第119話 思いついた作業は意外と大変だった
黙読のため静かな時間が流れた後、二人が視線を上げたところでリカルドは口を開いた。
「この情報はあくまでも今の時点の情報になります。その事を念頭に置いてご相談ください。また、重要と思われる情報を優先的に書き出しましたのでご不明な点や、疑問点がありましたらおっしゃってください。すぐに補足いたします」
いつでも補足情報を書けるように新しい紙を取り出しながらそう言い、メモに紙は必要ですか?と二人の前にも置き、検討するなら地図があった方がいいかと地図も書こうとして、いや待てよ?話を詰めるならシュミレーションゲームみたいな感じの地形がわかるやつの方がいいなと考え、こちらに参考用の地図を出しますねと言って机の横に幻覚で
「これは……幻覚魔法か?」
「はい。地形をそのまま再現していますから集団戦を想定した兵の動かし方も考えやすいかと」
手で触れようとして触れられない事に気づいたフィクスの王に補足するリカルド。
その横で黙って考えていたアラアスの王は――嫌な汗が滲んでいた。
執務室に居たら突然見知らぬ場所へと連れ込まれ、
普通に考えて得体の知れない
だがそうではないような気もしていて、しかしそれなら何が目的かわからなかった。その言葉通り自分達に純粋に協力するなんて事だけはないだろう。そんな事は自分達に都合が良すぎる。よって、今ここで対応を間違えれば最悪アラアスが地図から消えるかもしれないと考えなければならなかった。
自分が政権争いに負けて死ぬのは怖くない。民は苦しい生活のままだろうがそれでも国は続き、そうすれば誰か新たな者が立ち上がってくれる筈だ。だが国として存続出来なければ蹂躙されてみな奴隷と変わらぬ扱いを受ける事になる。
そんな考えたくもない未来を想像してしまった瞬間、視界が揺れた。
「……っ」
「ヘイン?」
アラアスの王は、突如せり上がってきた気持ち悪さにふらつき口を押さえた。
気づいたリカルドが素早くバインドで支え両手を出し――アラアスの王は吐いた。
「ヘイン!」
「大丈夫です。毒ではありません。
嘔吐物を物理結界で受けたリカルドはそのまま何度もえずくアラアスの王に回復魔法を掛け(ストレスが原因なので一時的に嘔吐反射を鎮める程度しか出来ないが)、落ち着いたところで清潔の魔法を使い椅子に座らせてコップを作り、そこに水を注いで手渡した。
「魔法で出した水です。口をゆすいでここに吐いてください」
目の前で吐いても嫌な顔一つせず気遣う
「体調が悪い事を予想して然るべきでした。配慮が足りず申し訳ありません」
そう言いながら椅子の形状をリクライニング式の椅子のように変えて楽な姿勢を取れるよう介助するリカルド。
「ヘイン……」
「……少し寝てなかっただけだ」
顔を隠すようにアラアスの王は目元に腕を置いた。こんな時に体調を崩すなど自分でも情けなくて見られたくなかった。
一方リカルドは無言になったアラアスの王の胃にこっそり安らぎの雫を転移させながら、寝不足だけじゃないだろうなと思っていた。
(無理が祟ったんだろう。気を抜けるような環境じゃないから……)
気の毒に思っているリカルドだが、止めを刺したのは間違いなくリカルドである。情報提供に一生懸命になり過ぎて自分が疑われる可能性を失念しているポンコツは全く気付いてないが。
「少し眠られますか?」
「……いや、その時間はない。長く空ければ騒ぎになる」
未だ調子が悪そうに答えるアラアスの王に、こういう状況なら言ってもいいかなとリカルドは思った。どうせ表に出る姿ではないので、謎の占い師という事で誤魔化してしまえばいいと。
「今は時が進んでいません。ですから眠られても大丈夫ですよ」
「「……?」」
言われた意味がわからずアラアスの王は腕をどけてリカルドを見た。フィクスの王も膝をついているリカルドに、どういう意味だ?と視線を向けた。
「監視されているようでしたので、ゆっくり相談していただけるよう私たちの周りだけ時の流れを止めているのです」
リカルドはそう言いながら、こればかりは口で言っても信じられないだろうとアラアスの王が居た場所――王城の執務室の前へと二人を連れて転移した。
そこには扉の前に護衛と言う名の監視をしている二人の兵が立っており、当然ながら止まった時の中で瞬き一つせず固まっていた。
「これは……」
椅子ごと転移していたアラアスの王はゆっくりと立ち上がると、微動だにしない兵の前に行き、その目の前で手を振ったり肩を叩いてみたりした。
「本当に時が止まっているのか?」
「……みたいだな」
幻でもなく人形とも思えないその姿に、奇妙な世界に入り込んだような気持ちになる二人。
「ご納得いただけましたら戻りたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「外を……外を見たい」
振り向いて言うアラアスの王に、外ですねとすぐにバルコニーへと転移するリカルド。
そしてアラアスの王は月明りの中、風に吹かれ梢を揺らしたまま固まっている無音の
こんな芸当が出来る相手、そもそも警戒するだけ無駄だった。仮にこれが敵対者であったとすれば、問答無用でアラアスは消えていた筈だと理解して。
「……わかった。もう十分だ」
神か悪魔か。いずれの
ちなみにフィクスの王は、静止した光景に呆然としていた。
それでは戻りますと言って占いの館へと戻ってきたリカルドは、もう一度アラアスの王に休まれますか?と聞いた。
限界を感じていたアラアスの王は素直に頷き、それを見てリカルドはその場に簡単なベッドを作って横にさせると眠りの魔法を掛けて休ませた。
「お客様も休まれますか? こちらに来られた時は真夜中でしたから、普通なら眠っておられる時間です」
「あ……いや、私は大丈夫だ」
呆然としたままだったフィクスの王は我に返り、反射的に首を振った。
「ではお茶でもどうぞ。もちろん毒は入っておりません」
促されて椅子に座ったフィクスの王は、自然と目の前の
おそらく人ではない
「……どうして占い師に?」
口にしてから自分の言葉に気づいて、余計な事を言ったかと思わず身構えたフィクスの王だが、リカルドは気づかずそうですね……とこちらに来た当初を思い返した。
「(血や霊的なものを除外すると)出来る仕事が無かったので占いなら出来るかなと、そう思って始めました」
出来る仕事がない。確かにこれだけの存在であればどんな仕事も片手間にこなしてしまい仕事と認められないかもしれないが……と解釈(能力的には正解、精神的には不正解)するフィクスの王。
「今ではいろいろな方のお話が聞けるので天職だと思っております」
天職。いろいろな相手の話を聞く。つまり人を導く役割を
「……いいのだろうか」
「はい?」
「一つの国に加担するような事をして」
女神の使徒(違う)ならば全てに平等であるべきではないのかと思ったフィクスの王の言葉に、リカルドはそんな加担って……と苦笑した。
「国に加担しているつもりはありませんよ。私はただお客様のご相談に応えているだけです」
「相談……」
リカルドは眠っているアラアスの王に視線を向け、フィクスの王も釣られてそちらに視線を向けた。
「……今までお二人はずっと苦労して来られましたから。ここでこんな形で失うのは……悲しいじゃないですか」
「……」
微笑みを浮かべたまま(正直に言うのがちょっと恥ずかしくて固定中)話すリカルドに、フィクスの王はなんとなく今まで自分達がしてきた事を目の前の使徒(違う)に認められたような気持ちになった。泥臭い事も、卑怯な事も、苦しい事も辛い事も、これで良かったのだろうかと悩んだ事も、より良い未来を作ろうと思って足掻いてきた事全てを認められたような気持ちに。
年甲斐もなく込みあがるものをぐっと抑え、フィクスの王はお茶を口にした。暖かなお茶(安らぎの雫入り。リカルドのサービス)を飲む度に心が軽くなるような気がするのは、きっと緩んだ己の心が見せる幻(ではなく正常な薬効)だろうと思いながら。
アラアスの王が目覚めたのはそれから実時間で数時間後だった。
久しぶりに深く眠ったという感覚を覚えたアラアスの王は、身体を起こしながら待たせてしまったフィクスの王に声を掛けようとして、何故か楽しそうにカードゲームをしている二人にハテナとなった。
「何をしているんだ?」
「あぁおはようございます。生憎と軽食はないのですが、お茶をどうぞ」
並べていた紙が綺麗に片付けられて、変わりにカードが並んだ机の端にお茶を置くリカルド。
「占い師殿はカードゲームに詳しくてな。私も知らないゲームを教えて貰っていたんだ」
「いえいえ。お客様からも教えていただきましたから。全敗しましたけど」
「面白いぐらいに負けていたな。運の要素が強い筈なのにああまでボロ負けする者は稀だぞ」
「言い訳になりますが昔から運の要素が絡むものは弱いんですよ。ここぞという時は絶対に引けないですし、どうでもいい時に何でこれがっていうものが出て」
「まぁ占い師殿程何でも出来るのならそれぐらいの枷があっても良いのではないか?」
「ええ? 私だって綺麗に勝ってみたいですよ」
「綺麗に負けていたからな」
「負けに綺麗も何もありません」
数時間前の人外相手への緊張なんてどこへやら。完全に遊び仲間のようにリカルドと遊んでいるフィクスの王。これぞ王の胆力と言うべきか、それともリカルドの緊張感の無さ故と言うべきか(暇だからカードゲームをしましょうと誘ったのはリカルド)、難しいところである。
アラアスの王はそんな二人を見て、神とも悪魔ともつかない相手とこれ程打ち解けるとはさすが
「では本題に入るか」
咳払いをして話を進めるフィクスの王に、リカルドも真面目さをアピールするように幻覚で地図を出した。
「再度確認になりますが、この情報は今の時点のものです。時間経過によって乖離しますのでその点はご注意ください」
リカルドの言葉に二人の王は頷き、紙面に視線を落とした。
「まずは大前提だ。お前はうちの手は借りない、そういう事だな?」
「あぁ」
「だとするととにかく地盤を作らなければ話にならない」
「この辺りは接触したが……」
「資金繰りを押さえられていては応えるのは難しいだろうな」
「むしろよく黙っていてくれたと言うべきだろう。交渉は難しいだろうが今度はこの辺りに声を掛けようと思う」
「確かケルシス伯はレイシール辺境伯の縁戚だったな」
「そうだ」
どの人物から声を掛けるか、書き出された貴族の情報を見ながら、その順番、条件を次々と決めていく二人に、やっぱ話が早いなぁと思うリカルド。
途中から凡人視点になってしまい話についていけず、時折補足を求められてその都度
やっぱ俺が考えなくて良かったわ……と心底思いながらリカルドがサポートに徹していると、ある程度まとまった資金をどこでどう調達するかという問題で話が止まってしまった。
(それな……主要なところは向こうに押さえられちゃってるからなぁ)
しかしながら金が無ければ動かないものは世の中多い。その問題はどうにかクリアしないといけないのだが、これに関しては
(……いや、まてよ? 盗むのはありじゃないか? あっちが盗まれたと思わなければ盗んだ事にならないだろうから……)
詐欺師みたいな事を考え出したリカルドだが、あれを加工すれば利益は相当出るだろうし教会を巻き込めばひょっとしたら後ろ盾になってくれるかもしれないし、ついでにあっちの問題も解決出来るから……と頭の中はやる方向でどんどん進み、二人を時を止めた空間から切り離して
「少しよろしいでしょうか?」
膠着していた二人の視線がリカルドに向いた。
「資金の確保が問題なのですよね?
であればこの隠し鉱山の中身をこの辺りの領地へ移転するのはどうでしょう? 地下を丸ごと移転するとなると水脈や地盤がおかしくなって災害が起きる可能性もあるのですが、そこはそうならないように調整するので」
リカルドが提案したのは、まだ採掘されていない地下資源の横取りであった。
「そこは……ウーゲルダン領、ナバル侯爵派の資金源の一つだな。採れるのは光緑石……採掘量もそれなりにあるが……それならこちらの蒼玉の鉱山がいいのではないか? 確かに光緑石なら高く売れるだろうが希少性も高いせいで人目を引くかもしれない」
「そうだな。もしこちらが扱っている事に気づかれたら難癖をつけて土地ごと奪われる可能性もある」
普通なら鉱山の移転?何言ってんの?という場面なのだが、二人の王は当然のように戸惑う事もなくそのまま受け入れて真剣に考えていた。ついでに犯罪行為に関しての突っ込みもない(しかも乗った上で別の鉱山を候補に出している)が、これに関してはそもそもナバル侯爵が自分にとって都合のいい人間を有益な土地の領主と入れ替えており、そんな相手に正面からぶつかる必要などないと全く気にしていないからだ。
そこは話が早くていい(?)のだが、早過ぎて別の鉱山に対象を移されそうになってリカルドは内心慌てて追加説明した。
「あ、いえ。光緑石をそのまま売りに出すのではなく、少し加工して教会に買ってもらってはと考えておりました。おそらく教会なら頼めば入手ルートを秘匿するぐらいは協力してくれると思いますので」
今
確実に秘匿に協力してくれる顧客なんて普通ならいないが、今回商品にするものであれば教会は間違いなく協力してくれる。むしろこれ以外の資源ではフィクスが売買の仲立ちをしたとしても遠からず出所を予想されて奪われる可能性があった。
「教会?」
「いくら腕のいい細工師に扱わせたとしても秘匿に協力するような相手ではないと思うが」
教会も宝飾品を買い求める事はある。だがそう多くの宝飾品を購入するような事はなく、しかも秘匿を頼むとなると逆に後ろ暗い事をしているのではないかと敬遠されそうな相手だ。そう思って怪訝な顔になる二人に、リカルドは新しい紙に光緑石の特徴とその加工方法を書きながら説明した。
「ただの宝石として売るわけではありません。魔石として売るのです」
「魔石? というと、魔物の体内から採れるあの魔石か?」
フィクスの王の確認に肯定するリカルド。
「はい、その魔石です。魔物の体内から採れるわけではありませんが、この光緑石も魔力を帯びた石という定義では魔石なのです。ただ、そのままでは魔物由来の魔石のように魔法の威力を増幅する効力はないのですが……加工すると魔物由来の魔石よりも使い勝手のいい魔石になります」
簡単に纏めた紙を二人の前に出し、こういう事ですリカルドは続けた。
「通常魔石は使い切り、しかも魔石の
ですがこの光緑石を加工した魔石は内包している魔力が空になっても誰かが魔力を込めれば再度使用可能となります。そしてこれが一番の特徴ですが、増幅する魔法の種類を問わないのです」
今まで聖魔法や回復魔法にあった性質の魔石は発見されていない。つまり初めて聖魔法や回復魔法を増幅させる魔石が世間にお目見えするのだ。
魔導士達や魔導士の部隊を持つ国々も魔法の種類を問わない魔石となれば興味を抱いて欲しがるだろうが、一番欲しがるのは今まで魔石と縁が無かった教会である。特に最近はヒルデリアが魔族の脅威にさらされたばかりで、少しでも破邪結界の効力を強められる物があれば入手ルートの秘匿など喜んで協力するだろう。まして教会にしか売らないと言えば諸手をあげて秘匿に奔走する。
意味を理解したアラアスの王は、これは……と口に手をやり、フィクスの王は笑って教会が動くわけだと呟いた。
リカルドの案はすぐに採用され、そこからは鉱山の移転先をどこにするのがいいのか、加工はどこでするのかなど細かい話が詰められた。その結果、当初フィクスの手は借りないと明言していたアラアスの王がそれを翻し、アラアスでは採掘のみとして加工と教会への販売をフィクスに任せた。アラアスだけでは関わる人間が多くなれば秘密保持が難しいと判断しての事だ。アラアス側の採掘に携わる人間に対しては通常よりも高くフィクスに売るという事で納得させ、そしてフィクスはこっそりと付加価値をつけてさらに高く教会へ売るという寸法である。その際光緑石が元になっている事がわからないように手を加え、教会から特殊な魔石の情報が漏れたとしても元が光緑石だと知られないようにし、さらに入手元となっているフィクスの事が露見してもそれ以上の情報流出を防げば裏で採掘を担当しているアラアスは守られる事になる。雑事に力を割けないアラアスを二段構えで守る体勢だ。
ここまではリカルドも
ちなみにだがこの鉱山の移転の話、リカルドのちょっとした思惑を含んでいる。
光緑石というものが出てきた時点で事情を知る者が居れば、お前獣人族の問題をついでに片付けるつもりだろと気づいただろう。その通りである。
光緑石の鉱山を保有している貴族との平和的な話し合いは難しそうで、そして勝手にどうこうするとそこで暮らす人に影響が出てしまうので気が引けて出来なかったので、この機会を利用したのだ。
鉱夫の暮らしを維持する事は出来ないが、その辺はもうアラアスの王に丸投げする事にしたリカルド。考えても何も思い浮かばないのですっぱり諦め他力本願に走っている。
二人の話し合いが終わったのはそれから約六時間程経過してからだった。
最後にリカルドは両者が手にしているメモと資料を他人が読めないよう細工をするとちょっとした応援としてあるものをプレゼントし、対価の話をしてからそれぞれお帰りいただいた。
そして時を止めたまま鉱山の移転作業に取り掛かったのだが、災害が起きないように配慮するとこれがまた思ったよりも大変で、実時間で丸二日掛かってしまい作業を終わらせて帰って来た時には今日はもう終わりにしていいんじゃないかと思ったリカルドであった。
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