第123話 思わぬ伏兵
(え……これ本当に人間?)
極力見ないようにしてきた事実だが、リカルドのLUKは9である。
若干
(……うん。でもまぁ、LUKが低くても生きていけるしな)
大丈夫大丈夫と自分を励ますリカルド。
残念ながら生きていく以前にもう死んでいるのだが、相変わらず己が不死者である事をすぐに失念する奴である。
(えーと、そんな事よりケイオスさんに精霊の寝床へ行って貰えるかどうかだな……)
悲しきLUKの数値は努めて忘れ、脱線した思考を戻し確認するリカルド。結果、お願いすれば行ってくれる事がわかった。
リカルドはありがたやとケイオスを拝みつつ、一応何かあった時のため、以前リズ用に作った自傷防止用の護符を少しアレンジしてケイオスの外套に忍ばせた。ケイオスが何らかの攻撃を受けたらわかるようにするためのものだ。
(保険はこれでいいとして……後は酒が出来るまでこっちが安全に待てるか……)
出来ればこっちも穏便に過ごせればいいんだけど……と、そう思いながら今後の展開を調べてみると、メルディルスが報告兼事実確認をしてくれた事で現場が指示の意味を理解していない事、そして不当に扱っては危険な相手である事が先方に伝わり、待機場と言われる客人用の滞在スペースへと急ぎ移される事がわかった。
その後は場所やタイミングの違いはあるものの、概ねリカルドの事情聴取が始まり、以前調べた通りヒヒイロカネの精錬を見せる事で一定の配慮を得る事が出来そうであった。
但し、採掘場に関しては以前調べた時よりも懐疑的で、最終的に下される判断もあまり良く無い方向の確率が増していた。
(あー……まぁどんな判断を下されても
よしよし穏便に行けそうだと胸を撫で下ろすリカルド。
最悪『お前がやったんだろ!』と言い掛かり(でも無いが)をつけられて強硬手段を取られても、ニケルスやバート、樹は逃して時間稼ぎするつもりだったのだが、それはそれでまた樹くんに怒られそうだなぁ……と思っていたのだ。
(……さて。それじゃあ場所を移される前にやりますか)
その他必要そうな事を調べたリカルドは頬を叩いて気合を入れると、それなりに広い牢屋の端から元の位置に戻って時を戻した。
「難しいだろうなとは思ってます」
幻覚と防音を張り直し、ついでに鉄格子の内側に侵入防止用の物理結界を張ってから『双子に犯人を探せると思っているのか?』という趣旨のバートの質問に答えるリカルド。
「じゃあどうして——」
「あ、幻覚と防音は張り直したので」
小声で返すバートに大丈夫ですよとリカルドが言えば、バートは牢の中を睨んでいる男に向けて手を振って、見えてない事を確認してから息を吐きリカルドに視線を戻した。
「難しいと思っているなら、どうして二人を行かせたんだ? あれであの二人は牽制になってただろ」
「これから話す事は、彼女達には聞かれない方がいいと思ったからです」
「聞かれない方がいい?」
「信仰を否定する事になるかもしれないので」
本当は
「信仰を否定……?」
「
「あぁ……まぁ。
バートの返答にリカルドは頷き、
「その女神、実は神ではなく精霊なんです」
「……精霊? ……っていうと、御伽噺とかに出てくるあの?」
「はい、その精霊です。
ここに居る精霊は大地に属する精霊で、昔から
結論から言うと、その精霊に行方不明者を探し出して貰おうと考えています」
「行方不明者を精霊に……」
普通なら、何をそんな馬鹿な事を。と一笑に伏すところである。
精霊なんて会おうと思って会えるような相手ではないし、ましてや何か願うなんて非現実的だ。
だがバートは笑えなかった。
双子が認める程の魔導士が、こんな牢屋に入れられている状況下で真顔で語るのだ。少なくとも、リカルドは本気で話しているとバートは感じた。そしてそれはニケルスやケイオスも同様で、樹に至ってはそもそも
「一応他にも、行方不明者が見つかることを祈って事の成り行きを見守る。という手もありますが、おそらくこれは望みが薄いです」
「何故だ?
常識的な案を前にして、何故と疑問を浮かべるバートにリカルドは指を四本立てた。
「四日。行方不明になってから、既にそれだけの日数が経過しているんです。風の魔法で少し情報を集めましたが、今に至るまで手掛かりらしきものも何一つ見つかっていないみたいなんですよ。
本人が何か事情があって隠れている、もしくはどこかへ行っているだけならいいですが、そうでなければ健康状態がかなり心配される状況なんです」
実際はピンピンしているしハイでウハウハだが、深刻な表情を作るリカルド。
「ですから早急に見つけられる可能性が高い相手、つまりこの地の精霊の助力を得た方が良いと判断したんです」
「……じゃあ早くその精霊に頼みに行った方がいいんじゃ」
ニケルスがそういう事ならと未だ精霊について半信半疑ながら言えば、リカルドはわかりやすく表情を曇らせた。
「おっしゃる通りなのですが、私がこの話を皆さんにした理由はそこです。今ここで私が精霊のところへ行ってしまうと、皆さんが私を逃したと疑われかねません」
あ。という顔をするニケルス。
「じゃあ他の人が代わりに行けば」
そしてすぐに代替え案を出したのは樹で、リカルドは内心ジャストなアシストに感謝して頷いた。
「樹くんの言う通りどなたかに行ってもらえれば、その不在は私が魔法で誤魔化す事が可能です」
「いや……ちょっと待ってくれ、俺達は精霊なんてものに会ったことがない。いきなり言われても……」
そんな無茶な事……と頭を振るバートに、リカルドはわかっていますと空を切るように手を動かし、
「もちろん何も無しにという訳では――」
「俺行きますよ」
――ありません。と言って精霊の欠片を出そうとしていたリカルドは、手を上げた樹に『え?』と素で反応しそうになった。
「リカルドさんは出来ない事は言いませんし、危険な事なら危険だと最初から教えてくれます」
だから大丈夫、俺行きます。と屈託なく笑う樹に、リカルドは咄嗟に微笑みを浮かべて合わせたが内心は思わぬ伏兵に狼狽えていた。
リカルドの予定では、精霊の欠片を出してそれがケイオスを選んだようにちょびっと光らせたり何かして『これはケイオスさんに反応している……!?』的なベタな流れを作ろうとしていたのだが、先に樹に立候補されたらそれを拒否するのもおかしいし、かといって
出来れば何もバレずに収めたいという思考と、いやでもこれケイオスさん以外が行ったらまずいから、樹くんにバレてもケイオスさんに頼むべきだという思考がせめぎ合い、微笑みの下でダラダラ汗を垂らすリカルド。
(あぁぁ樹くんの信頼が……嬉しいけど、嬉しいけど今はちょっと……!)
まぁ普通に考えれば樹にバレてもケイオスに頼む一択なのだが、無駄に樹に情けない裏側を見せたくないという見栄っ張り思考が邪魔をしている
ついでに言うと、仮に裏側が樹にバレたところで、樹がリカルドに幻滅するような事はない。その程度の事では揺らがない程の信頼をリカルドに寄せているのだ。その辺の事もわかっていない
「待てイツキ、私が行く」
どうする?お酒飲めない人は駄目って設定にする?と急遽雑な条件の追加まで考えていたリカルドは、聞こえた
「この里に縁も恩もあるのは私達だ。
それに私もリカルド殿の事は信頼しているからな。とリカルドに視線を向けるケイオスに、リカルドは今だ!と樹が反論する前に口を開いた。
「ありがとうございます。出来れば行方不明の方を知っている皆さんの内、どなたかであればと思っていたので助かります。
樹くんも手を上げてくれてありがとう。信じてくれて嬉しかった」
「あ、いえ……」
ケイオスさんで決定です。と宣言しつつ樹にもフォローを入れ、リカルドはこれ以上横槍が入らない内にと空間の狭間から精霊の欠片を取り出しケイオスに差し出した。
「これはその精霊から頂いた精霊の欠片です。これを持っていれば私の関係者だとわかりますし、帰る時はそれを持って地上を頭に思い浮かべれば導いてくれます」
今更光らせて茶番をするより、早く送り出すべきだと判断して要点だけ巻きで説明するリカルド。
「精霊の欠片……リカルド殿は精霊からも信頼されているのだな」
尊敬の念を滲ませ受け取るケイオスだが、
リカルドは真っ直ぐなケイオスの目に何か大事なものを串刺しにされつつ、微笑み固定のまま首を振りそれよりもと尋ねた。
「急いだ方がいいと思うので、これからすぐに精霊の下へと送ってもいいですか?」
「あぁ、問題ない」
リカルドはケイオスが荷物をちゃんと持ったままなのを確認し(二日滞在する必要があるので)、「ではいきます」と声を掛けてからケイオスを精霊の寝床へと転送した。
ケイオスの姿が一瞬にして消えた後、どうにか送れた……と安堵するリカルド。
ところでこの対応、ケイオスからすると送られた先に何故か
それでも穏便に収めてくれるという結果を知ったからリカルドは選択したのだが、申し訳ない気持ちはもちろんあるので、お詫びは何にしようかな……とケイオスの消えた場所を見つめて考えていた。
他の面々も何事か考えるように、束の間ケイオスが消えた地点を見つめ突っ立っていたのだが、バートが体力は温存しておこうと声を掛けたのを皮切りに、それぞれ荷物から昼食代わりに携帯食を取り出して座って齧り始めた。
リカルドも固い干し芋のようなそれを齧っているとバートから視線を感じ、あぁと気づいて頭を下げた。
「急なお願いをしてすみませんでした。ケイオスさんの安全は保障しますので」
「あ、いや……そうじゃない」
途中からバートやニケルスを無視した進行だったので、怒ったのかな?とリカルドは謝ったのだが、バートは手を振った。
「ケイオスが決めた事だから、まぁたぶん大丈夫だろうと思ってる」
「そう、なんですか?」
「あいつは運がいいからな」
少し苦笑気味に話すバートに、確かに驚異のLUK69だもんなと内心同意するリカルド。
「……リカルドさんは
「マナピス?」
聞き慣れない単語に首を傾げれば、真向いのニケルスが干し芋を齧りながら説明した。
「見かけはただの箱で、開けると中の仕掛けが動いて全く違う見た目に変わる玩具の事。南部の民芸品だよ」
「民芸品……」
「要するに、一見しただけでは普通なのに想像もしない何かを隠しもってるって意味」
あぁ、びっくり箱的な。と理解するリカルド。
「ベルとエレナにアレ言われてる時点でもう相当なんだけど、精霊に精霊の欠片に空間魔法にってどんどんとんでもないものが出てくるからさ」
俺も
これは誉め言葉なのかな?と思いつつ、リカルドがはぁと相槌を打っていると、横に座っていた樹がリカルドの袖を引いた。
「リカルドさん、あの、あれ」
ん?と樹の視線の先に目をやったリカルドは「あ」と声を漏らした。
その声にニケルスとバートも何だ?と後ろを振り返って「「あ」」と同じく声を漏らした。
全員の視線の先には、開け放たれた鉄格子の前でメルディルスと男が何やら言い合っている光景が。
防音を掛けているため何を話しているのかまでは聞こえないが、男が額に青筋浮かべて
見えない壁で籠城し、談笑を続ける容疑者達(幻覚)。そりゃキレるわな、と。
「
ニケルスに聞かれ、リカルドは誤魔化すように微笑んだ。
「精霊の話をしている時に邪魔が入ると困るなぁと思って結界張ってたんですけど、すみません。忘れてました」
「いやいや結界張ったの忘れるってある?」
「あはは。まぁそういう事もあるんですよ」
ちょっとこっちの話に集中してたのでと頭を掻くリカルドに、案外この人適当なのか?と思うニケルス。正解である。
「えっと、防音と幻覚を解く前にケイオスさんの幻を出しますね」
こんな感じかな?とリカルドが言った瞬間、本物と寸分違わぬケイオス(幻)が出現した。
「うわっ」
「すげぇな……」
「ケイオスさんそのままですね」
現れたケイオス(幻)に一瞬怯むニケルスとバートだが、樹は立体映像だと興味深そうに近づいて手を伸ばし——触ったら駄目なのかな?とリカルドを振り返った。
「触っても大丈夫だよ。強く押すとめり込むけど」
「わ。本当だ」
触れると弾力のある手応えがあり、さらに押し込むように力を込めると、ぐにっとめり込んですぐに手を引く樹。
「凄いですね。感触があるとは思いませんでした」
「洞窟内だし狭い道で誰かとぶつかって、スカッと通り抜けたらバレちゃうでしょ? だから内側にゴムみたいな結界を張って誤魔化してるんだよ」
「なるほど……」
人間サイズの風船人形みたいな感じかな?と納得する樹。
一方バートとニケルスは、触れる幻って何だ……?と理解の範疇を超えた魔法に固まっていた。が、いやこの人空間魔法も使える人だもんなと途中で思考を放棄した。正しいリカルドとの付き合い方である。
「それで、この状況をどうするかですけど……このまま私たちが介入しても余計に怒らせるだけでしょうから」
リカルドは鉄格子の方に歩いていくと、問答無用で男を眠らせた。
そして同時に防音と幻覚を解いて倒れる男をバインドでキャッチ。
「ディセルナン!?」
「大丈夫です。眠ってるだけなので」
驚くメルディルスに声を掛け、ちょっと失礼しますねとバインドを動かして男を通路の脇に置いとくリカルド。
「それでメルディルスさん、報告の結果はどうでした?」
激昂していた男を全く気にせず尋ねるリカルドに、一瞬戸惑うメルディルス。しかし己がここへ急いで来た意味を思い出してすぐに背筋を正した。
「皆さん申し訳ありません。確認したところ指示伝達にミスがあり、このようなご不便をお掛けする事になってしまいました。すぐに正式な場所へ案内いたしますので、出て来ていただけますか?」
頭を下げて謝罪したメルディルスにリカルドはわかりましたと答え、物理結界を消して牢の外へと出た。
その後に樹、ニケルス、ケイオス(幻)と続き、思ったよりあっさりと解放されたなと最後に出たバートが感想を漏らすと、あぁいえ……とメルディルスは眉を下げた。
「解放というか、監視は付いたままになるんです。重要参考人という立場は変わらないので」
バートの感想が聞こえて申し訳なさそうに説明するメルディルスに、いえいえとリカルドは手を振った。
「元々そうなるだろうと思っていましたから構いません。バートさん達には巻き込んでしまい申し訳ない限りですが」
「いや、監視程度ならリッテンマイグスの旦那の時にもあったからな」
気にする必要はないと言うバートにもメルディルスは「そう言っていただけると助かります」と頭を下げ、では行きましょうと先導した。
「あの、ところでエレナールティとニーベルグルティは一緒では?」
「いえ、気になる事があるようで出て行かれましたよ」
説明が面倒なので、さくっと過程を省いて結果だけ伝えるリカルド。
メルディルスは特にそれで不自然さを感じた様子はなく、珍しく人を助けていると思ったのにあの二人は……とため息をつき、後ろで聞いていた他のメンバーは余計な事は言わない方がいいかと沈黙を通した。
それ以上特に話す事もなく大扉のところまで戻ってくると、そこから大きな道を奥へと進み、いくつかの別れ道を通って洞窟内に丸々一棟地上の家が建てられた大きな空間へとたどり着いた。
「ここは外から来られた方が寛げるようにと作られた場所です」
そう言ってメルディルスは玄関のドアを開け中に入った。
「部屋は二階に六部屋、一階に二部屋あります。どちらを使われても問題ないのでお好きなところをお使いください。玄関横の部屋は世話役兼監視として私が留まりますので、ご了承ください」
それからここが浴室で、こちらがトイレです。と共用となる部分の設備を案内していたメルディルスは、居間だと言った部屋のドアを開けたところで固まった。
何?どうしたの?とメルディルスの肩からリカルドが覗くと、オレンジと緑で統一されたどこか可愛らしい印象の居室空間に、壮年の男が一人椅子に座っていた。
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