第118話 もうちょっと軽めの相談内容を希望したいです……

「まずいよな……やっぱまずいよな……」


 占いの館の中をウロウロ徘徊するリカルド。


耳長族エルフって世界樹を守ってた筈だから……新しいのが出来てるとか知ったら――)


 どうなるのか。そんな事は調べればわかるのだが、薄々察しているので調べたくないリカルド。ただの現実逃避である。

 だがいつまでもそうしているわけにもいかず、足を止めて恐る恐る虚空検索アカシックレコードで調べて耳長族エルフが一族を上げて探索を開始する事を直視理解した。


(…………聖樹の横にこっそり移しといたらダメかな)


 そう思うがウリドールが泣いて嫌がるのは目に見えている。


「……隠し通す方向で行くかぁ」


 今まで通りと言えば今まで通りだし……と零しながら、のろのろと椅子に座って息を吐くリカルド。

 とりあえず見つかる可能性があるのか、見つかるとしたらどういうパターンなのか。その辺りを条件を変えながら確認していき、家の敷地内に耳長族エルフを入れなければ隠せそうだという事がわかりほっとした。

 これはリカルドがウリドールと敷地自体の二重に目くらましを掛けている事ともう一つ、シルキーの守りのおかげだ。

 シルキーの守りというのはシルキーが認めない者を弾く結界のようなものなのだが(但しシルキー自体が力のある妖精ではないので相手によって力負けする事も多々あり)、これに敷地内の気配を敷地外に出さないという効果があるのだ。元々シルキーが自分自身の気配を外から隠すという目的のためなのだが、これによってウリドールの声も、敷地外からはルゼのような親和性の高い者でも聞こえないようになっている。気づかないところでシルキーに救われているリカルドである。


「あとは見つかった時の事も考えておかないとだよなぁ……向こうがウリドールを説得して持っていくっていうのなら運搬ぐらい全然手伝うんだけど……」


 あいつ頷かなさそうだからなぁと頬杖をついて嘆息するリカルド。


 ところで先ほどからウリドールの処遇ばかりに意識がいっているリカルドだが、耳長族エルフが今一番気にしているのは世界樹を生み出した存在の方である。世界の意思が生み出した世界樹の守護者(違う)ではないかとまで想像が膨らんでおり、聖樹に宿る祖霊(違う)と同様、自分達が祀らねばならない相手(違う)なのでは?と議論されているところだ。

 耳長族エルフの誤解を深めているとは知らず、見つかっちゃったらその時はウリドールの主張は無視して移送する事になるかもなぁ……と呑気というか薄情な事をリカルドが考えていると、札から繋がる気配がした。


(あ。そういや時を止めてなかった)


 一旦耳長族エルフの事は置いといて、お客優先で背筋を伸ばし占い師モードに切り替えるリカルド。そしてすぐに垂れ幕の向こうに気配が生まれた。


「ここが占いの館……か?」


 現れたお客の声は低い男性のものだった。


「ようこそ占いの館へ。今宵はどのようなご相談でしょう」


 リカルドの声に一瞬動きを止め、そっと仕切りの垂れ幕を手で避けて入ってきたのは白銅色の髪をした渋みのある中年男イケオジ

 皺のないシャツに濃いグレーのベストのようなものを重ね、下は黒っぽいトラウザーズと見た目は地味だが質は良さそうな服装で、それなりの地位かお金がある人かな?と想像するリカルド。

 何にせよ初見の相手なので、誰かから札を譲り受けたかそれとも買ったか奪ったか、という事になる。


(そういや札の譲渡問題もあったな……面倒で放置してたけど……)


 法外な値段で買ってたりしたらどうしようかな……とリカルドは思いつつ、微笑み固定でイケオジに椅子を勧めた。


「君がグリンモアの占い師か……思ったよりも若いのだな」


 イケオジは椅子にゆっくりと座ると、興味深そうにリカルドを眺めた。


「占い師としてはここ数ヶ月の活動ですから、ご指摘の通り若輩者ではありますね」


 前にも誰かに同じような事を言われたなと思いつつ、営業用の微笑みを苦笑に変えて答えるリカルド。


「ところで初めてのお客様とお見受け致しますが、どなたから札を?」


 とりあえず譲られた前提で聞けば、イケオジはすぐに答えた。


「スクリードだ」

「スクリードさん……」


 って、誰?となるリカルド。ちょっと時を止めて調べて、ああ!あの商人さんか!と理解した。

 まだ昼間に営業していた頃、何度か販路や買い付けの品の相談に乗った事がある相手なのだが、気さくな人柄で話していて楽しかったので今後もご贔屓にと札を渡していたのだ。残念ながら夜の営業になってからは来て貰えていなかったのだが、忘れられてはなかったらしいとリカルドはちょっと嬉しくなった。


「装飾品や香木、織物を扱っておられた方ですね」


 時を戻してリカルドが相槌を打てば、イケオジも頷いた。


「それは交易の主力品だな。こちらでは主に日用品を扱っている」

「そうなのですか」

「君のおかげで買い付けが上手くいったと喜んでいたよ。稀に見る本物の占い師だと絶賛していた」

「いえ、私はあくまでも可能性を提示しただけで事を成したのはお客様ご自身の力によるものです」


 実際に自分が付いて行って商談を導いたわけでもないので、それは言い過ぎですとリカルドが首を横に振ればイケオジは浮かべていた笑みを濃くした。


「そういう誠実なところも信用に足る人物だと言っていた。だからこそ、君を頼る時は後が無い時ぐらいでなければならない、つい頼ってしまいたくなるがそれでは商人としての勘が鈍ってしまうと笑いながら怖がっていたよ」


 誠実だと言われると面映ゆいが嫌な気はしないリカルド。だが、まさかそんな理由で来て貰えなかったとは……と、少々複雑な気持ちにもなった。


「本当は家宝のように大事にしておきたかったらしいが……私が決断する前に、君と話をして欲しいと言われてね」

「決断ですか?」


 それが相談の内容なのかな?と察したリカルドに、イケオジは笑みを消した。


「友を助けるため国を一つ滅ぼそうと思うのだが、君はどう思う?」


(……は?)


 突拍子もない言葉に、一瞬反応が遅れて時を止めるリカルド。


(え? ん? これ、決断する前にって事は止めてくれって事?)


 どういう事なんだ商人さん??と小太りな商人の姿を思い出し零すリカルド。

 しかしぼけっとしていても何も進まない。仮に説得するにしても状況を把握する必要があるかと調べ始めたのだが、すぐにリカルドは唖然とした。

 目の前の人物について、てっきり国に対して不満を持つ過激派とか不穏分子とか、裏家業の人間辺りだと思っていたのだが、全く違った。このイケオジ、フィクス王国というグリンモアからかなり西にある国の王だった。しかも助けたいという友も隣国のアラアス王国という国の王で、その友の国を滅ぼそうとしていたのだ。

 つまり、戦争についての相談である。しかも込み入った事情がありそうな。


(……いやいやいや。……さすがにこれは占い師の領分じゃないって。

 だいたいうちは恋愛とか仕事とか健康だとか、あとは子供についての悩みとか夫婦関係とかそういうご家庭に寄り添った感じのアットホームな占いの館であってだな)


 王太子が来ている時点でアットホームからは程遠い相談を受けているのだが、お前のとこアットホーム(笑)だろと突っ込む者は残念ながら今日もいない。


(……あーもう……なんて人に札を……)


 それでも頼ってくれたのであろう商人の事を思えば無碍にする事も出来ず。弱りながらさらに詳しい事を調べるリカルド。

 そうして調べていくうちに二人の王の関係性だとか国を滅ぼして助けるという発言までの経緯を理解して、なるほどと納得。基本的に日本人的倫理観を持つリカルドは戦争に対して反対の意識があるのだが、彼らの過去や思いを知ってしまうと戦争を起こしてでもどうにかしたいという気持ちもわからないでもないと思ってしまった。


 どういう事か時系列順に説明をすると、まずこの二人の王の出会いは二十年前に遡る。

 当時十歳だったアラアスの王は、その身分が第八王子で継承権が第九位(上に異腹の兄七人と叔父一人)という低さから、隣国フィクスへと友好の名の下ほぼ人質として差し出されていた。そこで当時十八歳だったこのフィクスの王と出会ったのだが、こちらもこちらで第六王子(継承権第八位)という居ても居なくても王位争いに全く影響のない存在として放置されていた人物であった。

 互いに捨て駒、どうでもいい人間として扱われていたため、フィクスの王はアラアスの王に同情心を抱きふさぎ込むアラアスの王の話相手になったり、古びた狭い離宮から市井に連れ出し外の世界を見せたりしていた。

 そうやって十年、二人は周りに顧みられる事無く穏やかといえば穏やかに過ごしていたのだが、その間にフィクスの中枢では血で血を争う王位争いが激化。毒殺暗殺が横行し、気が付けば有力候補であった王子達が軒並み共倒れという笑えない事態に陥っており、埒外であった第六王子に王位が転がり込んでくるという異常事態が発生した。

 そうして王位を手に入れたフィクスの王だが、主要な貴族達が握っている国政に介入する気は無かった。王位争いに腐心する貴族達や己の利益を守ろうと不正に手を染める官僚たちの姿を見続け完全に未来に対する希望を失っており、やるだけ無駄だと思っていたからだ。そもそも自派閥の神輿王子を失い、どの派閥が権勢を握るのかという闘争に移行していた貴族達を前にまともな後ろ盾の無い王では声を発する機会さえ与えられなかったのだが、その醜く争う様にそのまま貴様ら全員共倒れしてこんな国滅びてしまえとさえフィクスの王は思っていた。

 そこで立ち上がったのが祖国にもフィクスにも忘れられていたアラアスの王だ。彼はこのままでは国力が落ちて他国に攻め込まれ無辜の民が国を失い彷徨う事になるぞとフィクスの王を叱咤し、自分と違い自国に在り、少なくとも王という形を得る事が出来たのだから一人でも味方がいる限り諦めてはいけないと鼓舞した。

 だがフィクスの王は面倒がって耳を貸さず、ならばとアラアスの王は単独で動いて貴族達の中から味方になり得る者を見つけ出し協力を取り付けた。また市井の中からも金という力を持つ幾人かの商人や各ギルドの有力者と手を結び(この内の一人が札を渡したスクリードだった)、フィクスの王の前に戻ると彼らの名前を並べて『動け』と発破をかけた。『もしこれでも動かないようならば王族としての存在価値などない、この場で切る』と脅し付きで。

 まぁ脅すという行動に出た背景には、アラアスの王が王族として国を守りたいという気持ちが人一倍強かった事や、フィクスの王も昔は理想を語る熱い男でアラアスの王が尊敬していたとかいろいろ要因があるのだが、長くなるので割愛する。

 フィクスの王はアラアスの王の脅し説得にこいつ本気だと怯え感化され、子供の頃とは立場が逆転したような状態で国政の掌握に着手。市井で誼を結んでいた悪友達の力も借りて裏から手を回し少しずつ敵対派閥の資金源を削り、その勢力を弱めて五年程で国政を担う議会の過半数を自派閥に変える事に成功。その時点で不正の温床であった官僚の登用制度を変更。不正に関わっていた者達を段階的に罰し、人員の入れ替えを行った。そして滞っていた施策を優先順位の高いものから実施していくと次第に低迷していた経済に光が見え始め、それからさらに五年が経った今では近隣国で最も情勢、経済が安定した国へと変貌していた。

 最初は後ろからドつかれる状態から始まった改革だが、フィクスの王はアラアスの王にとても感謝している。やる気皆無の状態から国主としての気概も得て、今はもうアラアスの王にドつかれる事もない。というか、当時の己については改革に乗り出しても結局何も出来ない現実を突きつけられるのが怖くなって逃げたのだと分析しており、情けなくてアラアスの王の記憶から消したいというぐらい黒歴史になっている。

 一方、他国の王族という事で決して表舞台に立つ事はなかったアラアスの王だが、裏ではずっと協力者とのパイプ役を務めており、その存在はフィクスの中でも大きくなっていた。なのでフィクスの王は何度もフィクスの貴族と婚姻を結びアラアスの王族から抜けないかと打診をしていた。しかしアラアスの王はいずれ祖国に戻る時が来ると言って首を縦に振る事は無かった。

 そして今から一ヶ月前に唐突にアラアスの先代の王が処刑され呼び戻される事になり、そのままアラアスの新しい王となったのだ。

 だがこのアラアスも、とある貴族によって長年傀儡政治状態にあり王の権力など皆無。王になったところで数年で民の不満のはけ口に使われるのがオチ(ここ数年歴代の王はそうして消費されてきた)というどう考えても犬死にコースの運命だった。

 だからこそフィクスの王はどうにかして引き留めたかったし、それが出来なければアラアスという国自体を滅ぼして恩人であり無二の友であるアラアスの王を助けようと考えたのだ。


(気持ちはわかる。気持ちは。でもなぁ……戦争を仕掛けた場合、確かに混乱に乗じてアラアスの王この人の命を救う事は出来るとは思うんだけど、二人の関係に亀裂が入りそうなんだよなぁ……国を立て直すためにアラアスの王この人相当頑張ってるし……まぁ全くのノーマークだったフィクスの時とは違って、今はガッチガチに監視されてるから成果は出てないんだけど。

 だからこそ無駄死にさせたくないってフィクスの王こっちの人の意見もわかるし……アラアスって国、昔のフィクス以上に貴族が無茶して破綻しかかってるからなぁ……潰してフィクスに併合して支援を受けた方が国民の生活自体はむしろ助かる可能性すらあるし……でもそうなると亀裂がなぁ……それはなんか悲しいっていうか……)


 うーん……と唸りながら考え込むリカルド。

 このまま何もしなければアラアスという国はじわじわと弱り最終的に瓦解する可能性が高い。もちろんアラアスの王はその前にスケープゴートにされて殺される可能性が極めて高いし、瓦解する前に周辺国が食い散らかすように土地を奪い取り国民にとってはより悲惨な生活が待っているという未来もある。

 じゃあアラアスの王に助力して改革を成功させる場合はと条件を変えて調べると、なるべく有利になるように働きかけても少なくない犠牲が出るし、国民生活もなかなか安定しない。短期決戦で一番被害が少なくなりそうなフィクスによる戦争も、二人の関係に亀裂が入るだけでなくアラアスの国民同士でフィクス派と反フィクス派で対立が起きたり禍根がいつまでも残りそうな気配もある。


(……あー…………)


 もうここまで話が大きいと、リカルドには何をどうするのがいいのか全くわからなかった。

 完全に困ってしまって、あの商人さんは結局俺にどうして欲しかったんだと調べてみるが、そちらも明確な答えはなく、ただリカルドなら一番いい未来に導いてくれるんじゃないかという望みを託しているだけだった。

 そんなの俺が知りたいよ……!と思うリカルドだが、それでも調べ方によっては一番いい方法が出るんじゃないかと調べに調べ――


(無理! わからん!)


 出した答えは放棄であった。


「どう思うのかと問われたら、私は戦争はしてはならないものだと思っているというのが答えです。

 ただ、お客様の事情や状況を考えると反対しきれないというのが正直な気持です」


 リカルドは、フィクスの王を時を止めた中に引き込んで話した。


「事情?」


 フィクスの王は自分が止まった時の中に入り込んだ事には気づかず聞き返し、リカルドはそれに頷いた。


「はい。お客様のご友人を助けたいという考えも、ご友人の方の国を立て直したいという考えも、どちらも間違ったものとは私には思えないのです」


 リカルドの言葉にフィクスの王は表情を変えないまま、確かにこれは本物かもしれないなと心の内で呟いた。

 まだ何も言っていないのに国を立て直したいというアラアスの王の目的を口にしたのだ。いくら何でも『友を助けるために国を滅ぼしたい』という言葉だけでそれを連想する事は不可能だと思えた。

 ひょっとするとこの占い師なら自分達が気づかなかった道を示してくれるのかもしれない。そんな風にフィクスの王は思ったのだが、次にリカルドが取った行動で思考が止まった。


「ですので、当事者同士でご相談いただければと思います。私も可能な限り判断材料を提示しますので」


 リカルドは言うが早いかアラアスから王になったばかりの男を占いの館へと移した(虚空検索アカシックレコードを併用した遠距離に居る相手を転移で連れてくるという離れ業。空間魔法の使い手が見たら意味がわからなくて頭がバグる所業)。

 そうしてリカルドとフィクスの王が座っている机の横に書類を手にした背の高い男が現れたわけだが、突然連れて来られたアラアスの王は異変に気付くと即座に腰の剣に手を掛け臨戦態勢を取り、


「――イジク?」


 目の前に座っているフィクスの王に気づいて目を見張った。

 フィクスの王の方も、まさかこの場にアラアスの王を連れてくるとは思ってもいなかったので完全に固まっていた。


「突然お呼び立てして申し訳ありません。そちらへ伺うよりもこちらでお話しいただいた方が何かと都合が良かったので」


 椅子から立ち上がって頭を下げ、その場で椅子を作って勧めるリカルド。

 アラアスの王は一旦臨戦態勢は解いたものの剣の柄から手は外さずフィクスの王に尋ねた。


「どういう状況だ」

「……すまん。俺もまさかこうなるとは思わなかった」

「謝る前に状況を教えてくれ」

「状況……と言っても、スクリードに渡された占いの館という所へ通じる札を使ってここに来たところで……おそらく、そこの占い師がお前を連れてきたのだろうが……」


 という事でアラアスの王から、こんなところへ連れて来て何をするつもりだと厳しい視線を貰ったリカルドだが、警戒されるのはわかっていたので慌てず騒がず簡単に説明した。


「こちらのお客様が『友を助けるために国を滅ぼそうと思う』とご相談に来られたのですが、ただの占い師である私には答える術がなく、ご当人同士で話し合いをするべきかと来ていただいたのです」

「なに?」


 国を滅ぼす発言に、リカルドからパッと視線をフィクスの王へと移すアラアスの王。


「お前っまだそんな事を言っているのか!?」

「待てヘイン、まずは話を――」


 聞け、と前に出したフィクスの王の手を払いのけるアラアスの王。


「戦争を起こせば百年に渡って禍根が残るとあれだけ言っただろ!」

「俺も他に方法があるならそれを取る!」


 声を荒げたアラアスの王に反射的にかフィクスの王も声が大きくなり立ち上がった。が、すぐに頭を振って諭すように語り掛けた。


「だが、他に方法が無いだろ。お前が何かを成し遂げる前にどう考えてもお前は使い捨てられて終わる」

「終わらせるつもりはない!」

「お前に味方を作る才能があるのはよく知っている。それに助けられたのだからな。だがそちらではあの時みたいに自由に動けないだろ。

 もし戦争を回避したいのなら、お前の手足となる者ぐらいは受け入れろ」

「それは……無理だ」

「だったら、せめて影ぐらいは――」

「アラアスでは他国の手の者を入れたという時点で汚点になる、無理だ」

「……じゃあ何ならいい? 金か? 物資か?」


 自分を心配しての言葉だと重々わかっているアラアスの王は、それでも首を横に振った。


「全て無理だ。フィクスとは友好を保っているが、それが表向きでしかないと誰もが思っている。何か動きがあれば侵攻の予兆と取られる。そうなればフィクスと縁の深い俺が招き入れたという話になる」

「……これでも友好の態度を示してきたつもりだが……そこまでか」

「あぁ。二十年、国外に居た俺もアラアスでは王族であるというだけで他国の人間扱いだ。こうなるとわかっていてナバル侯爵あの男は俺を王にしたんだろう。……信用を得るにも時間が掛かる」


 だがその時間が無いだろ。と、口には出せず押し黙るフィクスの王。

 時間を稼ぐには状況を変える必要があり、状況を変えるには信用を得て味方を作る必要があり、その為には時間が必要。堂々巡りだった。


 無言になった二人の間に、カリカリと文字を書く音が響いた。

 それに気づいた二人が自然とその音の発生源に目を向ければ、その場の主であるリカルド占い師がひたすら何かを書き続けていた。


「……何をして――」


 紙に書かれた内容を目にしたところでフィクスの王の言葉は途切れた。

 その様子に違和感を覚えたアラアスの王も同じように覗き込んで、眉をひそめた。


(――よし。出来た……)


 二人の言い合いが始まった辺りからしれっと椅子に座って書き始めていたリカルド。アラアスの王をここに連れて来たら喧嘩を始めるのはわかっていた事なのでその間に必要なものを用意していたのだが、ようやく終わったと羽ペンとインクを机の端によけて顔を上げ――そこで無言で紙に目を落としている二人に気がづいた。

 もう喧嘩は終わってたのかと、リカルドは書きあがったばかりのそれを二人が読み易いよう手早く向きを変えて並べて見せた。


「お待たせして申し訳ありません。

 先ほども申し上げましたが、今後の事について検討するにしても判断材料が少ないと思いましたので、私が確認出来る範囲の事を書き出しました」

 

 そこにはアラアスの全ての貴族の内部情報と、今後の展開についての可能性が選択肢別に事細かに書かれていた。

 何がいいのかわからないとなったリカルドが出した結論は、放棄。つまり、情報全部渡すからあとは自分達でどれがいいのか選んでくださいという事であった。

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