?」


 他にもヒヒイロカネを扱える奴は居るだろ?とバート。


「状況証拠です。その武具を持っている人が、グリンモアの王都を拠点としていたので。

 まぁ実際それを作ったのはリッテンマイグスさんなんですけどね」

「……は? 作ったなら犯人って事になるんじゃ」

「いえ。素材は私が提供しました」

「……あー」

「ここではない場所で採った鉱石を使って作りました」

「…………なるほど」


 普通ならホラと断定する話だが、リカルドこの人だからなぁ……本当なんだろうなぁ……と諦めの境地のバート。


「という事で、この場で出来る証明。ヒヒイロカネの精錬を彼らの目の前で行う事になった——のだと思います」

「思います?」


 何故そこで疑問系?と怪訝そうにするバートにリカルドは苦笑した。


「いや、さっきいきなり氏族会議を行うとか来いと言われただけなので、そうなんだろうなぁと」

「あぁそういう……」

「で、ヒヒイロカネの精錬方法って極秘じゃないですか。彼らのやり方と私は違うんですけど、それでもそれを見るという事は外部に漏らさないよう要求されると思うんですよ」


 バートは小さく頷いた。


「当然の対応だな。その辺は今までも口外しないようにって依頼はあったから、多少は信用して貰えていると思う」


 黄の祭主この御仁が許可を出した時点でそういう事だろうし。と、そこまで心配していない様子のバートに、リカルドも小さく頷いて同意した。


「仮に形勢が悪くなったとしても、最終的にはどうにかなる目算なので安心してください」

「悪くなる要素があるのか……」

「まだわかりませんが、可能性としてゼロではないとだけ」

「……了解。まぁ、俺達はいつも通りやるさ」


 それなりに場数は踏んでるからなと慌てた様子もないバートに、やっぱ頼もしい人だなと思うリカルド。


「ニケルスさんと樹くんに伝えますか?」


 伝えるならそちら側に防音を掛け直します。と言うリカルドにバートは小さく首を振った。


「いや。交渉は基本的に俺が担当してるからいい。むしろ知らない反応の方がいいだろう」

「そういうものです?」

カスル祭主まつりのつかさにその精錬とやらを見せたんだろ?」

「見せましたね」

「その時、ケイオス(幻)それが驚いたように見せたりしたか?」

「……してないです」


 やべ。と思うリカルドだが、バートは問題ないと言った。


「今回の件を知っているのはリーダーのケイオスと交渉担当の俺だけって体でいく。後の二人が知らなければ、パーティー内でも情報管理が出来ると認識される——といいなってぐらいの軽い仕掛けだがな」

「なるほど……」


 そういう見せ方も出来るのか、と勉強になるリカルド。


「じゃあそろそろ解いてくれ。あんまりやってると怪しまれるかもしれん」

「そうですね」


 そうして防音を解いた後は何事も無かったように再び口を閉ざし、やや早歩きのカスル祭主まつりのつかさに付いて行くだけの時間が続いた。

 緩やかな傾斜をどんどんと降りていき、途中突然のカスルの刻の宣言にどういう事か問いただしてくる穴人ドワーフ達を、カスル祭主まつりのつかさが黙らせる(実力行使)という場面があったが、その数がやたら多かったので、華麗な土魔法が使われたとだけ述べて詳細は割愛する。

 

 そんなこんなで黙々と歩く事さらに十数分。後ろに黙らされた静かな穴人ドワーフ達(ウール多め)が続き、随分と地下深くまで進んだところで道が人工のものから天然の洞窟そのものへと変化した。

 そして大きな鍾乳洞のような空間へと入ると、そこが祭儀の間というところなのだろうなとリカルドは察した。


黄の祭主アセオケール! 可能な限り集めましたが、急だったので途中参加となる者も居ます」


 メルディルスやカスルの氏族らしき者達が駆け寄る姿のその後ろ、百を超えるであろう穴人ドワーフが剥き出しの地面に座っている姿に、うわー……と思うリカルド。


(想像より結構いる……ギャラリー多いと緊張するんだよなぁ……)


 特に日本版の姿で注目を浴びるのは素の自分(外見は底上げしているが)を見られているようでどうにも慣れず、リカルドは無駄に気張って背筋を伸ばした。

 カスル祭主まつりのつかさはメルディルスにご苦労と一声掛け、中央にある人工的に一段高くされた壇上にリカルド達を連れて行くと、そこで待ち構えていた二人の男に口を開いた。


「早急に共有すべき情報がある」

「このタイミングで刻を宣言するんだ。当然、相応の事だろうな」


 紺色のうにゃうにゃしたワカメ頭の男が不機嫌そうに言い、


「何か手掛かりが掴めたのか」


 柘榴のような色の髪をおさげにしている、今まで見た穴人ドワーフの中では一番肉付きのいい男が焦燥を孕んだ声で問い、同時にカスル祭主まつりのつかさに連れられて来たリカルド達に鋭い視線を向けた。


「余計な説明は理解を阻む。まずはその目で見ろ」


 と言って、カスル祭主まつりのつかさは二人の背中を押して舞台のようなそこからさっさと降ろし、他の穴人ドワーフがそうしているようにそこに座らせ、自分も座った。


(……前振りも説明もないの?)


 唐突感が否めないし、自己紹介すらしなくていいんだろうか?と穴人ドワーフの習慣がわからなくて内心戸惑うリカルドだが、カスル祭主まつりのつかさが薄い笑みを浮かべているのを見て、あぁこのまま本当にやればいいのねと何となく理解。


「少し下がっていて貰えますか?」


 念のため、リカルドは何が起きてもいいようにバート達は自分の後ろに下げた。

 そしてそうとわかるように空間の狭間から鉱石を多めに取り出し、空中で物理結界と魔法障壁で囲むといつものようにそこからヒヒイロカネの組成だけを抽出、インゴットの形に成型して熱を取り手に取った。


(……で、どうしたら)


 リカルドはちょっと迷って、口を開け唖然としたまま固まっている柘榴おさげの男のところへ近づいてしゃがみ、どうぞと差し出した。

 男は我に返ったように口をパクンと閉ざすと、リカルドを睨みつけ奪うようにインゴットを取って――


「っ?!」


 ――取り落としそうになってワタワタした。

 まるで生きた魚を慌てて掴もうとするかのような慌てっぷりに、横で見ていた紺色ワカメ男が『何をやっているんだ』という冷めた目で見て、それに気づいた柘榴おさげ男は「だ、おま、み」とうまく言葉にならないままインゴットを紺色ワカメ男に押し付けた。

 そして今度は紺色ワカメ男がギョッとした顔をして活きがいい魚のパントマイム状態となり、最後にそれをニタニタ笑って見ていたカスル祭主まつりのつかさが取り上げて、後ろに座っていた男に「全員に回せ」と渡した。

 そこからは驚きの声や、有り得ないという動揺の声、あるいは悲鳴のようなものがインゴットが渡された先から上がって、どんどん騒がしくなっていった。


 リカルドは驚愕や奇異、畏怖、疑いの目を向けられ、近くに居ない方がいいかもなと下がればバートに引っ張られ、さらに後ろへと下げられた。

 そして追い掛けるように檀上に上がったカスル祭主まつりのつかさが振り向き、ニタニタ顔を引っ込めて一同を見渡せば場は静まった。


「見ての通り、この者が生み出したのは純度100%のヒヒイロカネだ。

 私はこの者に疑いを向ける事は無意味と考えている」

「ちょっと待て!」


 即座に反発するように壇上に上がる柘榴おさげ男。


「どこから鉱石を採ってきたのか、それは純度とは別の話だ!」


 カスル祭主まつりのつかさはリカルドに視線を向けた。


「魔族領の南部です」


 リカルドの答えに柘榴おさげ男は、ハッと鼻で笑った。


「そんな場所からどうやって採って来れるんだ」


 嘘を吐くならもっとましな嘘を吐け、と蔑むように言い放つ柘榴おさげ男。リカルドは予想通りの反応で特に何も思わなかったが、そこで紺色ワカメ男が壇上に上ってきた。


「その考えは短絡的だな、赤の次主ケヒャルトランクス

「あ?!」

「リッテンマイグスがこの純度を前に、盗掘などと非効率な事をするわけがない」


 普通に交渉すれば条件付きで鉱石の譲渡など、可能である事は馬鹿でもわかる。と、こちらも鼻で笑うように言えば柘榴おさげ男は眦を釣り上げた。


「どうだかな! 独占したくてやったのかもしれないだろ!」

「独占したいという気持ちが無かったとは思わないが、そうであるならこの場に寄こした説明がつかん」

「ふんっ! どうせ臆したのだろう!」

「臆した。ほう。

 残念ながらウールのようにレウルには臆病者は居ないのでな、その考えは思いつかなかった」


 すまんすまん。と口の端を上げてぬらっとした目で笑い謝る紺色ワカメ男。


「誰が臆病者だ!」


 と怒声が響くのと、下で同じように声を上げる赤系統の色を持った穴人ドワーフ達。

 それに対して「鏡を見ればすぐにわかるだろうよ」などと煽り散らかす青系統の色を持った穴人ドワーフ達。

 そして咄嗟に彼らの間に入って両者を牽制するが、面倒そうな黄系統の色を持った穴人ドワーフ達。


(……こうなると俺が居る意味ないよな)


 ぎゃーぎゃー口論が始まったところでそう思うリカルド。

 後は彼らの中で討議して結論を出すだけだからと、一歩下がって見ているカスル祭主まつりのつかさに退室していいか聞こうとしたその時、


お兄さん ちょっとそこどいて


 遠くから頭に響くような声が聞こえた。

 同時に、本能的に感じた嫌な予感にリカルドはその場に居た全員をまとめて壁際に転移。

 直後、壇上に何かが着弾し地面が爆ぜて火を噴いた。

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