第121話 そこまで心配しなくてもよかった——か?

ゴッ

「「あがっ!」」



 狙い違わず(?)岩が直撃した二人は、女性にあるまじき声を出して頭を押さえ——その頭を鷲掴みにして無理やり下げさせた者がいた。


「お騒がせして申し訳ありません! 人に抱きつくのはこの子らの癖みたいなものでどうかご容赦を!」


 スライディング土下座に近い速度と勢いでその場に滑り込み双子(推定)と共に頭を下げたのは紺色の髪の冒険者らしき女性だった。


「本当に申し訳ありませんでした! それでは失礼します!」


 続けて女性はそう言うと、双子(推定)の腕を掴み脱兎のごとく走り去った。


「…………え?」 


 勢いに呑まれてというか、何かを言う暇も無かったリカルド。思わず疑問の声が出たが、それに答える者は当然ながら居ない。


「……なんだったんでしょう?」


 いつの間にか横に並んだ樹の呟きに、俺もわかんない。と呟く事しかできないリカルド。

 残念ながらお互い色恋沙汰に対する経験値が低く初手で求婚プロポーズをかましてくる女性の心理などわかろうはずもなかった。そして(おそらく)人の頭に致命傷になりそうな岩をぶつけた挙句強制謝罪させる女性の思考が読めるほど頭も良くなかった。

 しばし無言のまま無為に時が流れ、どちらともなく視線が合ったところでそういえばとリカルドは聞いた。


「樹くん、ケイオスさん達と一緒じゃなかったの?」

「え? ……あぁ、ええと、ちょっと前まで一緒だったんですけど待ち合わせをしている相手が見当たらなくて」

「あ。探してるところ?」

「はい。俺は行き違いにならないようにって事で荷物の番を兼ねてここで待ってるんです。もう一人ニケルスさんっていうメンバーの人も一緒に待ってたんですけど、騎獣を借りる時間になるのでそちらを引き取りに行っちゃって」


 樹の足元には荷を括り付けた大きめの背負子が二つあり、リカルドはそれを見て雪山に向かうのかな?と思いながらそうなんだと相槌を打った。


「リカルドさんは? どうしてここに?」

「俺も待ち合わせがこの辺なんだ」

「待ち合わせ……って、そういえば現地解散って言ってましたね」


 そっか。一人じゃなかったんですね……と呟く樹。

 と、そこへ「おーい」と声が掛かった。


「あ、ニケルスさん」

「ケイオスとバートは戻ったかー?」


 リカルドが声の主を見れば、それは占いの館に来たことがある毬栗頭だった。横にはトナカイのような生き物を連れており、もしかしてこれがさっき言ってた騎獣って奴かな?と鑑定すれば大蹄鹿ローライという大型の鹿である事が判明。ソリでも引かせたら完全にサンタだなと一人メルヘンな事を想像するリカルド。


「いえ、二人ともまだです」

「あれ? まだなのか。まぁそのうち見つけて帰ってくるだろうが……その人は?」

「ええと、前に話した俺がお世話になってるリカルドさんです」

「あ。例の魔導士のお師匠さんか」

「リカルドさん、こちらパーティーメンバーのニケルスさんです」


 紹介された毬栗頭ことニケルスは、リカルドの前まで来るとニカっと笑って右手を出した。


「冒険者のニケルスだ。よろしく」


 占いの館に来た時は酒に酔ってモテない~と嘆いたり、黒髪仲間をどうにかしてくれと助けを求めてきたりと頼りになるイメージの青年ではなかったが、こうして外で会うと後輩の面倒を見る気のいい兄ちゃんという感じがして何だかリカルドは笑ってしまいそうだった。


「初めまして、リカルドです」


 だがここでいきなり笑うのは失礼な上意味不明なので、真面目な顔で差し出された手を握るリカルド。そしてヒルデリアの騒動の時に樹を匿ってくれた事や、日頃パーティーに入れてくれている事を感謝するつもりで「樹くんがいつもお世話になっています」と頭を下げれば、よせよせと肩を叩かれた。


「イツキは立派な戦力だよ。それにイツキがいるとケイオス――うちのリーダーが突っ走らなくなるから俺達としちゃ有難いぐらいさ」

「そうでしたか……」


 世話をしているんじゃなく、ちゃんと自分達の仲間だと暗に言って笑うニケルスに、こいつもいい奴だよなぁとリカルドは微笑んだ。


「そっちも依頼かい?」

「そのようなものです」

「一人で?」

「いえ、待ち合わせを」

「あぁだよな」


 氷結の魔女じゃあるまいし魔導士でソロって事はないよなと自分の問いに笑うニケルス。

 大概単独行動をしているリカルドだが、そこは社会人らしくそうですねと合わせ、世間話のように最近の魔物の遭遇率について二三言葉を交わしたところで、それではそろそろ時間になるので行きますと二人の邪魔にならないよう切り上げた。


「じゃあ樹くん、気をつけて。さっきみたいなのは……正直どうしたらいいのか俺もわかんないけど」


 別れ際に注意喚起と共に助言しようとして、結局いい案が思いつかずグダるリカルド。けれど樹は笑って頷いた。


「とりあえず距離を取って逃げておきます。リカルドさんも気を付けてください」

「うん。俺も距離取って逃げとくわ」


 逆に案を貰う形となったリカルドは苦笑して軽く手を振り、距離取って逃げるって何だ?と樹に聞いているニケルスの声を背にしながら離れた。


 そうして南門近くの外壁まで移動したところで目印の緑の布を腕に巻くと、さて。と腕を組んだ。相手の事を何も聞いてないので、あとは待っているしかやる事がない。

 穴人ドワーフの里の人と幸運のなんちゃらっていう冒険者だっけ?と思い出しながら行き交う人に目を向けるリカルド。だが今のところ誰かを探しているような人物は見当たらなかった。

 ま、その内見つけて貰えるだろうとリカルドは薄い雲が覆う空を見上げ、ずれたマフラーを口元に上げた。


(そういえば女性の冒険者ってあんまり見た事なかったな……)


 特にやる事もなく手持無沙汰になったところで頭に浮かんだのは、先ほどのインパクトのある女性達の姿だった。


(ギルドでも見た記憶が無いし……氷結の魔女って人ぐらいか? ファンタジーだともっと多いイメージだったんだけどな……)


 へそ出し盗賊僕っ娘とか巨乳おっとり司祭とかビキニアーマーのツンデレ女戦士とか……と考えて、いやビキニアーマーはさすがに無いのか……と痴女の如き装備のあり得なさを今更真面目に考察するリカルドアホ


(まぁでも……冷静に考えれば男の方が力あるし体格もいいし、よっぽどのアドバンテージが無いと同じ土俵でやるのは厳しいのかもなぁ)


 ちょっと残念だけどと、そんな益体も無い事を考えながらぼんやり待つ事十数分。


「……あの、すみません」


 完全に気を抜いていたリカルドは躊躇いがちに掛けられた声で我に返り、視線を空から戻した――ら、そこには何故か樹達のパーティーと先程遭遇したばかりのインパクトのある女性達がいた。


「あ、え?」


 リカルドが思わず樹になんで一緒に居るの?と視線を向ければ、樹は樹でリカルドに驚いて横に居るケイオスにどういう事かと視線を向け、だがそのケイオスも驚いてリカルドに声を掛けた女性の肩に手を掛けていた。


「メルディルス、まさかリカルド殿が今回の運ぶ相手か?」

「名前は聞いていないので確認してからですが……」


 メルディルスと呼ばれた紺色の髪の女性は首を横に振ってリカルドに視線を戻し、怖々という様子で口を開いた。


「あの、リッテンマイグスという名にお心当たりは……?」

「……ありますね」


 無いとは言えずリカルドがそう答えると女性は「地母神よ……」と呟き目を閉じてしまい、その後ろでフードを被っていた双子(推定)がやったーとハイタッチ。

 一連の流れから状況を察したリカルドは、マジで?そんな事ある?と思いつつ確認のために女性に聞いた。


「もしかして、あなた方が穴人ドワーフの里の方ですか?」

「……はい。先程は本当に失礼しました」


 リッテンマイグスの話していた待ち合わせの相手で確定であった。

 そしてそれはつまり樹を含むケイオス達が幸運のなんちゃらという冒険者という事にもなるのだが、


「あー……ちょーっと失礼しますね?」


 リカルドはすみませんと言って樹の手を掴み集まった面々から少し距離をとって防音を張った。


「樹くん、大丈夫? あの子らに何かされたり言われたりしてない?」


 まずはそこが心配だったリカルド。

 だがリカルドの心配を他所に樹は落ち着いた様子で頷いた。


「大丈夫です。ケイオスさん達の知り合いだったみたいで、断れば問題ないからって」

「え、断れるの?」


 あの話が通じなさそうな変人に?と思わず聞くリカルドに樹は苦笑して首肯した。


「断れました」

「本当に?」


 何かあるんじゃないの?と聞くリカルドに首を横に振る樹。


「何も言われなくなりました。なんか本当にただのノリのいい人って感じの反応で結婚とか言われませんし、普通に話も通じるっていうか」

「通じるの?」

「通じます。意外でしたけど」

「通じるんだ……」


 意外だね……と呟きつつ、それなら大丈夫なのか?と思うリカルド。

 

「ええと……じゃあ戻ろうか」


 どのみち穴人ドワーフの里の人間ならば、ここでリカルドがごねたところでどうしようもない。


「えー……急にすみませんでした。ちょっと早急に確認したかった事があったもので」


 防音を解いて振り向き謝るリカルドに、いや、と首を振ったのはケイオスで、ケイオスのパーティーのニケルスともう一人の男もわかってるというように苦笑して頷いていた。そしてお先にどうぞと言うように視線で双子(推定)を示され、あぁこれって日常茶飯事なんですねと理解するリカルド。

 じゃあお言葉に甘えて——ではないが、リカルドは双子(推定)にお断りの旨を伝え、えー?ダメなの?無理なら仕方がないなぁと本当にあっさり対象から外してもらう事が出来た。

 そしてその後はご迷惑をお掛けし……と何度も謝るメルディルスを止めて互いに軽い自己紹介をし、時間も経っているという事で細かい事は進みながら確認するという事にして王都を出立した。




「って事はリカルドさんはリッテンマイグスの旦那から旅程については聞いてないって事だな?」


 リカルドと状況の確認をしているのは、ケイオスのパーティーで唯一占いの館に来た事が無いバートという男だ。

 ケイオスと双子(自己紹介により双子と確定)は先導する形で先を歩き、ニケルスと樹、メルディルスと呼ばれた女性は後方を歩いている。リカルドはそこに挟まれる形で大蹄鹿ローライの手綱を持つバートと一緒に街道から逸れた道を歩いている。


「はい。その辺りについては何も」

「俺達の想定だと五日ぐらいになるんだが」

「五日……ってちょっと早くないですか?」


 あれ?二週間ぐらい掛かるんじゃなかったっけ?と思うリカルドに、バートは笑った。


「あんまり使わない道を使うからな。その分ちょいと厳しい道になるが……だが里の人間を長く待たせるのもあんまり良くないし、かと言ってメルディルス達が里に指示された通り、あの子らに走破させるような事をしたらリカルドさん死んじまうから」


 大変だが互いの妥協点って奴だなと語るバート。


「走破? で、私が死ぬんですか?」

「ベルとエレナに担がせて走らせるんだよ。で、膂力に任せて二日で里に行くって話なんだが、担がれてる人間は馬車酔いなんて目じゃ無い事になる。ついでに俺達も完全に置いて行かれる事になる」

「担がせて……二日」


 頭の中に地図を広げ、グリンモアから穴人ドワーフの里までの最短距離を考えて……いや、やっぱそれでも二日では無理だろと思うリカルド。それを見越してかバートは法螺じゃないんだよと苦笑して続けた。


「あの子らはそれが出来るステータスなんだよ本当に。見た目からは全然わからないんだけどな。ぶっちゃけると俺達なんか足元にも及ばないぐらい強いんだ」

「そうなんですか?」

「あぁ。まぁそのベルとエレナが結婚してくれって言うリカルドさんも相当強いんだろうとは思うが。イツキもあの強さだしな」

「……はい?」

「あの子らが結婚を申し込む相手ってのは全員実力者なんだよ」

「……全員実力者?」


 ……それもしかして。と嫌な予感がしたリカルドは時を止めた。


(鑑定待ちって事か?)


 仮に鑑定を持っていたとしても見破られる事は無いだろうけど……と思いながらリカルドは双子のステータスを確認して、固まった。双子の種族が穴人ドワーフと神族のハーフだったのだ。


(……は?)


 あの神族である。しかもファガット王国の王弟と違い先祖返りではなくハーフと出ている事から純血の神族を親に持つ者である。

 という事はハーフとはいえ王弟以上の能力を持っている可能性もある?と、そこに考えが至った瞬間リカルドはすぐにこの時を止めた空間を認識出来るのか確認。結果、そこは王弟と同様何か起きた事はわかっても干渉して見聞きする事は出来ないとわかりホッとした。


(びっくりした……)


 ばくばくする心臓(妄想)を押さえ、息を吐くリカルド。

 動揺を落ち着けて、鑑定があるかどうかだと思考を戻し調べてみれば双子の片割れ――水色の目をしたニーベルグルティの方に鑑定がある事が判明。そしてリカルドは大丈夫だったが、樹は見破られてしまっている事も判明した。

 

「っち」


 舌打ちをしてすぐに口止めが出来るのか確認するリカルド。先ほどまでの動揺はどこへやら、場合によっては消す事もナチュラルに視野に入れている死霊魔導士リアルモンペである。


(だいたい魔族領の奥に籠ってる筈だろ神族は……何で穴人ドワーフと子供作ってるんだよ……)


 ぼやきながら樹のステータスを他の誰かに話していないかと調べ、双子の片割れ、オレンジの目のエレナールティにしか話していない事を確認。なら口止めの相手はこの二人でいいかとその方法についても調べ、誓約、眷属化、殺害と物騒なものが混じってくる結果を淡々と検討するリカルド。


(やっぱ無難なのは誓約だな……眷属化も殺害も親が黙ってないだろうし……)


 誓約に必要そうな情報をどんどん集めていくリカルドだったが調べていく内に、んん??となってきて、最終的にこれ放置でもいいかも?と思うようになっていた。

 というのも、元々この双子は鑑定で知った内容をお互い以外に話した事がなく、水色目ニーベルグルティが鑑定を持っている事も神族である母親にしか話した事が無かったのだ。その理由は、誰しも勝手に調べられてその内容を吹聴されては嫌だろうという至極真っ当なもので(じゃあ調べるなよという突っ込みに対しては本人達の目的が優先されているので置いておく)、鑑定の力を穴人ドワーフ側の人間に話さないのも余計な問題を起こさない為という常識的な考えからだった。

 また、過去に鑑定を持っているのでは?と疑う者も居たがのらりくらりと躱して明言せず、そしてそれでも追及してくる者に対しては神族らしい高いステータス(軒並みラドバウト達以上、VITについてはリカルドを上回り、STRに至っては上回るどころか軽く凌駕)でもって拳で黙らせるという脳筋手法で解決していた。そして今後に関してだが、それについても知り得たステータスを漏らす可能性は限りなく低く、その内の一人である樹のステータス――種族が勇者であるという事も同様に漏らす可能性はほぼ無かった。


(意外と人道的って……結婚に関してだけ感覚がおかしいのか?)


 何か事情があるのかも。と、少し気になったリカルドだが、いやもう断った事だし関係の無い事まで探るのは良くないかと止めていた時を戻した。


 ちなみにだが事情は何もない。

 単純に水色目ニーベルグルティオレンジ目エレナールティも人と結婚観がずれているだけである。強い相手を選んでいるのも、神族の血を引いている自分達と高いステータスの相手の子供だとどんなのが出来るのかな?という好奇心と、単純に力いっぱいいちゃいちゃしたいという乙女(?)の願望を叶えられそうな相手を選んでいるに過ぎない。その辺は独特な感性を持つ神族らしさなのだが、神族の感性まで知らないリカルドには知りようも無い事だった。


「あの子らの事を知ってる奴らは皆知ってる事だから、変に伝わる前に先に伝えたんだが……強さを見分けている方法は詮索しないでやってくれるか? リカルドさんからしたらあまり気持ちのいい話じゃないだろうと思うが、冒険者こういう仕事をしていると互いに詮索せずってのはあるだろ?」


 十中八九鑑定持ちだとわかっているような口ぶりで言い、詮索した相手がぼこぼこにされた事も知っているのか詮索するなと牽制するバート。


「あちらが何も言わない限り、私も何も言いません」


 大丈夫ですと微笑むリカルドに、あちらが言わない限りか……と内心苦笑するバート。妥協してもらっているのだろうと、おそらく自分達よりも強いのであろうリカルドを見て肩を竦めた。


「えーと、何を話していたんだったか……あぁそうだ旅程の話だったな。

 街道はほとんど使わないからこの季節だが山を進む事になるって話で、食料なんかはこっちで準備してるし、冬用の野営装備もちゃんと揃えてるからそこは心配しないでくれ。その辺も依頼の内だから」

「わかりました」


 とリカルドは頷いて、あれ?ちょっと待って?となった。


「バートさん。途中で宿場町に寄ったりは」

「一箇所物資の補給で寄る予定だ」

「……」


 という事は何処かでルゼに知らせないと駄目だな……とルゼとの訓練を中止に予定変更するリカルド。


(さすがに個室が作れない野営じゃ転移は使えないからな……)


 一瞬樹に協力してもらう事も考えたが、近くに神族のハーフが居る事を考えれば下手な事はしない方がいいだろうとリカルドは考えた。


「何か入り用かい?」

「いえ。大丈夫です。ただの確認なので」

「そうかい?」

「はい」

「まぁ何かあれば言ってくれ。特に体調が悪かったりしたらすぐに教えてくれ」


 人里から離れるとなかなか対処できない場合があるからなと返すバートに、体調不良になりようがないリカルドはそれでも心遣いに感謝して頷いた。

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